欧州中央銀行が目論む「デジタルユーロ」。フェイスブックの仮想通貨「リブラ封じ」に踏み込む

ECOFINの様子

2019年9月に行われたEU経済財務相理事会(ECOFIN)の様子。Facebookが開発した仮想通貨、リブラを筆頭に仮想通貨は使用しないと公表し、それに対抗してCDBCを評価した。

REUTERS / Lehtikuva/Emmi Korhonen

リブラ包囲網が時々刻々と厳しいものになっている。各国当局者から厳しい見解が相次いでいることは既報の通りではあるが、その厳しい見解が徐々に具体策を伴いつつあるのが現状だ。

10月8日に開催されたEU経済財務相理事会(ECOFIN)で、EUは暗号資産に係る対応策を議論し、規制や監督上のリスクが完全に解消されるまでは域内での発行を認めない方針を公表している。

現状ではまだ草案段階だが、12月5日のECOFINで正式に承認されれば、「リブラを筆頭とする暗号資産はEUでは使わせない」が公式方針として固まる。EU高官からリブラを擁護する声は聞かれず、恐らくこれは既定路線と考えて良い。

こうした動きは、10月にワシントンで開催されたG20と歩調をそろえたものだ。10月のG20ではリブラのような暗号資産に関し、

「マネーロンダリング、不正な金融、消費者・投資家保護に関するものを含め、こうしたプロジェクトのサービス開始前に吟味され、適切に対処される必要がある」

とのプレスリリースが出された。

要は、「G20が安全と思うまで発行は許さない」という趣意である。

だが今回、ECOFINが公表した草案はもっと踏み込んでいる。

声明文には、

「ステーブルコインの登場は、金融市場や消費者が抱く利便性、迅速性、効率性、経済性への期待に応えるために不断の改善が重要であることを浮き彫りにしている」

との問題意識が示され、

「ECBやその他規制当局が決済システムのデジタル化を一段と推進していくものと考えている」

「中央銀行が関連する当局と協力して中銀デジタル通貨(CBDC)のコストとベネフィットを評価し続けていくことを歓迎する」

と提案めいた一文も見られている。

民間主導の暗号資産をけん制した上で、「現状改善は必要だが、その主導権は既成権力」という意思表示だ。

既にあった中銀デジタル通貨への布石

ECOFINの会議の様子

ECOFINをはじめ欧州全体で「公的デジタル通貨を発行したい」という空気はすでに存在していた。

REUTERS / Lehtikuva/Emmi Korhonen

こうしたEUの動きについては布石があった。

Facebookが2019年6月にリブラ白書を公表して以降、「先進国全体で考えるべき」という空気感はあった。9月13日にフィンランドで開催されたユーロ圏財務相会合のタイミングでドイツ、フランスは「潜在的な公的デジタル通貨の解決策にまつわる諸課題に関し、ECBが作業を加速させることを促していきたい」との共同声明を発表していた経緯もある。

「欧州として公的デジタル通貨を発行したい」という意向は既定路線として存在したものであり、それが経済や金融にまつわるEUの最高意思決定機関であるECOFINで議論・承認される流れにステップアップしてきたというのが大まかな現状理解となる。

そもそもG7を主軸とする主要国の政策当局は、現行の決済システムがコストや効率性の面に照らして改善の余地があることを公に認めてきた経緯もある。

メルシュECB理事

欧州中央銀行(ECB)理事のイブ・メルシュ氏。リスクを背負ってリブラのようなデジタル通貨を使うよりも、現状改善で事が足りるという立場だ。

REUTERS / Lisi Niesner

例えば2019年9月、ECBのメルシュ理事は「Money and private currencies : reflections on Libra(貨幣と民間通貨:リブラへの熟慮)」と題した講演で、

「リブラが目指すようなクロスボーダー送金のコスト低下やその他効率性の追求については、既存の決済システムが修正されていく中でも実現できる」

と述べている。わざわざリブラのような危うい代物を使わなくても、現行の金融当局が現状を分析し、検証し、修正すればそれで事足りるという立場だ。

また、国際決済銀行(BIS)は2019年10月の報告書で

「中央銀行、財務省、規制当局そして関連する国際機関に対し、支払いや金融サービスの効率性を改善し、コストを下げていくためのロードマップを描くように促していきたい」

と提案している。その上で、

「中央銀行は個別としても、集団としても、各政策領域においてコストとベネフィットの観点から、CBDCを発行することの妥当性を評価すべき」

と論じている。

中央銀行のサロンであるBISからこのような見解が発表されていたことは重要だ。「CBDCを対抗軸としてリブラのような民間通貨は駆逐する」という発想自体はもともと、先進各国で共有されているものだったと言って良い。

