中国ではテンセントがメッセージアプリ「WeChat」を展開し、国民の生活をオンライン・オフラインで“掌握”している。
REUTERS/Bobby Yip
ヤフーを傘下に持つZホールディングスとLINEが経営統合に向けて調整していることが13日、明らかになった。最初に報道した日経新聞は、統合の理由に「国内外で進むネットサービスの地殻変動」「消費者のネット利用が一般的になり、中国では1つの窓口で各種サービスをまかなう巨大企業が出てきている」と分析し、その代表例としてテンセント(騰訊)の名を挙げた。
中国のIT三大企業「BAT」の一角を形成するテンセントだが、他の2社(アリババ、バイドゥ)に比べると日本ではやや知名度が低い。だが、テンセントが運営するメッセージアプリWeChat(微信)が中国人の生活と切り離せないプラットフォームとして君臨している現状を知ることは、ヤフーとLINEとの関係を読み解くヒントになるかもしれない。
WeChatなくては生活が成り立たない中国
モバイル決済でチップを受け取れるバッジをつけた中国の飲食店店員。
REUTERS/Bobby Yip
テンセントの祖業は、PC時代のインスタントメッセンジャー「ICQ」を模倣した「QQ」だ。ネット普及期の1999年にリリースし、中国人にとってEメールよりも身近なサービスに成長した。今でも、連絡簿にメールアドレスではなくQQを掲載する学校や企業は少なくない。
そしてスマホユーザーが増加した2011年1月、テンセントはQQのスマホ版とも言える「WeChat」をリリースした。初期はボイスメッセージでやり取りする使い方が主流で、手のひらにスマホを乗せて話しかける人があちこちで見られた。
LINEもWeChatと同じ2011年にサービスを開始しているが、普及の速度はWeChatの方が圧倒的に早かった。
今でこそ、学校の保護者や趣味つながりのメンバーがLINEグループをつくるのは当たり前になっているが、それでも40~50代40人でグループをつくろうとすると、数人はLINEを使っていない人がいる(少なくとも筆者の周囲では、そうだ)。
一方、中国都市部では、2014年ごろから学校や職場の連絡もWeChatグループで行われることが当然となり、WeChatを使っていないと社会生活を送る上で情報から取り残される状況になった。その背景としては、WeChatの前身的存在のQQが老若男女に普及しており(QQにも「群」というグループ機能があり、職場・学校でのコミュニケーションツールとして使われている)、同じ運営会社が展開するWeChatへの移行が簡単だったことや、WeChatが「QQと電話のいいとこどり」のサービスとして受け入れられたことがあるだろう。
日本より5年早かったキャッシュレス大戦
日本ではアリババとその創業者であるジャック・マー氏(左)の知名度が高いが、中国ではテンセントとポニー・マーCEO(右)も同様の存在感を放ち、「2人のマー」ととらえられている。
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筆者はWeChatとLINEがリリースした年に、両アプリの利用を始めた。当時は中国で大学講師をしており、新しいサービスに敏感な大学生たちとのやり取りにWeChatが便利だったこと、そしてFacebookやGmailが規制される中国で、規制を受けないLINEは日本とのやり取りに使い勝手が良かったからだ(LINEも2014年に中国でブロックされたが)。
2つのアプリは2012年以降急速に普及したが、発展の仕方には、小さくない差があった。
WeChatは2014年、モバイル決済機能「WeChat Pay(微信支付)」を追加した。ライバルのアリババは既に「アリペイ(支付宝)」を展開しており、現在の日本の「●●ペイ」のような戦争が火ぶたを切った。
国際クレジットカードや電子マネーがそれほど普及していない中で、それぞれ数億人のユーザー基盤を持つアリババとテンセントが巨額の費用を投じて大々的なキャンペーンを展開し、旧正月にはお年玉もキャッシュレスでやりとりできる機能を追加するなどして、決済アプリは中高年者も含めて一気に浸透した。
WeChatのお年玉画面。(左)最初にお年玉の総額や人数を設定。(右)グループの人数より受け取れる人が少ない場合、早い者勝ちとなる。
決済アプリを利用するには、口座情報の登録などが不可欠で、アリババとテンセントにとっては、膨大な個人消費データを取得し、関連サービスを展開する極めて重要な基盤になった。
WeChatのアプリからは飛行機のチケットやホテルの予約もできるし、配車サービス「DiDi(滴滴)」、シェア自転車「モバイク」、出前アプリ「美団点評」と連携し、GPSを使ってのサービス拠点検索、クーポン取得、決済アプリでの支払い、サービスの利用、レビューまで一気通貫で行える。
