アップルの「プライバシー」の保護に関する機能を解説するページ。リッチなWeb表現を使いながら、保護のために何をしているのかを解説している。
撮影:伊藤有
「iPhoneのOSを最新のものにアップデートしたら、位置情報についての確認画面が多く出るようになった」
そんな風に思っている人は多いのではないだろうか。実はこれは、アップルの最新のプライバシー対策に基づく表示だ。
11月7日、アップルは同社のホームページで、「プライバシー」に関する情報を公開した。これまでもアップルはプライバシー重視の方向性を打ち出してきたが、このページはその情報をわかりやすくまとめたものだ。
アップルが発するメッセージは非常に明確で、わかりやすい。
一方で、その内容からは「我々の日常が、いかにプライバシー侵害の可能性に満ちていたのか」ということも、逆説的に見えて来る。
あなたの「位置情報」は本当に守られているのか
撮影:伊藤有
アップルが公開したプライバシーに関するページには、アップル製品がプライバシーの面で「何をしていて」「どんな情報は収集していないのか」ということが明確に、シンプルな言葉で記されている。
例えば、マップの「移動履歴」だ。アップル製品は独自の「マップ」アプリが入っているが、そこでの検索や移動の履歴は、自分のIDに紐付けられることはない。
もちろん、経路検索などはネット側に情報を送って処理される。しかし、その時には「この検索をしているのは自分である」ことを示すランダムな値に変換して処理される。つまり、「1234という数字の人だが、それがAさんのことなのかBさんのことなのか、アップルは知らない」形で処理されるのだ。
これに対してGoogleマップの場合には、グーグルアカウントに紐付く形で移動や検索の履歴がグーグル内に残る。もちろんそれは「利用者の許諾」のもとに行われ、複数端末での利用や品質の向上など、利便性の向上を目的に行われているものだ。
とはいえ、「移動のすべてを記録されているのは怖い」と思う人がいるのも事実だろう。
知らずに位置情報が取得されないようにする
そもそも、グーグルのような例は、利用者が自発的に行うわけだから、まだわかりやすい。
問題は、「利用者が知らないうちに行動履歴を把握しようとする行為も多い」ことで、「利用者の許諾は一応得ているが、そのことの意味を利用者が理解していない」例が多いことだ。
冒頭で挙げた「位置情報の通知のダイアログ」もそのひとつだ。位置情報取得が許諾され、インストールされたアプリであっても、あえてこれまでに取得された自分の移動履歴を表示した上で、「本当に取得し続けていいのか」を確認してくる。
これは、アプリに野放図に許諾を与え、「利用者本人はあまりそのつもりがない」のに移動履歴を取得され、プライバシーが侵害されることを警告し、防止する役割を担っている。
いきなり表示されるようになったこと、地図上に取得した場所が表示されるどの点から、消費者に必要以上の驚きをもって迎えられる可能性はあるが、アップルとしては「あえて警告する」意味も込めて、通知を出すようにしているのだろう。
現実でもウェブでも「追いかけられる」ことを防ぐ方針
ブラウザーから情報を追跡されないようにする、というのは広告で商売していないアップルだからこそ踏み込めた機能とも言える。
出典:アップル
スマホではWi-FiやBluetoothも使われているが、これらを使って位置情報を得ることもできる。
実は機器にはそれぞれ、「固有のID」がある。それらは「機器固有のもの」であるがゆえに、「自分の端末がどこでWi-Fiなどにつながったのか」という情報を残してしまう。例えば公衆Wi-Fiなどで丁寧にたどっていくと、その人がどう移動したのかもわかる。
この話のポイントは、「自分が追いかけられていることを、利用者は認識していない可能性が高い」という点だ。
そのため現在のiOSでは、「固有のID」をランダムに変えていくことで、機器を特定しづらくする仕組みが導入されている。
プライバシーという点では、現実世界での移動以上に、「ネット内での活動」が問題だ。
