Business Insider Japanのリモートワーク実験第3弾は紀伊半島で。三重県尾鷲市から始まった。
撮影:小林優多郎
ワーケーションは単身のフリーランサーのものだ。今のところは。
出張(ワーク)はそこに行かねばならない理由があるし、旅行(バケーション)はそこでしか体験できない非日常がある。今、主に自治体が進めているワーケーションは「出張ついでにバケーションする」でも「家族旅行中にちょっと仕事する」でもなく、「知らない土地で仕事しながらちょっと暮らす体験をする」という立て付けのものが多い。
定住移住が最終目的なのでこの立て付けは理解できるが、日常と少しだけ違う環境での仕事、は「そこに行く強い理由」にはなりにくい。
ワーケーション参加者の中心は旅好き単身フリーランサーか、地方創生系のビジネスをしている人か、記事を書くライターとなっている。
子育て世代は参加しにくい
私には今、小学校2年生の息子と保育園に通う6歳の娘がいる。この1年間、子どもたちを連れてさまざまなワーケーションの実証実験に参加した。自ら行政と企画したりもした。
Business Insdier Japanが主催した長崎県五島市での「体験入学を伴うワーケーション」、長野県飯綱町での「夏休みの体験重視ワーケーション」、香川県丸亀市での「実家帰省ワーケーション」などなど。すべて2人の子どもと一緒の参加だった。
そこで感じたのは、ワーケーションは会社員や子育て世代にとって参加しやすいものではない、ということだ。
2019年8月、1週間参加した長野県飯綱町でのワーケーション。地元の方たちとフルーツ狩りに行く子どもたち。
撮影:尾崎えり子
2019年5月、長崎県五島列島でのワーケーション。宿泊先の目の前に広がる海で釣りをする息子。
撮影:尾崎えり子
そして今回、再びBusiness Insider Japanとカヤックリビングが主催した三重県尾鷲市でのワーケーション実証実験に3泊4日で参加している。初めて1人での参加だ。
さまざまな角度から体験してきた当事者として、今後どうワーケーションを進化させれば子育て世代に対して「ワーケーションに行く強い理由」を作ることができるのかを考えてみた。
お金の問題
当たり前だが、ワーケーションはお金がかかる。移動費、宿泊費、食費、観光費、現地での交通費。子どもを連れて行くとなると、単純に2~3倍かかる。となると、ただでさえ支出が多い子育て世代は、そう何度もワーケーションには行けない。
私の場合は、夏休みとお盆は必ず実家(香川)に子どもたちを連れて帰るため、帰省費を考えると、ワーケーションはやれても2年に1度くらいの特別なイベントになる。
10万~20万円の費用を考えると、海外でも宿泊付きのディズニーランドでも行けてしまう。限られた「家族旅行」のお金をどこに使うか、多い選択肢の中で迷う。自治体が自分の地域をワーケーションのために選んでもらうためには「仕事環境が整っている」「自然がある」「〇〇体験ができる」以上の何かを考えなければならない。
子どもの問題
私がワーケーションに行く理由は、「子どもに多様な人々や景色や経験に出会ってほしい」という1点だ。
私自身は仕事が非常に楽しいし、出張で全国を回るので、バケーションに求めることはほぼない。住んでいるところも千葉県の自然豊かなところだし、帰省先もあるので、田舎や自然を特に欲しているわけでもない。
だから、ワーケーションには子どもたちを帯同させてきた。
五島では体験入学を通して新しい友だちができ、転校をしたことがない息子がアウェーを経験できたし、放課後思う存分釣りをした。
五島市の福江小学校に息子が体験入学をした初日。少し緊張した様子だった。
撮影:尾崎えり子
夏休みに参加した長野県の飯綱では、地元の方々が先生としてサバイバル系のプログラムや星空観察などを子どもたち向けに実施してくれた。
長野県飯綱町では現地の人と火をおこし、自分たちでパンを焼いて食べた。子どもたちの楽しそうな様子が思い出に残っている。
撮影:尾崎えり子
丸亀市では信号が1つもない島で竹を切り、武器を作り、動物のように走り回っていた。
2019年4月、香川県丸亀市の離島、手島でのワーケーション。子どもたちは鍬を使ってタケノコ狩りを楽しんだ。
撮影:尾崎えり子
普段ではできない素晴らしい体験だったが、どのプログラムも親の同行が条件だった。子どもがまだ小さいこともあるが、面白い体験をさせようとすると、私が同行しなければならず、仕事の時間が制限される 。
未就学児の娘は参加できないプログラムも多く、地元の保育園に預けたかったが、住民以外が保育園を使うことのハードルは想像以上に高い。預け先がなく、参加を断念した場所もあった(5月に参加した五島での実証実験では希望者は地元の保育園も利用できた)。
仕事の問題
子連れとなると、仕事は途切れ途切れになり、普段より仕事ができる時間は短くなる。単純な作業なら短い時間でもある程度こなせるが、頭を使うクリエイティブな作業は集中できる時間がまとまっていないと全く進まない。
なので、ワーケーション中はだいたいパソコンの中のフォルダ整理や勝手に送られてくるメーリスの解除など普段優先順位が下がっている単純作業をすることにしている。
