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「予約の取れない伝説の家政婦」タサン志麻。彼女の料理はなぜ家族を幸せにするのか

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タサン志麻

撮影:鈴木愛子

冷蔵庫をガバッと開ける。伝説の家政婦、「3時間1本勝負」の始まりだ。

「うん、うん。なるほど……」

くるくると眼球を動かして「あり合わせ」の材料を把握したら、次は調味料をチェックする。ほんの数分で、頭の中に15品以上のレシピが浮かぶ。手と目を動かしながら、どの順番で作るか頭をフル回転させながら整理する。

牛肉の塊が湯気を上げる鍋に、ドボドボと赤ワインを流し込む。すべて目分量。まな板の上の野菜は、切った順から手早くフライパンに投入する。赤ワイン煮の隣で、鶏肉と蓮根の煮物が同時進行で仕上がっていく。

3時間で1週間分、15品ほどの「つくりおき」を、その家にある材料を見て即興で作りあげる。レストラン顔負けの本格フレンチから、和食、中華、デザートまで。頭にあるバリエーションは600以上。それで1万円弱。

ウェイティングリストが果てしなく続く「予約の取れない伝説の家政婦」、それがタサン志麻(40)だ。フランスの三つ星レストランで修業し、人気フレンチレストランの料理人として15年のキャリアを積んだ。

この5年間、訪れた家庭はのべ1500軒にのぼる。

依頼者にレシピを尋ねられたら、企業秘密だと答えますか?タサンにそんな質問をしたら、首を横に振った。

「まさか!何でも教えます。私自身、料理がすごく好きなので、お客さんにも好きになってほしい。(尋ねられなくても)こうやったらおいしくできますよーと、話をしてから帰るようにしています」

ボール1つ、菜箸1本で1週間分

tsukurioki

家事代行サービスで決められている時間は3時間。その間に10品以上を作り、片付けまで済ませる。

提供:タサン志麻

フレンチレストランの厨房から、見ず知らずの人たちの台所へ。飛び込む先は日々変わるから、コンロの火力の強さ、そこにある鍋の大きさも厚さだって違う。ボールが1個、ザルはないというように、道具の数や種類も違う。包丁の切れ味がいまひとつなときは、お茶碗の底(高台)の部分で研ぐ。

「お茶碗もないときは、力を入れずに切るようにします。力を入れるとうまく切れないんですね。そんなことも繰り返して学んでいきました。何をとっても家政婦はレストランとは真逆の環境なんです」

タサンの調理風景を実際に間近で見ると、最低限の道具しか使わない。菜箸1本、ボール1つ。それも使った端から洗って綺麗にしておく。3時間以内に片付けまで済ませなければならない。調理道具が増えると、それだけ洗い物が増えて自分が苦しくなるからだ。

そして材料をほとんど計らない。

「忙しい日々の食事作りでいちいちレシピを見たり、調味料を計ったり、なかなかできないですよね?たとえレシピを見ても、『これだったら私も作れるかも』と思ってほしい。

私は『みんなが作ってくれるレシピ』でありたいと思っている。例えば1週間に一度は作るものとか、お客さんが来るときはこれを必ず作るとか、そんな料理でありたい」

お母さんの悩みを解決する喜び

タサン志麻

撮影:鈴木愛子

タサンが家政婦として最もうれしい瞬間は「お母さんの悩み事を解決したとき」だという。

子どもの食欲がない、葉物が食べられない、ニンジンが苦手。そんな子どもたちが、いつもよりたくさん食べた、苦手なものを喜んで食べてくれたといった報告を聞くことが、とても励みになると。

直近の「解決メニュー」は、ブリとミニトマトのオーブン焼き。あらかじめしっかり塩をしてオーブンで焼いて水分を飛ばしておいたミニトマトの上に、塩コショウとオリーブで下味をつけたブリをのせて再びオーブンで焼いたもの。魚は鯛でもマナガツオでもいい。

トマトが嫌いだった中学生の娘は完食し、青魚が苦手なはずの父親も頬張りながら、こう言った。

「これ、どうやって作るの?」

驚くほど簡単な手順で、シンプルだけど素材のうま味が凝縮された味。これこそタサンが伝えたいフランスの家庭料理の味だ。

フランス料理は、私たち日本人から見ると複雑で、手の込んだ料理という印象がある。だが、タサンのレシピは、その概念をあっさり覆してくれる「生活に溶け込んだフレンチ」。どのメニューもシンプルな工程。そして手に入れやすい素材や家にある調味料が基本だ。

使う調味料が多いと揃えるのが大変ですよね。フランス料理の味付けの基本は塩コショウ。塩コショウで材料のうまさを引き出せます。あとは砂糖、しょう油、コンソメくらいがあれば。生クリームとアンチョビがあれば味は広がりますが、牛乳とか鯖缶で代用できます。

ハーブだって、バジルでなくても手に入りやすい大葉でいい。セロリの葉っぱでも。『材料がないから作れない』ってなるよりも、作ってほしい」

依頼者の顔を思い浮かべながら

タサン志麻家族

現在2歳の長男が生まれた直後に。5月に次男を出産後、今は家政婦を休んでいるが、保育園に入れたら復帰したいという。

提供:タサン志麻

現在はフランス人の夫との間に授かった2歳の長男に続き、2019年5月に次男を出産したため、家政婦業は一時休んでいる。だが、その間もメディアは「伝説の家政婦」をほおっておかない。

この2年余りで出した料理本は8冊。11月末には新刊『志麻さんの気軽に作れる極上おやつ』、12月初旬には『志麻さんちのごはん』が発売される。前者は子どもも一緒に楽しみながら作れる本を、後者は実際にタサンが自宅で作って食べた料理を日記とともに紹介している。夫や息子の感想も綴られており、家族の温かな暮らしが垣間見える。

11月にはNHK「今日の料理」にも出演した。普段ノーメイクだから、いまだにヘアメイクがつくことに慣れないと笑う。

これだけの人気を誇りながら、家政婦の仕事では毎回、帰り道に「もっとこうやっておけばよかった」と反省することばかりだという。他のレシピのサイトを開いてみたり、和食の本を読んだり研究を欠かさない。コンビニに立ち寄って、今何が売れているのか、どんなものが好まれるのかチェックすることも、レシピ開発のヒントになる。

3歳児がつくりおきしたハンバーグを食べなかったときは、帰宅してすぐ作り直した。どこが悪かったのか、あの子に合う食感は?自分がおいしいと思う味やメニューを押し付けるのではなく、依頼人の家族一人一人を思いながら作る。思いやりが生む「差別化」が圧倒的な人気につながっている。

「私のレシピは骨格。それをもとにして自分の味をつくってほしい」

これが、タサンの願いだ。彼女の料理人としての骨格は、どうやって作られたのか。次回はその原点を追う。

タサン

撮影:鈴木愛子

(敬称略)

(文・島沢優子、写真・鈴木愛子、デザイン・星野美緒)

既存のルールや枠組みを超えて新しい仕組みやビジネスを作ろうとチャレンジする人たち「ミライノツクリテ」。Business Insider Japanでは「ツクリテ」たちを応援し、世の中に伝えるための連載を始めました。

2番手として、料理家・家政婦のタサン志麻さんに登場してもらいました。


島沢優子:筑波大学卒業後、英国留学を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。『AERA』の人気連載「現代の肖像」やネットニュース等でスポーツ、教育関係を中心に執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』など著書多数。

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