WeChatの月間アクティブユーザーは2018年2月に10億人を超えた。そのユーザーベースと支払い能力は、死に瀕する企業ですら復活させる力を持つ。
テンセント傘下の旅行会社「同程芸龍」は、オンライン旅行会社最大手のシートリップとの競争に敗れ、経営破たんの危機にあった同程網絡(LY.com)と芸龍旅行網(eLong)が2017年12月に合併して生まれた会社だ。両社は合併後、テンセントを頼り傘下入り。その後はWeChatのエコシステムで業績を回復させ、1年も経たない2018年11月に香港で上場した。
WeChatとアリペイが決済大戦を繰り広げ、キャッシュレス社会のインフラを構築していたころ、日本のLINEの独自性としてユーザーを引き付けていたのは「スタンプ」だった。日本には豊富な人気IPがあり、質の高い独立系クリエーターがいる。スタンプは、コミュニケーションにクッションを求める日本のカルチャーとも相性が良かったのだろう。
「BAT」からこぼれ落ちたバイドゥ
バイドゥは検索ポータルからの脱却を目指し、自動運転などに巨額の投資を行っている。
Reuters
冒頭で書いたように、中国のIT化をけん引してきたアリババ、テンセント、バイドゥは「BAT」と呼ばれる。
非常にざっくりした例えではあるが、
- ECで中国トップのアリババは「楽天」(日本にこだわらなければ「アマゾン」)
- メッセージアプリを軸とし、ゲームで稼ぐテンセントは「LINE」
- 中国最大の検索ポータルを運営するバイドゥは、「ヤフー」
に例えることができる。
だが、実際には3年ほど前からバイドゥは業績が伸び悩み、もはや「BAT」と並べるのは異論が出る状況となっている。
バイドゥは2010年代に入ると、自らの不祥事でブランドイメージを落としたほか、決済サービスや、データ収集力でアリババ、テンセントに後れを取った。
2018年の調査によると、WeChatの一人あたりの1日の平均利用時間は4時間33分。知り合いとメッセージをやり取りし、タイムラインで友人の近況を見て「いいね」をつけ、ユーザーに最適化された広告を目にし、買い物をし、暇つぶしにゲームをする。お腹がすいたら出前を取り、移動の際にはタクシーを予約する……。WeChatの中には生活に必要なサービスが網羅されており、ユーザーは何かあるとアプリを開く。
アリババもEC事業のユーザーと決済サービスによって、独自の信用スコアを運用できるほど個人のデータを握っている。
バイドゥにはそういったサービスが、なかった。
「生まれ変わり」急ぐバイドゥとヤフー、その違いは……
そのバイドゥの李彦宏(ロビン・リー)CEOは2018年1月、米誌「TIME」の表紙を飾った。
中国のSNSでは「なぜ彼なんだ」という疑問が拡散し、バイドゥの中国での立ち位置が浮き彫りとなった。
「なぜ表紙に李彦宏なんだ。どうして(テンセントCEOの)馬化騰(ポニー・マー)でも(アリババ前会長の)馬雲(ジャック・マー)でもないのだ」
だが、TIMEには別の狙いがあった。バイドゥは検索ポータルを運営するネット企業のポジションを捨て、次世代テクノロジー企業に生まれ変わるため、人工知能(AI)、ビッグデータ、自動運転などに巨額の投資を続けていた。
「再び輝きを取り戻すために、中国で一番AIに力を入れる企業のCEO」としてロビン・リーは取り上げられたのだった。
決済サービスで火花を散らしているヤフーとLINEの統合報道は、大きな波紋を呼んでいる。
小林優多郎撮影
中国でテンセントがつくりあげた生活プラットフォームになじんだ筆者にとって、LINEのメッセージアプリを軸としたエコシステムは想像しやすい世界だし、実際にギフトや出前サービスを日常的に利用している。
ヤフーが最近猛烈に売り出している決済サービスPayPay(ペイペイ)、さらにはペイペイブランドのフリマ、モールも全て利用経験がある。ただ、サービスごとにアプリをダウンロード&立ち上げるのが煩わしく、フリマアプリは買いたいものを買ったら削除してしまった。ペイペイは今使っている家計簿アプリとも連携できず、1ユーザーとしては正直、不満がある(使える店が多いという点においては、会社の力を感じるが……)。
スマホ時代への対応とデータ競争で出遅れ、「スマホの会社に加えてデータの会社になる」と宣言しているヤフーの姿は、「ポータル運営会社をやめ、自動運転やAIで世界をけん引するテクノロジー企業になる」と宣言し、完全な血の入れ替えを進めているバイドゥに通じるものがある。
違うのは、BATがほぼ同時期に創業し、20年にわたってライバルとしてしのぎを削ってきたのに対し、ヤフーの後ろにあるソフトバンクが、日本のIT企業の中でも突出した資金力や、実績、存在感を放っているところだろうか。
(文・浦上早苗)