セールスフォース・ドットコムの創業者で共同最高経営責任者(CEO)のマーク・ベニオフ。
Melia Robinson/Business Insider
- 米セールスフォース・ドットコムのマーク・ベニオフ会長兼共同CEOは、信用、イノベーション、平等、カスタマーサクセスという4つのコアバリューを企業文化の最重要事項としてきた。
- そうした価値観を重視することによって、ベニオフはLGBTQ(性的少数者)の権利などデリケートな政治問題の渦中に置かれることもある。しかし、セールスフォースは職場と社員の満足度調査で常にトップにランキングされている。
- 人材の獲得競争が激化する昨今、企業バリューを守らなければ、最も優秀な人材を採用するのは不可能だとベニオフは言う。
1999年にセールスフォースを創業して以来、会長兼共同CEOのマーク・ベニオフは、信用・イノベーション・平等・カスタマーサクセスという4つのコアバリューを企業文化の最重要事項としてきた。
社員たちのほうも経営者に対し、そうしたバリューを平然と無視する政治家らを公に非難してほしいと考えるようになってきている。人材獲得競争が厳しさを増すなか、経営者たちにとってバリューの遵守はいっそう重要性を増している。
「バリューを守らなくても企業が最高の人材を採用して維持できる時代は終わった」とベニオフは近著『Trailblazer(先駆者)』に書いている。
激しい論争を巻き起こし、ときに政治色が強くなる移民や所得の均等などの問題について、より積極的に発言するビジネスリーダーたちを「アクティビストCEO」と呼ぶが、ベニオフはまさにその呼び名にふさわしい行動を続けてきた。
例えばインディアナ州が企業などに対し、LGBTQの支持者を差別する権利を事実上認める法律(「宗教の自由回復法」)を可決しようとしたとき、ベニオフはすぐに他のビジネスリーダーたちを集め、方針を変更するよう当時のマイク・ペンス州知事に働きかけた。
そうしたバリューへのフォーカスは、時価総額1390億ドル(約15兆円)のセールスフォースが、社員の幸福度や最も働きたい企業のランキングで常にトップに入る理由の一つだ。
ビジネス特化型SNSのLinkedInが2018年に全米で行った調査によると、フルタイムで働く専門職の71%が、ミッションやバリューに対する考え方が合致する会社で働けるのであれば、給料をカットされてもかまわないと答えている。
環境への配慮、社会性、ガバナンスを評価の指標とするハーバード・ビジネス・レビューのトップCEOランキングで、ベニオフの名前がいつも上位にくる理由の一つも、やはりセールスフォースが自らのバリューにコミットしていることだ。
管理職に自社のバリューを遵守させるには
ニューヨークのセールスフォース・タワー前。
REUTERS/Brendan McDermid
コアバリューを外向けに示すのは簡単だが、社員にそのバリューを日々遵守させるのは、より難しい課題となる。が、優秀な人材を確保するにはどうしても欠かせない。ベニオフは前出の著書でこう書いている。
「優秀な社員は自分の価値観とのズレを感じたら、個人的に裏切られたと捉える。そして辞めてしまう」
実際、ストライキにまで発展することもある。「アンドロイドの父」アンディ・ルービンが女性社員に性行為を強要した疑いで解雇された際、9000万ドルの退職金パッケージを受け取っていたことを米ニューヨーク・タイムズが報じたとき、グーグルの社員数千人は世界規模の抗議運動を行っている。
そこで、セールスフォースでは管理職(マネージャー)が4つのコアバリューを実践できるよう、対策が講じられている。
同社のジョディ・コーナー上級副社長によると、年2回行われる従業員エンゲージメント(会社の理念や方針の従業員への浸透度)調査の結果は、傑出した能力を持つマネージャーを探し出したり、自ら事業目標を達成するだけでなく、会社のミッションを実現しようと奮起するチームを率いるリーダーを見つけるのに役立つという。
同調査はまた、セールスフォースの各社員がどの上司のもとで働きたいかを考える上でも役に立つ。あるマネージャーに対して5人以上の社員がアンケートに答えると、そのマネージャーの統括するチームがどれほど精神的に参っているかなどがわかる、総合スコアを社員全員が見られるようになる。
バリューに責任を持つと、利益を犠牲にすることになる
2018年1月、スイス・ダボスで開催された世界経済フォーラム登壇時のマーク・ベニオフ共同CEO。
REUTERS/Denis Balibouse
どんな規模や種類の会社でも、会社のバリューを強く打ち出したいのは同じだ。しかしそれを遵守するのは簡単なことではない。危機の際にはさらに難しくなる。コストがかかるのだ。
例えば、ベニオフはコワーキング大手WeWorkのアダム・ニューマン前CEOの強力な支持者だった。バリュー優先の会社経営を行っているとして、かつてはニューマンを称賛していた。
しかし、昨今判明したWeWorkの内部崩壊について口にしたとき、ベニオフはニューマンが何よりもお金優先の経営を行っていることを批判していた。バリューよりも利益を優先してはいけない、そんな彼の信念を示す例だ。
「バリューのなかでも特に信用を優先すると、利益を犠牲にせねばならないことがある。短期的に見ると利益を失うことにはなるが、会社が各決算期に生み出すお金が、時間をかけて守る信頼よりも価値があるということは決してない」
他の経営者たちも同じ結論にたどり着いたようだ。
JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンやIBMのジニー・ロメッティなど、アメリカで最もよく知られるCEOたちが集まる経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル」は最近、株主に限らず、従業員や地域社会などすべての利害関係者に経済的利益をもたらすとの声明を発表した。
しかし、声明そのものの有効性や、何百万ドルもの損失が予想される場合に、署名した経営者たちがどのように反応するかに、半信半疑な人たちもいる。
伝説的ベンチャー・キャピタル(VC)、アンドリーセン・ホロウィッツの共同創業者であるベン・ホロウィッツは、企業文化やバリューの重要性について記した本を刊行したばかり。彼はBusiness Insiderの取材に対し、企業がバリューに従って実際に行動できているかどうかは、ミッション・ステートメントやあいまいな発表よりずっと重要だと語っている。
ベニオフは、何度も公然とコアバリューの遵守を表明してきた。人事担当役員のトップが、男性社員と女性社員の間の賃金格差が問題となるかもしれないと言えば、彼はすぐに徹底的に給与を見直し、社員への支払いを調整するために会社全体で1300万ドルを費やした。
ベニオフは著書で書いている。
「女性やマイノリティーにとって魅力的で、長く働いてもらえる会社にするためには、公表するバリューに『平等』の文字を組み込むだけでなく、実際に行動しないといけない」
[翻訳・編集:Miwako Ozawa]