“クレジットカードの再発明”とも言われるApple Card。その審査手法にいま疑問の目が向けられている。
出典:アップル
2019年夏から一般提供が開始され、これまでクレジットカードを持つのが難しかったような人でも利用が容易になり、新しい使い方の提案が行われていることで話題になった「Apple Card」が、一部ユーザーの報告をきっかけに炎上している。
これは著名なエンジニアで著述家のDavid Heinemeier Hansson氏がTwitter上で11月7日に投稿したもので、夫婦でApple Cardを申し込んだところ、婦人には同氏の20分の1程度の与信枠しか与えられなかったとして、そのスクリーンショットを公開している。
同氏はこの状況についてクレームを入れたカスタマーサポートの返信内容にも憤っており、「われわれの審査の結果、あなたの婦人には20分の1のクレジット枠しか与えられない。半年後の再審査結果を待つように」との回答があったことを述べている。
Hansson氏らは、結婚から20年が経過する夫婦で、税金の申告も共同で行っている。家計における収支の金額でいえば、実際のところ与信枠の審査で両者に差異が生まれることは考えにくい。それにもかかわらず夫婦間で10倍以上の与信枠の差があるのは不自然というわけだ。
この情報はすぐに拡散して反響を呼び、実際に同じ体験をした利用者の声が投稿された。
例えば、アップルの共同創業者で知られるSteve Wozniak氏も、同様にApple Cardの審査で夫婦間に10倍ほどの与信枠の差があったことを報告している。
両者で共通するのは、同じ収入を持つ夫婦間で与信枠に大きな差があり、しかも必ず男性側の与信枠が多く取られているという点だ。
そのため「男女差別的だ」という意見が上っており、AP通信などの報道によれば、ニューヨーク州金融サービス局(New York Department of Financial Services)がApple Cardを発行するGoldman Sachs(ゴールドマン・サックス)の調査に乗り出している。
その後、米ゴールドマン・サックスCEOのCarey Halio氏が問題を認識している声明を出し、問題となっている与信枠について再審査を行う旨を表明している。
このあたりの流れはBusiness Insiderの別記事でも触れられているが、今回は問題がどこにあるのかと、今後起こり得る問題やアップルとゴールドマン・サックスがどのような対処をすべきかについてまとめたい。
与信審査はブラックボックス
Apple Cardのアプリ画面。
画像提供:吉川欣也氏
一連の問題の1つは、前出のHansson氏がツイートでも触れているように「ブラックボックス」化された与信審査だ。
アメリカでは過去の支払いや返済状況に応じてクレジットヒストリーがたまり、自身の履歴が実際どの程度信用されているかは「FICOスコア」のようなサービス会社によって数値化されたデータを通じて確認できる。
クレジットカードを発行する企業(イシュア)はこうした情報に基づいて与信枠を決定するものの、その裁量は各社に委ねられており、与信枠決定アルゴリズムは事実上ブラックボックス化されていると言っていい。
Apple Cardが話題になった理由の1つに、従来であればクレジットカードを発行する、あるいは発行しても非常に低い与信枠でしかなかったユーザーであっても、ある程度“使える”レベルの与信枠でカードが発行される点に特徴があった。
発表当時、Apple Cardの評価を行っていた経済紙の中には「ゴールドマン・サックスはリスクをとって、収益を拡大する方向に走った」と分析している媒体があり、「割と“ゆるめ”のアルゴリズム」で与信枠が決定されていた、という筆者の率直な印象だ。
本当に「女性だから」という理由で、与信枠や審査が変わったのか?
撮影:今村拓馬
今回は「男女間で与信枠に大きな差があるのは性差別では?」という点が炎上ポイントで、実際にそうしたバイアスがあったかどうかが焦点になっている。
今後、この観点で訴訟が起こされるリスクはあるものの、いまのところ筆者はバイアスは存在せず、単純に「与信枠を算出するためのアルゴリズムにバグがあったから」と考えている。
上記の2家族の事例だけでなく、筆者の取材相手の1人にも同様の現象が起こっており、こちらは夫婦間でいえば妻の方の収入が実質的に多いにもかかわらず、夫には普通にApple Cardが発行される一方、婦人のカード発行は拒否されたという。
いまのところ夫婦でApple Cardを申し込んだケースで共通して問題が発生しているようだが、必ずしも再現性があるわけではなく、一定数で問題が発生しているというレベルのようだ。
もし数が多ければ、Hansson氏以前に問題が報告され、より大きな騒ぎになっていると思われるため、特定条件下でバグに起因した与信枠の算出ミスが発生するのだと推測する。
Apple Cardだから、今回のような騒動が表面化したのかもしれない(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
もう1つ、今回の炎上に至るまでに問題が大きく取り上げられることのなかった理由に、「クレジットカードの与信枠はセンシティブな情報」という点が挙げられる。
与信枠の内容そのものはイシュア各社の判断に委ねられるが、これを基に各個人や家族の経済状態がある程度透けて見えてしまう。
そのため、仮に同様の問題で夫婦のうち婦人が審査ではじかれてカードが発行されなかったり、極端に低い与信枠で発行されてしまっても、それを公言することは少なく、またサポートにクレームしても「我々の審査の結果です」と軽くあしらわれていた可能性が高い。
従来のクレジットカードであれば「別の会社でカードを発行してもらうか」と諦めていたものが、Apple Cardという多少特殊なサービスが登場したことで可視化されたといえるかもしれない。
問題がまだまだ内在する可能性はあるか?
