2019年のリストラによる退職者数が6年ぶりに1万人を超えた。東京商工リサーチの調査によると、2019年1月~9月に希望退職や早期退職者を募集した上場企業は27社で対象人員は1万342人。2018年の人員を大幅に上回るだけではなく、6年ぶりに1万人を超えた。
さらに10~11月にはキリンホールディングス(以下、キリンHD)と傘下のキリンビールなども希望退職者募集を実施しており、リーマンショック後の2010年の1万2232人を超えるのは確実と見られる。
リストラ実施企業の3社に1つが業績好調
業績が好調なキリンHDでも希望退職者を募集。
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リストラ自体は退職費用など当期だけの“特損”(特別損失)で処理すれば、来期以降に人件費削減分の短期的利益を生み出すための常套手段として一般化しているが、それでも業績不振を名目に実施する企業が多かった。
ところが近年では業績好調にもかかわらず、リストラに踏み切る企業が目立ち、とくに今年は顕著だ。
例えばキリンHDは2018年度決算ではビール類が全体を牽引し、大幅増収を達成。2019年度上半期も売り上げ、収益ともに好調が続いている。
キリンHDだけではなく、2019年にリストラを実施したアステラス製薬、中外製薬、カシオ計算機などの有名企業も業績は堅調だ。2019年にリストラを実施した27社のうち、前期決算の最終赤字は12社、減収減益が6社、残りは業績が好調の企業だ。
好調にもかかわらずリストラに踏み切る理由
好調なリストラは社員構成の適正化が狙いか。
撮影:今村拓馬
なぜ業績が悪くないのに大量のリストラに踏み切るのか。理由や背景として以下の3つが考えられる。
- 若手が少なく年輩社員が多い社員のいびつな年齢構成を解消し、新陳代謝を図る
- 新規事業への進出など中・長期的経営戦略を見据えた事業構造改革に必要とされない人材の放出
- 年功的人事・賃金制度から職務・成果に基づいた制度改革への移行に伴う社員の反発を防止する
いずれかの単一の理由ではなく、重なっている場合も多い。
1については、多くの企業が応募対象社員を45歳以上と中高年に限定していることでもわかる。とくに1986年から1991年のバブル期入社組は今年50~55歳になるが、他の世代に比べて社員数が突出している。一定程度、削ることで社員構成を適正化できる。
また、比較的好業績の今こそ通常退職金にプラスされる割増退職金を増額できるし、再就職環境も悪くないので応募してもらえるのではないかという思惑もある。数年前から毎年小規模のリストラを実施している建設関連会社の人事部長はこう語る。
「数年前から“人員適正化プラン”という2020年度を最終目標としたプロジェクトを推進しています。45歳以上の社員を対象に毎年20人前後の社員に退職金割増プランを提示し、退職勧奨します。各部署から候補に挙がった戦力と見なされない社員と面談し、社内での活躍の場が減ること、今後の昇格・昇進の可能性がないことを伝え、そして社外で活躍する道を選んではどうかと提案します」
「決して無理強いはしませんし、本人も職場で期待されていないことは自覚していますし、割増退職金がもらえるならと比較的すんなりと承諾してくれます。その一方で新卒を減らすことなく採用し、社員数が少ない30代半ばの中途採用にも力を入れています。今では中高年社員も減り、平均年齢も以前の52歳から40代前半にまで下がり、だいぶスリム化してきています」
最終期限がなぜ2020年度までなのか。人事部長は「好調な業績を維持できるのは東京オリンピックまでじゃないかという一応の目安を設定し、それまでに業績が悪化しても強固な人材基盤を築いておきたいから」と言う。
構造改革と人事制度改革に伴うリストラへ
リーマンショック以降のリストラとは意味合いが大きく異なっている。
撮影:今村拓馬
「2.人材の放出」と「3.人事制度改革」は、連動していることが多い。既存のビジネスから新規事業領域にシフトする事業構造改革を実施する場合、能力的に追いついていけない、あるいは職務の転換に消極的な人が発生する。そうした人をターゲットにリストラに踏み切るケースだ。
例えばリーマンショック以降、コンピュータなどハード機器の製造・販売からソリューション事業に転換するIT・電機メーカーが相次いだが、機器の営業や保守業務を担当する社員を中心にリストラが実施された。
