都会では当たり前の街並みも、地方からすると、テレビでしか見たことのない異世界だ。
撮影:今村拓馬
英語の民間試験導入問題で露呈した地方と都市部の教育環境格差。インターネットの発展によってどこにいても等しく情報にアクセスできるようになったとはいえ、物理的に距離が離れていることは大きな格差の原因になりうる。
「大島の名産としてパッションフルーツを栽培する取り組みをしています。いずれ起業をして全国の離島にも事業を広めたい。明治大学の農学部で、同じような志を持った仲間と活動してみたいと思っています」
こう語るのは、東京都伊豆大島にある東京都立大島海洋国際高等学校に通う黒澤礼央さん(18)。明治大学の地域農業振興特別入学枠(AO入試の一種)で、農学部への合格が決まった。
黒澤さんが通う東京都立大島海洋国際高等学校は、学生の大半が本土からやってきており、入学後は寄宿舎で共同生活を送る。黒澤さん自身も、都内にある中高一貫の進学校から高校進学時に大島へやって来た。授業では乗船実習などの海に関係した特殊なカリキュラムが多かったものの、大島で生活する中で次第に農学部への進学を志すようになったという。
「伊豆大島で生活して、この島をとても好きになりました。ただ、漁業などについて学ぶ中で、伊豆大島の産業の衰退を実感しました。このままじゃ嫌だな、なんとかしたいなと考えるうちに、余っている農地を使った一次産業で島を活性化させ、観光客を呼ぶ方法があるんじゃないかと思ったんです」(黒澤さん)
そう農学部への志望理由を語るが、受験までの道のりは平坦ではなかった。
伊豆大島は東京から約120キロメートル。東京都にあるフェリーターミナルまで、ジェット船で2時間弱、一般客船では6時間かかる。立地の違いが、受験において大きな障壁となった。
都心での受験対策を断念
伊豆大島は、東京から約120キロメートル、伊豆半島から約25キロメートル離れた位置にある火山島。東京からはフェリー、または都内にある調布飛行場から飛行機(プロペラ機)でも行くことができる。
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寮生活では1日のスケジュールがある程度決まっており、自主的に勉強できる時間は限られる。加えて、大島には都内有名私大の受験対策ができるような塾や予備校はない。
高校には黒澤さんのように都内有名私立大学の受験に挑む学生は少なく、一般受験用の対策は都心の進学校と比べて、とても十分とは言い辛い。
黒澤さんは、AO入試対策のために週末に船で都心にある塾に通うことまで考えたという。しかし、伊豆大島がいくら本土に近いといっても、日帰りで都心の塾に通うのは時間的にも経済的にも厳しかった。
困り果てた黒澤さん。そんな中見つけたのが、「オンライン家庭教師」だった。
成績は本当の学力を反映していない
AO入試の試験結果が出る前に、黒澤さんにインタビューをした。オンライン家庭教師サービスでの小論文対策について「教えてもらう前後で、明らかに良くなった」と話した。
撮影:三ツ村崇志
オンライン家庭教師サービス「メガスタディオンライン」を運営するバンザンの横山弘毅氏は、学力差について次のように話す。
「現時点の成績に学生の本当の能力が全て反映されているわけではないと思っています。受験レベルで苦手と思っていることでも、自分に適した先生や実績と経験のある先生に教われば、ある程度解決できることは多いのではないでしょうか。それは結果として、学生の選択肢を広げることにもつながるはずです」
メガスタディは国語、数学、理科、社会、英語、小論文といった受験で必要な科目全てに対応したオンライン家庭教師サービスだ。中には首都圏の予備校などで活躍している第一線級の教師もいる。事前に録画した授業動画を流すのではなく、講師とリアルタイムで、しかもマンツーマンで授業を受けられる。
有名大学への進路指導経験が豊富なプロ講師によるレベルの高い授業が、地方の自宅で受講できる利便性は、受験対策の選択肢が少ない地方学生にとって大きな助けとなる。
東京の大学に入るイメージがない
地方と都心の格差は「距離」だけに止まらない。生まれ育った場所によって、描く将来イメージにも大きなギャップがある。
「慶應に入って友人らと話してみると、MARCH(※)より上の大学に入るのは当たり前という感じがしました。それぞれの学校の先輩が入学しているから、自分達も入学できると自然と想像しているのかなと思います」
(※MARCH:明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学をまとめた通称)
北海道幕別町出身の田中文也さん(19)は、隣の帯広市の高校に通い、2019年4月に慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)環境情報学部へ入学した。進学後、育った地元とのスタート地点からのギャップを感じたという。