ウェブでは、見た人を可能な限り特定しようとする技術が歴史的に磨かれて来た。一般的には「クッキー」(Cookie)と呼ばれる情報が使われるが、それだけでなく「ブラウザーの設定情報」や「機器の設定情報」などの条件を組み合わせていくと、結果的に個人を限りなく特定できてしまう。
こうした情報は「デジタル・フィンガープリント(指紋)」などと呼ばれる。
Shutterstock
複数の情報を使って個人を特定し、広告などが人を追いかけ続けるのだ。みなさんにも、「ネットで特定の話題を検索したら、その後、どのページを見ても広告がその話題になってしまった」という経験はあるはず。その理由は、こうした仕組みが存在しているがゆえだ。
アップルは自社製品に組み込んでいるウェブブラウザー「Safari」の中に、個人を特定する情報を作りにくくする技術も搭載されている。前出のWi-Fiの例と同じだ。
グーグルも「技術的には追随」しはじめた
最新グーグルスマホ「Pixel 4」。グーグルはスマホでは意外にも、アップルに近い動きもしている。
撮影:小林優多郎
アップルがなにをやっているのか、という情報は、平易な言葉で書かれているほか、より技術的な詳細が必要な人に向けて、(英語の情報ではあるが)「技術解説用のホワイトペーパー」も用意されている。
実のところ、ここまでで挙げたような要素は「アップルだけが採用している技術」ではない。Androidでも、Windowsでも導入が進んでいる技術がある。特に位置情報取得に関する許諾確認では、iPhoneと同じように、「利用する側の認識があまい状態で個人を特定して追跡する」ようなやり方を防止する機能が搭載された。
「個人の明確な同意なしに追跡することは許されない」
「同意を得たとしても、同意の状況を利用者が理解していなければ、危険性は存在する」
という考え方は、プラットフォーマーの総意といえる部分がある。
意外なことに、スマホに関し、アップルに近い考え方をしはじめているのがグーグルだ。グーグル自身が販売している「Pixel 4」シリーズでは、音声認識や画像認識、行動認識などの機能を、可能なかぎり「スマホの中だけ」で処理するような技術を搭載してきた。
写真の認識は機械学習技術を使って、端末内でのみ行われる。だから、アップルはその端末の中にどんな写真が入ってるかは知りようがないようにしている。
撮影:伊藤有
同様にSiriは音声認識処理にクラウドを使うが、アップルIDとは紐づかない。だから、「誰が」と「どんな質問をしたか」は追跡できないようになっている。
撮影:伊藤有
元々iPhoneはそういう傾向が強かったのだが、グーグルも自社開発スマホでその例に倣った。端末内での処理に移行が進む理由は2つある。その方が処理にかかる時間が短くなり、即応性が高くなって快適に使えるようになること、そして「プライバシー」だ。
ただしグーグルは、そうした方針を「全社のビジネスで共通の方針としている」わけではない。ウェブ検索では「広告」を収入源としているし、個人のデータをクラウドに集めることで利便性が高まる部分もあるからだ。
一方でアップルは、端末の販売とサービス利用料から収益を上げているため、「広告収入」にこだわる必要がない。だから、社全体での統一的なメッセージを打ち出しやすい。過去にもアップルは、自分達のプライバシーポリシーが他社と違うことをアピールする戦略をとってきたが、2019年1月のテクノロジー展示会CES2019で掲示された街頭広告も、その一環だ。
2019年1月、米ラスベガスで開催された展示会「CES」会場近くの広告。グーグルの広告をラップしたモノレールの近くに、CESに出展しないアップルが「プライバシー重視」の巨大広告を出して対抗していた。
撮影:西田宗千佳
「だからアップル製品を買っておけば安心」というのは言い過ぎだし、他社製品でもプライバシーを守ることはできる。
一方で、色々なビジネスモデルが入り乱れるがゆえに、「自分が使っている機器でどのような問題があり、どう守られるべきか」を理解するのが極めて難しくなっているのは事実だ。アップルの取り組みは「課題の可視化」という意味で意味がある。他社製品の利用者も、そうした目線で一読しておくことをお勧めする。
(文、写真・西田宗千佳)