撮影:今村拓馬
誰かから指示された「やらされ仕事」より、「裁量ある仕事」のほうがやる気は出るもの。しかもそれで結果を出せれば成長につながり、なにより楽しい。
では、裁量ある仕事を任されるためには何が必要でしょうか? 答えは「自分で考え、生産性高く成果を出すスキル」。
リクルートグループに29年間勤務し、ライン職から経営職まで経験した中尾隆一郎さんは、このスキルを「自律思考」と呼んでいます。
この連載では、自律思考はどんな要素から成り立ち、どうすればこのスキルを鍛えられるのか、中尾さんに解説していただきます。
「人生100年時代」は働く期間も長い
「人生100年時代」——。
リンダ・グラットンの著書『ワーク・シフト』、それに続く『ライフ・シフト』がきっかけとなり、人生100年時代の生き方が日本でも活発に議論されるようになりました。
100歳まで生きる可能性が高くなれば、当然、働く期間も長くなります。現在、公的年金の受給が始まるのは65歳。将来はさらに繰り下がることも当然あり得るでしょう。仮に70歳受給開始が現実のものになるとして、今の20〜30代であれば、少なくともあと40〜50年は働く計算になります。
さて、ここでみなさんにひとつ質問です。みなさんは、仕事を楽しめていますか?
なぜこんな問いかけをするのかといえば、「つまらない」と思いながら過ごすには、残り半世紀近くもある職業人生はあまりにも長すぎるからです。
仕事がつまらないと思う理由は、職場での人間関係がうまくいかない、給料が低いなど、いくつか考えられます。なかには自分の努力ではどうにもならないこともありますが、仕事に対する「つまらない」は、“あるスキル”を高めることで、かなりの部分が解消できるのでは、と考えています。
そのスキルの正体を明かす前に、こんなエピソードをご紹介します。
「仕事が楽しい」と思えないのはなぜ?
仕事をするうえで、自分なりの「判断軸」を持てているだろうか。
撮影:今村拓馬
以前、私が相談に乗っていたAさんとBさんという、仕事の仕方がまったく異なる2人がいました。Aさんは、一度自分で考えてから上司に相談するタイプ。一方のBさんは、まず何でも上司に相談してから実行するというタイプでした。
Aさんはいったん自分で考えてから相談に行くので、最初のうちは仕事をこなすのに時間がかかりました。一方のBさんは、上司の指示通りテキパキと仕事をこなしていました。これを見るかぎり、AさんよりもBさんのほうが仕事に関しては有能そうです。
しかし、しばらく時間が経つと2人に変化が……。
徐々にコツをつかんだAさんは、考える時間を短縮させ、相談内容もどんどん高度になっていきました。担当する仕事の範囲も広がっていき、やがて重要な仕事を任されるようになりました。
一方のBさんはというと、上から言われたことならこなせるものの、逆に指示がないと動けず、いつまで経っても上司に「次はどうしたらいいですか?」と聞くのです。
最初の違いはごくわずかなものでした。しかし、時間が経つにつれてその差は開くばかり。Aさんが自分で考え、生産性高く成果を出し、結果的に仕事に対してやりがいを感じているのに対して、Bさんは時に理不尽ともいえるような指示を出され、やらされ感いっぱい。やがて会社に行くことすらつらくなってしまいました。
「やらされ仕事」から脱するためには、何が必要なんだろう。
撮影:今村拓馬
AさんとBさんの差は、「自分で考え、生産性高く成果を出せているか」にあります。
先ほど、「仕事に対する『つまらない』は、“あるスキル”を高めることで、かなりの部分が解消できる」と書きました。もうおわかりでしょう。そのスキルとは、「自分で考え、生産性高く成果を出す力」、私が「自律思考」と呼んでいるスキルのことです。
「スキル」と呼ぶからには、その気になれば習得可能な技術です。そう言えるのは、実は私が、仕事に対する意欲を失っていたBさんに「自律思考」を鍛えるサポートをしたところ、本人も驚くような効果が出たからです。
Bさんは、「自律思考」を活用しながら、仕事で少しずつ成功体験を積み、同時に仕事に対しても前向きな気持ちが湧いて、今では楽しみながら仕事で成果を出しています。
傍から見ればキツい仕事を、楽しいと思えた訳
ここで少し、私が「自律思考」を意識するようになった経緯についてお話しさせてください。
私は2017年に独立するまで、リクルートグループで29年間働いてきました。
入社して最初に就いた仕事は、通信回線の保守メンテナンスの技術職。その後は営業職に異動になり、7年ほど採用広告の営業を行いました。
どちらも一見、楽しい仕事には思えないかもしれません。保守メンテナンスの仕事は、大半がクレーム対応です。営業職は目標やノルマがあり、数字を追いかける仕事です。理系だった私は、まさか自分が営業目標を追いかけることになるなど、想像もしていませんでした。
しかし、大変そうに見えるこれらの仕事が、私にとっては非常に楽しかった。なぜだかわかりますか?