でも、せっかく時間とお金をかけていくのなら、地元の方々と話をして新しい仕事を創っていくことに時間を割きたいと思うのだが、子どもと一緒だとゆっくり仕事の話をする時間をなかなかとれない。
1人で参加したら
11月14日から17日まで3泊4日で参加した三重県尾鷲市では、1931年に建築された「見世土井家住宅」で仕事をした。
見世土井家住宅の外観。
普通に仕事はできる。非常に素敵なお家で庭も立派だが、 集中したらあまり周りの環境は関係ないので、普段の仕事より集中できたというわけでも、頭がさえたということもない。仕事をするだけで言うと、出張とあまり変わらない。
ワーケーションの魅力は地元の方々と深くつながれることだ。子どもがいなかったので、今回は地元の人たちと深く話せた(飲めた)。地元の隠れ家的なところで飲み、 見ず知らずの方と話が盛り上がったり、今回のワーケーション仲間と夕食を囲んだり、地元の人と一緒に行った懇親会でおいしい地魚を頂いたり 。
地元の人の口コミで入った料理店では偶然隣り合った人と意気投合(中央が筆者)。子どもがいないと夜も地元の人との交流はできる。
提供:尾崎えり子
尾鷲市でのリモートワーク実験に参加したメンバーたちと一緒に、みんなで手作りした夕食を囲んだ。
提供:尾崎えり子
一緒に地域の課題について話し合ったり、土地への思いについて聞くと、どんどん知らない土地に愛着がわいてくる。子どもと一緒だと、こうはいかない。今回は1人で来てよかった。
2日目の朝は地元の方が企画をしてくださった「魚を食べる」というプログラムに参加した。
九鬼町にある網干場(あばば)で人生初めて魚をさばく様子。現地の川上尚子さんが懇切丁寧に教えてくださった。
提供:尾崎えり子
地元の魚を買い、さばき、食べるのだが、むつの炙り、さわら、 ガスエビ、 べったら寿司。とにかく、めちゃくち ゃおいしい。しかも安い。
さらに教えてくれた川上さんが元幼稚園の園長先生なだけあって、褒めて伸ばす技術がすごい。魚をさばいたこともないし、料理に対して自信皆無の私が、たった1時間で「小料理屋でも始めようか」と思わされたくらいだ。
体験中ずっと頭の半分では「子どもたちに体験してほしかった。川上さんに会ってほしかった。なんで今回子ども達を連れてこなかったんだろう」と後悔した。彼女が魅力的過ぎて、来年1月に子どもたちを連れて来ることを決めた。
子どもをどう巻き込むか
丸亀市の手島から名残惜しそうに船の上から手を振る子どもたち。
提供:尾崎えり子
子育て世代もワーケーションのターゲットに入れたいとなると、家族の巻き込み方をデザインする必要がある。
夏休みに実施するなら、1日や2日ではなく、1週間以上の親の帯同を前提としないプログラムの構築を。長期休暇中以外に実施するなら、デュアルスクールの導入を(デュアルスクールとは都市と地方の学校双方で教育を受けられる仕組み。しかし、学校は継続的な活動の中で得る達成感や仲間意識も重要なので、短い期間で場所を変えることの教育的課題も踏まえる必要もある)。
首都圏の共働き世帯は夏休みの子どもたちの時間の使い方に悩んでいる。少なくとも、私は自分が働いているせいで、子どもたちを学童に閉じ込めていることに対する罪悪感がある。
1週間の泊まり込みのサマーキャ ンプに参加させようとすると、10万円以上することを考えると、夏休み用の子どもプログラムがある場所に住み、朝送り出し、夕方帰ってくるようなスタイルを作れるなら、親としてワーケーションは選択肢に入る。
企業も社員のために導入を
尾鷲市の土井見世住宅の美しい庭を眺める。
撮影:小林優多郎
実際、高学年になると学童保育に行かなくなり、それを機に仕事を辞める親もいるのだ。企業としても夏休みの預け先問題で社員が離職するくらいなら、夏休みだけのワーケーションを制度として導入するのはメリットがある。
ワークはWi-Fiと机と椅子があればどこでもできる。ならワーケーションの設計は競合をバケーションにおくのではなく、エデュケーションにおく方がいい。ワデュケーション(ワーク+教育+バケーション)がワーケーションの進化版になるのではないだろうか。
決して、エリート教育をしてほしいわけではない。地域のおじいちゃんやおばあちゃんたちが見守る中、地域の子どもたちが夏休みに遊ぶようなことと同じことができれば、それで十分。今後、自治体はぜひ子どもたちを受け入れる空気と仕組みを地域で作ることで、他の自治体との差別化を図ってほしい。
結局 、縁もゆかりもない地域に行く理由となるのは「食」でも「環境」でもなく、子ども達たちに会わせたい人がいるか、子どもたちがもう一度会いたい人がいるか、である。
尾崎えり子:(株)新閃力代表取締役社長。1983年香川県生まれ。2006年早稲田大学法学部卒業。千葉県流山市をベースに民間学童のプロデュースや行政とともに創業スクールを立ち上げる。2016年に空き店舗にシェアサテライトオフィスTristをオープン。コミュニティ+教育+オフィスの3つを軸に展開し、1年で満席に。テレワーク推進賞やWork Story Awardなどを受賞。