JR帯広駅前。帯広市の人口は約17万人(2019年1月)。札幌市から約200キロ。車で2〜3時間かかる。
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北海道では、代々木ゼミナールや駿台予備学校、河合塾といった大手の予備校は札幌市に集中している。田中さんの住む地域から休日だけ予備校に通おうにも、車で片道2〜3時間。電車でも、交通費や移動時間などの負担は重い。
「基本的に進路指導では北海道内の大学を勧められることが多いです。一部、できる人は都内の大学を受験していましたが、数は多くありません」(田中さん)
一方、都心部は高校の数も多く、公立・私立合わせて細かくレベル分けがなされている。同じ高校に通う学生の間で、地方ほど学力差は生じにくい。当然、同級生は受験時のライバルとなる。目の前にライバルがいる緊張感は、厳しい受験を最後まで走りきるための原動力となる。
北海道の地方高校で社会科を教えているある教師(30)は、北海道の現状を次のように話す。
「高校入試の倍率は1倍を切ることもあります。結果、北海道大学や都内の有名私立大学を狙える学生と高校卒業と共に地元で就職を目指す学生が同じ環境で勉強することになります。学生の進路に幅ができると、『みんなで同じ目標を目指して頑張ろう』という雰囲気を出しにくくなります。受験期に学生の間で空気感に差が出てきてしまうのです」
進学を志す学生にとって、この環境は決してプラスとは言えない。
「中学・高校進学時に熾烈な受験を経験してきた都内の学生とはちがい、地方の学生は大学受験で初めて本格的な受験戦争に参戦します。必死で勉強するということがどういうことなのか、周囲を見ていてもあまりピンと来ないのではないでしょうか。こういった環境面の整備は、教師の力だけではどうしようもありません」(同教師)
有名な予備校でも、全国47都道府県全てに展開できているわけではない。予備校があっても、有名講師は都心にしかいないといったギャップもある。
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塾や予備校があるだけでは解決できない
塾や予備校があれば良いというわけではないという指摘もある。たとえ地方に大手の予備校などが進出していたとしても、そこで取りうる選択肢は、地方と都心とでまるで違う。
茨城県日立市出身、同市内の私立高校に通い、現在は中央大学文学部に通う山岸虹輝(にき)さん(19)は、地方と都心の差を次のように語る。
「学校には良い先生も多かったのですが、都心の高校では普段受けている授業のレベルも高そう。差を埋めたいから塾に行きたかったけど、地方と都心では塾自体のレベルもちがう。友人の中には放課後水戸市の予備校に通っていた人もいましたが、夜になると電車も少なくなってしまうので、通学自体大変そうでした」
都内の進学校に通っていた編集部のインターンは、「高校生同士で分かりやすい授業をする予備校の先生の情報を共有していました。実家が裕福な子の中には、教科によって予備校を変えている人も」と受験時を振り返る。
都心への進学を阻む親の壁
明治大学に通う岡本さん。両親に進路を相談した際には、関東の私立大学への進学について特に反対されなかったという。高校の同級生らは、香川大学や岡山大学、広島大学、あるいは 関関同立とよばれる関西の有名私立大学を受験する人が多かったという。
撮影:三ツ村崇志
地方では親の価値観も、進学や受験勉強を阻む壁になりうるのも一つの特徴だ。
香川県の離島出身で、現在は明治大学に通っている岡本恭奈さん(19)は、高松市内の高校に入学した頃から「関東の私大に進学したい」と考えていた。
地方では高校の進学指導でも近隣の大学、特に国公立大学への進学を勧めがちだ。実際、岡本さんも高校2年生までは、苦手分野を克服して関西の国公立大学を目指してはどうかと勧められたという。
岡本さんの場合は、父親が関東の有名私立大学出身だったこともあってか、両親が関東の私立大学への進学に反対することはなかった。ただ、家庭によってはそうもいかない。
「地方の家庭では親が大卒ではない生徒も多い。大学進学には費用がかかりますが、それはいわば『投資』です。親がそれをイメージできていないケースが度々みられます」(前出の北海道の教師)
地方と都心の間には大きな地域間格差がある。それぞれの地域に住む学生が抱える悩みもまるで違う。
撮影:今村拓馬
文部科学省は、2020年度に実施する予定だった大学入学者選抜試験における民間英語試験の活用を見送る方針を決めた。萩生田光一文部科学大臣は先送りの理由を「経済的な状況や居住している地域にかかわらず、等しく安心して受けられるようにするためには、更なる時間が必要だと判断するに至った」と説明。
少なくとも受験という競争のスタートラインを揃える責任は大人達にある。
(文・三ツ村崇志)