もこもこルームウェアで一世を風靡した「gelato pique(ジェラートピケ)」。
出典:gelato pique 公式ウェブサイト
女性向けのストリート・フォーマルブランド「SNIDEL(スナイデル)」や“もこもこルームウェア”で大ヒットを飛ばした「gelato pique(ジェラートピケ)」などのブランドを率いるマッシュホールディングス(HD)が好調だ。
2019年8月期決算では、売上高が前年同期比11.8%増の787億円、営業利益は0.4%増の55億円を果たし、1999年のマッシュスタイルラボ創業以来、毎年の増収記録を更新した。
苦戦が続くアパレル業界で、マッシュHDが若年層の心をつかんで成長を続ける理由はなんなのだろう?アパレル業界に身を置いてきた筆者も注目するブランド作りの背景を分析してみたい。
セルフォードは前年比313.6%増
ドラマで石原さとみさんが着用したことでも話題になった「CELFORD(セルフォード)」は、前年同期比313.6%と大きく売り上げを伸ばした。
出典:CELFORD公式ホームページ
マッシュHDは「SNIDEL」や「gelato pique」のほか、「Mila Owen(ミラ オーウェン)」など日本のファッショントレンドを率いるブランドを数多く生み出しているアパレル企業だ。
最近では「Cosme Kitchen(コスメキッチン)」や「Celvoke(セルヴォーク)」などのコスメ・ビューティーブランドにも進出し、主な顧客層の30〜40代に加え、20代の支持も集めている。
マッシュHDの売り上げは2012年から右肩上がりをキープしていて、HD傘下でも特に、ファッション事業を展開するマッシュスタイルラボが前年比10%増収と、売り上げ増に貢献している。
マッシュHDの売上高は2012年から右肩上がりを続けている。
出典:マッシュHD公式サイト
マッシュスタイルラボの国内ファッションブランドでみると、2018年春夏にデビューした新ブランド「CELFORD(セルフォード)」は、前年同期比313.6%と大きく売り上げを伸ばした。
オープン時点では4店舗だったものの、現在では国内に16店舗、海外に1店舗と、次々に新しい店舗を生み出しているブランドだ。
石原さとみドラマでブームに火がつく
2018年7〜9月に放送されたドラマ『高嶺の花』では、主人公を演じる石原さとみさんがセルフォードの服やアクセサリーを着用し、話題になった。ドラマ放映後、公式オンラインサイトや、マッシュHDが運営する「USAGI ONLINE(ウサギオンライン)」では、着用アイテムはすべて予約完売。ドラマもブームの火付け役になったと言えるだろう。
セルフォードのコンセプトは「大切な人との食事や、仕事のプレゼン、結婚式、パーティーなどの特別なシーンで、女性が胸を張って着たくなるようなアイテム」というもの。
価格帯は1万〜5万円と決して安価ではないが、女性が着用したときのシルエットや、上質な生地・縫製にこだわったデザインのアイテムが多い。なおかつドレスは3サイズ用意し、“女性が特別な日に着たくなる、自分にぴったりの服”が見つかるブランドだ。
ではなぜ、こうも「刺さるのか」。その背景を読み解いてみよう。
オープン初日に売上高1875万円
ストリート・フォーマルという風変わりなコンセプトで人気となった「スナイデル」。
出典:SNIDEL公式ホームページより
マッシュHD傘下のミレニアル世代に絶大な人気を誇るアパレルブランドは、セルフォードだけではない。
今回の決算で、前年同期比5.8%の増収(既存店で同4.6%)を達成したスナイデルは、マッシュHDが2005年に初めてローンチしたファッションブランドだ。
ロングコート4万2000円、ワンピースは安いもので1万2000円と、こちらもミレニアル世代の女子からするとそこそこ高めの価格設定になっているが、ストリートカルチャーに大人らしさを組み合わせた「ストリート・フォーマル」という風変わりなコンセプトを打ち出し、人気を集めている。
2019年8月には新宿ルミネ2の店舗をリニューアルオープンし、初日売上高1875万円という驚きの数字を叩き出した。
さらに、ふわふわ・もこもこで手触りの良いルームウェアで大ヒットした「ジェラート ピケ」は2019年、スヌーピーやリラックマなどとのコラボでも話題を呼んだ。
他にも、ミラ・オーウェンやFURFURなど、20代女子が求める「上品さや大人っぽさ、おしゃれさ、モード感」などを、商品一つひとつにしっかりと落とし込んだものづくりが支持されている。
サンプル作成に年間1億円
現在のアパレル業界では、トレンドに追われるあまり、違うブランドであるのにデザインが似たり寄ったりすることもよくある。
Marcin Kilarski / EyeEm / GettyImages
「服が売れない」と言われるこの時代に売り上げを伸ばすマッシュHD。社長の近藤広幸氏は、東洋経済オンラインのインタビューで、その理由について「女性に寄り添ったモノ作り」を強調している。
例えば、アイデアを出しているのはほぼ全員が女性で、展示会に向けたサンプル作成に4ブランドのそれぞれが年間1億円を投じるなど、“女性がほしいと思うアイテムをつくること”を徹底しているという。