とはいえ、ECOFIN の承認を経て正式に欧州からリブラやそれに類似する試みが排除・根絶されることになれば、時代として「重要な節目」と考えても良いだろう。

リブラが認められる狭き道とは

リブラ

「中国よりはまし」という発想でしか認められないと言われてきたリブラだが、今回はその発想をも拒んで欧州全体で仮想通貨を発行しようという考えだ。

REUTERS / Dado Ruvic

元より、リブラが認められるとしたら1つのナローパスしかないと考えられていた。それは「中国にやらせるくらいならFacebookにやらせた方がまし」という消極的な発想である。

実際、2019年7月に行われた米下院金融委員会での公聴会でリブラ開発責任者であるFacebook幹部のデービッド・マーカス氏は「我々がやらなければ他の誰かがやる」と述べていたし、その後の10月にはブルームバーグのインタビューに対し、同氏は、

「5年以内に、我々が良い解決策を見つけられなければ、基本的に中国の支配下にあるブロックチェーン上で稼働するデジタル人民元を通じて世界の大部分が再接続されるだろう」

と踏み込んだ発言をしていた。確かに、「中国かFacebookか」という二者択一ならFacebookにやらせる、という判断はあり得なくもないだろう。

だが一方、同じ文脈で「Facebookにやらせるくらいなら皆(先進国)でやった方がまし」という判断も同時にあり得るものだ。

2019年8月に開催されたジャクソンホール経済シンポジウムでカーニー・イングランド銀行(BOE)総裁は、複数の法定通貨から構成される通貨(バスケット通貨とも呼ばれる)、中銀ネットワークを通じて供給される「合成覇権通貨(SHC:Synthetic Hegemonic Currency)」がドル一極支配の不健全な現状を打破するアイデアになるという見解を表明している。これは「Facebookにやらせるくらいなら皆(先進国)でやった方がまし」という考え方と親和性がある。

「論理的に正しい」vs.「感情的に正しい」

仮想通貨のイメージ

そもそも通貨は国家権力と切っても切れない関係にあることを念頭に置くと、民間で展開される仮想通貨を使うことは、「通貨の覇権」をめぐる大きな戦いになるだろう。

shutterstock

今回、ECOFINが提案したデジタル通貨は欧州に特化した提案だが、これと同種の動きがアメリカ、日本、中東、アフリカなど地域ごとに高まれば、いずれはカーニー案に結びつく可能性も想起される。

リブラなどの暗号資産を支持する人の中には、「既存権力が非効率な暗号資産を発行するよりも、適切な規制を敷いた上で、民間の競争原理に委ねた方が最適な効率性が実現できる」という意見もあるかもしれない。

確かに、市場原理に従えばそうなのかもしれない。とはいえ、「論理的に正しい」と思えても「感情的に正しい」と思えるかどうかは別の話だ。

上述したメルシュ講演では、

「貨幣とは公的な財であるため国家権力とは不可分の存在である。それゆえ超国家的な貨幣は人類の経験による堅実な基礎を持たない脱線(aberration)である」

と述べられ、リブラを筆頭とする民間企業による通貨発行を目指す動きは、人類の歴史に対する挑戦(であり上手くいかない)と整理されていた。政策当局者のみならず、法定通貨のユーザーである市井の人々においても、こうしたメルシュ氏の見方に同調する向きは多いのではないか。

結局、民間の競争原理に委ねて最高品質のデジタル通貨が仕上がっても心底信用できないのでは流通は難しいのである。やや大げさな言い方を承知で言えば、「人類として本心から受け入れられるかどうか」が大事なのであって、その技術が最適かどうかを多くの人々は気にしない。

例えば、判明している仕様によれば、リブラが流行れば流行るほど、その分配金がリブラ協会メンバーで「山分け」されることになる。それでも「決済の利便性が向上しているから良いのだ」と割り切れるほど人々は合理的なのだろうか。筆者はそう思わない。

来年にかけてもテーマ視されるCBDC

中国人民銀行

中国人民銀行が中央デジタル通貨の発行準備が整ったと公表したのは2019年9月。ECOFINによるCBDCの歓迎は、それを後追いするかのようだ。

REUTERS / Jason Lee

周知の通り、リブラのような「民間主導の暗号資産をCBDCで封じる」という方針は、既に中国がデジタル人民元という形で声高に謳うところで、その意味で今回のECOFINによるデジタルユーロ宣言は中国の後追いという見方もできる。

次はデジタルドル、もしくはデジタル円だろうか。

その先行きはまだ不透明な部分が大きいが、リブラ計画の対抗軸として既存権力が振りかざすCBDCが浮上し、その議論のスピードは相当に速そうだという認識は持っておきたい。CBDCの4文字は2020年以降、目が離せないテーマとして方々で目にすることになるのではないかと思われる。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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