ただし、当時は業績不振で構造改革を実施した企業が多かったが、近年は業績好調のときに実施する企業も増えている。例えばキリンHDもビール中心から食領域と医療部門の「医と食をつなぐ事業」を第3の柱に据える改革を実施しているが、今回のリストラもその一環といえるかもしれない。
2016年に構造改革を実施したIT企業の人事担当役員もこう語る。
「経営が好転すると経費の使い方もゆるんでしまうが、本来、組織構造改革は経営が順調なときに先を見据えて、不良部署、不良人員を精査して筋肉質の経営を維持するために改革を継続してやることが必要です。
ただし、先が見えている経営者はそんなにいませんし、また先を見越して改革する経営者は反発を招きます。社員の信頼も相当に厚く、人望のある経営者でなければ支持されません」
同社は構造改革の一環として「3.人事制度改革」にも着手した。従来の年功型の賃金・昇進制度から職務・職責重視の職務給制度に転換した。同時にリストラも実施している。
「経営幹部の納得を得た上で職務ベースの賃金制度に変えました。従来の給与の年功的部分を廃止し、担っている職務で給与が決まり、職務を果たせなければ降格も発生する仕組みです。同時に部下を持つライン管理職コースだけではなく、社内専門家コースの2つを設けました。
若手社員からはある程度の支持を得ましたが、ライン管理職や専門家にもなれない年輩の社員は明らかに不満がくすぶっていました。給与が減ることや管理職を外されることに対する不満や反発が社内にはびこることは避けたい。それを防止するために社外への転籍や希望退職募集を実施しました」
年輩社員の不満分子が滞留すれば若手のモチベーションにも悪影響を与える。構造改革と連動した人事制度改革に伴うリストラである。「1.人員構成の適正化」「2.人材の放出」と「3.人事制度改革」——。これら3つに加えて、リストラに踏み切る新たな要因となりつつあるのが「高齢者雇用対策リストラ」である。
高齢法を見据える高齢者雇用対策リストラ
高齢法は現役世代以上に解雇することが難しい。
撮影:今村拓馬
政府は現在、70歳までの就業を目指した高年齢者雇用安定法(高齢法)の法改正を検討中だ。来年の通常国会に企業に努力義務を課す法案を提出し、いずれは義務化も視野に入れている。今は法定定年年齢の60歳以降は、(1)定年の引き上げ(2)定年の廃止(3)継続雇用制度の導入——のいずれかを選択することを求め、希望者全員の65歳までの雇用確保を義務づけている。政府はさらに66歳から70歳まで引き上げようとしている。
企業の約8割が、定年後の給与は半額程度とする1年契約更新の継続雇用制度を導入している。65歳までならともかく、それが70歳まで延長されると、当然人件費負担が増える。できれば避けたいと思っている企業が大半だ。
しかし、希望者全員の65歳までの継続雇用制度の導入を企業に義務付けている高齢法では、現役世代以上に(60歳以上65歳未満の人を)解雇することが難しい。例えば60歳以上に限定した「早期退職募集」は困難とされている。
そうであるなら40~50歳代にリストラに踏み切るほうが得策と考えても不思議ではない。前出の建設関連会社の人事部長もこう語る。
「正直言って希望者全員を60歳から70歳まで10年間も会社で面倒を見るのは、企業にとって荷が重い。その前に例えば45歳あたりから評価制度を厳格にして、55歳までの評価結果を見る。その上で、60歳以降も残す人と辞めてもらう人を見極めたいと思っています」
研修を通じて早期退職を促す企業も
50歳前後の社員を対象に研修を実施する企業が増えている。
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実はそれに近い動きも始まっている。近年、50歳前後の社員を対象にしたキャリア開発研修を実施する企業が増えている。その目的は、65歳まで働くことを見据え、これまでの経験・技能の棚卸しと今後のキャリアどう築いていくのかを考えさせて働く意欲を高めることにある。
しかし、本気で人生後半戦も今の会社で活躍してほしいと考える企業ばかりではない。中には研修を通じて社外での活躍を促す企業もある。
しかも今、退職すれば退職割増金が多くもらえることもアピールする。企業によっては「活き活きチャレンジ制度」「セカンドキャリア実現制度」「キャリアチャレンジ制度」といった華々しい名称をつけているところもある。こうした政府の高齢者雇用対策回避のリストラを含め、2020年の企業によるリストラは、2019年以上に加速する可能性もある。
溝上憲文:人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。