仲間に恵まれ、お客様から評価をいただいたことが励みになったのは言うまでもありません。しかし、そうした環境的な要因だけでなく、限定的ではあっても自分に裁量が任されていたからです。営業職ならば営業目標を達成するという「やること」は決められていましたが、その目標を達成するための「やり方」には裁量がありました。
指示通りやっても、結果が出ないと怒られる
「上司の指示に100%従う」ことが重要なのではない。
撮影:今村拓馬
裁量の有無が仕事の楽しさを大きく左右することに気づいたのは、その後異動になった先で、今度は反対のことを経験したためです。
そこでは「やること」が決められているばかりか、上司が「やり方」を1〜10までを細かく指示してくる職場でした。しかも、言われたとおりにやらないと怒られるケースすらありました。しかし、上司の指示通りやったとしても、「結果」が出なければ、それはそれで怒られる……みなさんも同じような経験があるかもしれません。
そこで私は考えました。上司の立場で考えたとき、次のAとBでは果たしてどちらのほうが嬉しいか?
A 上司が指示した「やり方」で、「結果」が出なかった場合
B 上司が指示した「やり方」から少しはみ出しているが、「結果」が出た場合
答えは間違いなく「B」でしょう(自分の上司がAと答える人なら、かなり悲劇です。仕事には結果責任が伴うという基本的なことすらわかっていない可能性が高いからです)。
環境変化が小さかったかつての時代は、上司に指示された「やり方」を1~10まで守っていれば、高確率で良い結果を出すことができました。上司がうまくいく方法をすでに知っていたからです。
しかし、環境変化の大きい今の時代は、そうはいきません。上司から指示を受けた「やり方」を意識しながらも、現場の実態をよりよくわかっているメンバーが臨機応変に「やり方」を変えていかないと、良い結果が得られないことが増えてきているのです。
「自律思考」はハックするのか?
この構造に気づいた私は、「自分で考え、生産性高く成果を出すスキル=自律思考」を意識しながら、少しずつ自分で決められる裁量の範囲を広げていきました。自分のやりたいこと、やれることを意識しながら、自分で行動するようにしたのです。
技術や営業といったライン職から始まった私のキャリアは、経営企画、事業統括、管理会計、調査・研究、事業開発、マーケティングといったスタッフ職、そして子会社の社長や役員といった経営職まで経験しました。
自分の頭で考えたことが成果につながれば嬉しいし、やる気も湧く。それだけでなく、成果を出したことに対して周囲が認めてくれるので、さらに大きな仕事も任せてもらえるようになる。こうして裁量の範囲を広げていった結果、気がつけば29年もの間、仕事を「楽しい」と思いながら続けることができたのです。
裁量が広がるほど、仕事に楽しさを見出せるようになる。
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2019年に私は独立しました。目的は、この「自律思考」がリクルート以外でも役立つのかを確認したかったからです。
幸いなことに、上場企業から成長企業まで、さまざまな企業で、そのノウハウを提供する機会をいただきました。そして、どうやらこの「自律思考」には、再現性があることがわかってきました。
現在はその方法論を体系化し、大手総合商社の新入社員からIT、人材、教育、旅行、流通などの次期経営者候補にまで、幅広い層に提供しています。
この連載では、私が約30年かけて習得し、体系化した「自律思考」のエッセンスをご紹介していきます。読者のみなさんが、ご自身の“操縦スキル”を磨いてより生産性高く成果を出し、結果的に仕事に楽しさを見出していただくこと。これが本連載の最大の目的です。
自分という船を操縦するのは、船長であるあなた自身です。どこまで遠くへ行きたいか、そしていけるかは、その船の能力や自分の操縦技術=「やれること」次第。操縦の腕があれば“7つの海”をまたいでどこへでも行くことができます。
それでは次回以降、みなさんが「自律思考」を鍛えるためのノウハウを順に提供していきます。お付き合いください。
※本連載の第2回は、12月26日(木)を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)