また、マッシュHDのブランドが打ち出すアイテムは、素材やデザインなどにこだわりがあり、作り込まれているものが多いのも特徴だ。
現在の国内アパレル企業では、時期によって変わりゆくトレンドに対応するため、期中企画(展示会で人気が高く、販売が見込めるアイテムを特別に作り込むこと)で卸業者からすでにでき上がっているアイテムを仕入れて店舗に展開したり、少し仕様を変更して展開したりすることがある。
そのため、全く違うブランドであるのにデザインが似たり寄ったりすることもよくある。
マッシュHDはこの方式を取らない。その理由について、スナイデルの取締役MD本部 本部長の須藤誠氏は、繊研新聞の取材に「僕たちは後追いブランドじゃない。お客に常に新しさを感じてもらうためには、これが自然」と語っている。
「コンプレックスを隠さない」メイク
2010年代から、ファッションにおいても「ありのままの美しさを愛そう」という動きが世界的に広まっている。
Delmaine Donson / Getty Images
こうした「ミレニアル世代女性に刺さるブランドづくり」はファッション事業に止まらない。コスメやビューティーケアを中心に展開するマッシュビューティーラボも、前年同期比34.9%の大幅増収を果たした。
その理由として、ここ数年の間で、欧米圏を中心に「美の意識」が急速に変わりつつあることがあげられるだろう。
昔は雑誌に登場するモデルたちは細くウエストがくびれ、美肌であることが美しいとされていた。しかし、2018年頃から、海外セレブたちが加工なしのリアルな自分の体型や顔を投稿することが流行。“ありのままの美しさ”がシェアされ、賞賛されるようになってきている。
セルヴォークのコスメカタログには「隠すより生かす」の文字が踊る。
撮影:西山里緒
そんな時代のニーズにヒットしたのが、マッシュビューティーラボが提案するオーガニックのコスメブランド「Cosme Kitchen」や「Make Kitchen(メイクアップキッチン)」だ。
安心・安全な原料や生産工程であること、あるいは、世界的なオーガニック認証機関から認められた製品を取り扱い、コンプレックスを隠すためのメイクではなく、“肌の負担を軽減して、ナチュラルにメイクを楽しんでもらう”ことに重きを置いたアイテム展開なのである。
「幻のリップ」とも呼ばれた「ディグニファイドリップス(09 テラコッタ)」。
撮影:西山里緒
さらに、トータルビューティーブランド「Celvoke」のヒットも増収の要因といえる。セルヴォークが発売している「ディグニファイドリップス(09 テラコッタ)」はその絶妙な色のブラウンカラーが大人気を博し、売れ切れが続出したことから「幻のリップ」と呼ばれるまでになった。
EC・海外展開にも注力
ECの売り上げ比率の増加がアパレルブランド成功のカギだ。
出典:小島ファッションマーケティング
マッシュHDは、プロダクトやブランドだけでなく「売り方」においても、ミレニアルの女性に寄り添った手法を取っている。
マッシュHDが展開するファッションブランドの通販事業を分社化し、ECサイトに特化注力したウサギオンラインは、2019年5月にオウンドメディアを立ち上げ、インスタグラマーを活用しつつ、高い頻度で記事をアップしている。
小島ファッションマーケティングの図によると、ユニクロやアダストリアなど大手アパレル企業の9社すべてが、前期と比べてECサイトの売り上げが増加している。今日の国内アパレル業界では、いかにECサイトの売り上げを伸ばすかがブランド生き残りの鍵だ。
海外展開にも力を入れ、店舗数は190にまでのぼる。
出典:マッシュHD公式サイト
さらに海外展開にも積極的だ。マッシュHDは、海外に現在190店舗を展開している。スナイデルとジェラートピケは2018年にアメリカ進出し、路面店をオープンした。
スナイデルでは、日本でも大人気のミレニアル世代インスタグラマーAlyssa Coscarelli(@alyssainthecity)を起用し、アメリカでのプロモーションにも力を注いでいる。
「自分の個性を光らせる」ブランド
売り上げの低迷に苦しむファッション業界で2ケタ増収を果たしたマッシュHDの躍進からわかることは、時代を先読みしたブランド・商品作りの重要性だ。
営業利益の伸びが鈍いのは、海外市場の低迷が影響しており、コスメやEC比率の拡大など今後が注目される。
マッシュHDの好調から見えてくるのは、今のミレニアル世代に求められているブランドづくりだ。流行りの名のもとに似たようなスタイルになってしまうファッションではなく、「自分の個性を光らせてくれる」ブランドを今の20〜30代は強く求めている。
他ブランドでは買えないアイテムを展開するセルフォードや、ナチュラルでオーガニックコスメを中心に展開するマッシュビューティーラボからヒントをもらうことができるだろう。
(文・seimu、編集・西山里緒)
seimu:1993年生まれ。大学卒業後、アパレル商社とメーカーにて、企画・営業・生産を担当。メディアを通して、ファッションを盛り上げていきたいと思っています。イギリスと海外映画が大好き。グローバルなライターになるために英語を猛勉強中です。