Business Insider Japan
「ヤフーとLINEの経営統合」が正式に発表された。両社は18日17時から都内で記者会見を開く見込みだ。
「決済分野での先行投資が響いて赤字転落し、先行きの不透明なLINEの救済合併」
「1億人市場を総取りしたいヤフー親会社ソフトバンクを率いる孫正義氏の野望」
など、噂の背景を分析する話はいろいろ出ている。
また、LINE社は今後、共同公開買い付けの実施により非上場化する方針も公表されている。
事態が突然大きく動き始めた形だが、今回は筆者の専門分野である「スマホ決済」の視点からみた、「統合へと力が働く重要な理由」を紹介したい。
キャッシュレスの勝ち筋が見えてきた……数の上では
撮影:小林優多郎
QRコードやバーコードを使ったスマートフォン上でのアプリ決済サービスは数多登場し、これからもまだ登場が見込まれている。しかし、決済業界からの目線では、「もはや投資に見合ったリターンはほぼ得られない」と考える人が増えている(筆者もそのひとりだ)。
優劣でいえば、膨大なキャンペーン予算と営業リソースをつぎ込み、地方都市の小さな商店でさえ「現金以外でPayPayなら支払える」という状況が生まれつつある。
スマホ決済は大手チェーンを中心に全国へ一気に広がったが、個人商店や地方スーパーなど、加盟店開拓に時間や人員を必要とする場所には、まだそれほど広がっていない。その点をクリアしつつあるPayPayが、キャッシュレス普及の壁を一定程度乗り越えたという感覚は、都市部以外の状況を見ている方ならわかるだろう。
「現状のPayPayはマネタイズ方法が乏しい」理由
撮影:鈴木淳也
さて、このPayPayの最大の問題は、ショッキングに聞こえるかもしれないが「現状では実質的にマネタイズ方法が乏しい」という点だ。
同社は店舗のカウンターに置くQRコードを加盟店に配布しているが、これを使った場合の決済手数料は2021年9月30日まで無料となっている。従来のクレジットカードや電子マネーのようなビジネスモデルであれば、ここで「インフラを整備したので、後は手数料を上げて定期収入にしよう」と考えるのかもしれない。
だがPayPayには手数料を上げられない事情がある。全国の複数のPayPay加盟店に聴き取りを行っていたところ、「導入して決済されても手数料はかからないし、気に入らなかったらいつでも辞めていい」という考えでPayPayに対応した店舗が少なからず存在することだ。
つまり、手数料無料期間中にPayPay目当てにお客が来れば儲けもので、値上げ後に集客効果がないと判断したら利用を止めるだけでいいということで、手数料無料期間と同時に一気に加盟店が離れる危険性がある。
同件について、以前にPayPayの馬場一氏(取締役副社長執行役員COO兼営業統括本部長)に尋ねたところ「(手数料は)悪いようにはしません」という含みのある返答が戻ってきた。いろいろな意味にとれる言葉だが、PayPayとしてもまだ判断しかねている状況だと筆者は判断する。
大手が中心とはいえ、短期間でここまで対応チェーンを増やせたのはPayPay(=ヤフー=ソフトバンク)の営業力の賜物だ。
撮影:鈴木淳也
PayPayは膨大なリソースを投入して、同業者では最大規模の加盟店網を構築した。それをみすみす手放すとは考えられず、「PayPayは今後も手数料を上げられないし、そこから収益を得たとしても極めて限定的」というのが筆者の推論だ。
現状で手数料として得られているのは、例えばAirペイのような複数の決済方式を一括で小売店に提供するタイプのサービス(※ただし、店舗でAirペイを導入したあるユーザーによると、現状でPayPayはまだ利用できないという)、あるいは「ゲートウェイ」と呼ばれる包括契約で複数の決済手段を提供するサービスが徴収する「手数料」を分配する収入に限られると筆者は見ている。
PayPayのマネタイズの道筋
PayPayの中山一郎社長。
撮影:鈴木淳也
そのため、PayPayは従来の決済サービスとは異なるビジネスモデルを模索し始めている。
1つはBtoB向けのツールで、加盟店に対して
- 「売上分析のツール」
- 「顧客管理ツール」
- 「広告を含むマーケティングツール」
など各種ツールを提供することで、(手数料自体は限りなく無料だとしても)収益を得る方法だ。