Apple Cardもやはり“クレジットカード”だ。
画像提供:五島正浩氏
実は、これこそが従来の金融サービスが抱えていた問題であり、Apple Cardもまた「クレジットカードの再発明」をうたいつつも、やはりその仕組みは既存のクレジットカードそのものだったということの証左でもある。
与信枠はイシュアの判断に基づいて一方的に付与されるものであり、ユーザーが直接そのプロセスに介在する余地はない。
近年、FinTechと呼ばれる「IT技術を使って金融サービスに革新をもたらす」ことを主眼にしたスタートアップが多数登場し、既存の金融機関がカバーしきれなかった領域を新しいサービスで埋めていく状況が進んでいる。
また、「信用スコア」という仕組みが日本国内でも登場した。これによってスコアの高いユーザーには特典を与えたり、あるいは「後払い」での与信枠を大きく与えたりと、金額は少なめながら「クレジット」的なサービスが提供されている。
ヤフーやLINEも信用スコア事業に乗り出している(写真はLINEスコア発表時のプレゼンテーション)。
撮影:小林優多郎
もともと金融サービスの発達していなかった東南アジアなどでは、Grabに代表される企業が独自のスコアリングを用いた「マイクロローン」のサービスを提供して利用者を増やしていたりする。Apple Cardにおけるサービスやサポートの柔軟性のなさは、やはりこうした新興系のサービスとの違いを浮き彫りにする。
Apple Cardの事業はアップルとゴールドマン・サックスのタッグで実現したものだが、サービスデザインなどから考えても、多くのユーザーはゴールドマン・サックスのサービスというよりは「アップルのサービス」と見ているだろう。
今回の一連の対応はゴールドマン・サックス側から行われているようだが、ここでのマイナス評価はアップル側にかかる可能性が高く、今後アメリカ外にApple Cardを展開していくなかで、各地のパートナー企業との提携やサポート体制を構築するうえでの課題となるはずだ。
Apple Cardの裏面には、ゴールドマン・サックスとMasterCardのロゴがある。
提供:五島正浩氏
また、今回Apple Cardはゴールドマン・サックスがクレジットカード事業に参入する初のケースであり、出遅れたコンシューマ市場での評価を得るための場所となるはずだった。
だが、与信枠付与アルゴリズムに問題があり、これがネガティブに評価されるのは将来の活動にとってマイナスだ。
筆者が取材したケースでは、なぜか本来は取られないはずの利息が取られていたり、アプリから手動で支払ったら引き落としが2回行われていたりと、サポート側とやり取りを繰り返しているもののまだ解決には至っていない。
実際、過払い状態にあるせいかは不明だが、本来は支払い内容に応じて変化するはずのApple Cardの券面は11月は真っ白のままで変化ないという。
一連の状況を見る限り、アルゴリズムの判定問題や返済システムにおけるバグの存在など、「Apple Cardのシステムはまだまだ走り出したばかり」というムードが漂い始めた。
これがノウハウ不足によるものなのかは不明だが、今後も似たような問題が報告される可能性はあるだろう。
二重引き落としによる過払いで、券面が真っ白になったApple Card。
出典:取材先提供
野心的な試みのApple Cardだが、その実はいまだ内在する問題と戦いながらブラッシュアップが続いている。
また、外部からはブラックボックスに見える与信付与アルゴリズムの存在により、Apple Cardもまたクレジットカードそのものであることも改めて認識できた。
日本にやってくる“Xデー”がいつかはわからないが、もちろん上陸にあたっては一連の問題を解決した万全の体制で、使えるようになっているのだろう。
(文・鈴木淳也)