もう1つは、「PayPayアプリ」を通じて第三者が加盟店やユーザーに対して何らかのアクション(近隣店舗のセール情報の配布など)を行いたい場合、その場所を提供することで「場所代」を請求することだ。
今年2019年9月に開催されたPayPayの1周年記念記者会見で、中山一郎社長は「(PayPayは)手数料で稼ぐビジネスモデルにはしない」と断言していた。昨今は「データビジネス」などのキーワードも出てくるが、PayPayはどちらかといえば「アプリで稼ぐ」モデルが今後中心になってくると筆者は考える。
PayPayがLINEを「欲しい」理由
撮影:鈴木淳也
こうした前提を踏まえれば、PayPay(≒ヤフー)がなぜLINEを所望するのかという背景が見えてくる。孫正義会長をはじめ、PayPay幹部がたびたび言及するように、PayPayが目指すのは間違いなく「スーパーアプリ」の立場だからだ。
スーパーアプリの例としてよく挙げられるのは中国Tencentの「WeChat」だ。WeChatは単純に友人とのコミュニケーションツールとして機能するだけでなく、WeChat Payのような決済機能で店舗での支払いや送金、公共交通のチケットとして利用できるほか、ミニプログラムを通じて拡張が可能で、さまざまなサービスをWeChatを起点に呼び出せる。
欧米(左)では用途に応じて複数のアプリを使い分ける必要があるが、中国ではWeChatのような1つのスーパーアプリを通じて、日常生活のほとんどの作業をこなすことが可能。ユーザーとの接触時間も必然的に長い。スライドは、2019年1月開催の「NRF Retail's Big Show」でのデロイトの登壇資料より。
撮影:鈴木淳也
このミニプログラムの仕組みは急速に発展しており、店舗でメニューを見るだけの簡単なものから、マイクロソフトのOfficeの閲覧や文書編集が可能な複雑なものまで、いろいろ可能になっている。
決済やユーザー認証など、必要最低限の機能はミニプログラムのインターフェイスを通じて提供されるため、サービス事業者にとっては通常のアプリを配信するよりハードルが低い。
特に中国はGoogle Playのような公式ストアの仕組みが使われず、アプリストアが乱立している状況だ。アプリのダウンロードを促すQRコードを読んだらいきなり「apkファイル」(Android向けのアプリ本体。ストア経由ではないのでウィルスチェックの信頼性が低い場合もある)が自動ダウンロードされることも珍しくない。
皆がスーパーアプリのユーザーとの接触時間に注目し、その恩恵に預かろうと「スーパーアプリのOS化(プラットフォーム化)」が進みつつあるといえる。
PayPayの「スーパーアプリ化」に壁。だからLINEがほしい
スーパーアプリの先行事例、WeChatのエコシステム。単一アプリでこれだけの用途をカバーすれば生活に占める接触時間も必然的に長くなる。
撮影:鈴木淳也
問題は、現状のPayPayはユーザーの接触時間が少ないことだ。あくまで決済アプリのため、基本的には決済を行うその瞬間しか起動しない。本当の意味でユーザーに活用してもらうには、ミニプログラムを含め、さまざまな仕掛けが必要となる。
PayPayは最近「PayPayマネー」でユーザー間送金(PtoP)の仕組みに対応し、これに合わせてチャット機能なども拡充する方針だった。LINEの後追いだが、機能拡充で他社を引き離そうとするLINEと方向性が同じともいえる。
もし8000万人というLINEのユーザーベースをPayPayが獲得し、両者が合わさることでともにスーパーアプリの方向を目指すのであれば、日本で唯一といえる、「本当のスーパーアプリが誕生」する可能性があると筆者は感じている。
仮に事業統合したとして、2つのアプリやサービスの統合は容易ではないと考えるが、国内の「スマホ決済」事業の雌雄はすでに決しつつある。
今回の経営統合の発表が、手数料無料期間が終了する1年半以上先を見据えての動きだと思えば、ソフトバンク=ヤフー=PayPay陣営の考えも読めてくる。
東南アジアなどでも配車アプリの「Grab」を筆頭に第2、第3のスーパーアプリが誕生しつつある。この流れはこれから、日本にも押し寄せてくるのかもしれない。
(文・鈴木淳也)