マイクロソフトといえば、世界に名だたる大企業だ。そのため、大企業や官公庁といった安定した顧客との取引を中心にビジネスを展開しているイメージがあるかも知れない。だが、実は同社のビジネスはそれだけにとどまらない。
「Microsoft for Startups」は同社がグローバルに展開するスタートアップ支援プログラムで、スタートアップを技術面やビジネス面から支援することをミッションとしている。マイクロソフト全体の戦略の中で、このプログラムはどういう位置付けなのか。また、Microsoft for Startupsチームのメンバーはどのようなバックグラウンドを持ち、何を考えながらこのプログラムを進めているのか。日本マイクロソフトのMicrosoft for Startupsチームのメンバーに聞いた。
「スタートアップの応援者でありたい」
日本マイクロソフト コーポレート営業統括本部 クラウド事業開発本部 ビジネスデベロップメントマネージャーの戸谷仁美さん。新卒で日本マイクロソフトに入社した後に一旦、外資系証券会社に転職。その後、日本マイクロソフトに再入社した。
日本マイクロソフトのMicrosoft for Startupsチームは、在籍メンバー5名という少数精鋭だ。メンバーはいずれも自ら志願してチームに加わった人ばかり。デジタルネイティブであるミレニアル世代が中心となっている。
プログラムオーナーの役割を担う戸谷仁美さんは、新卒で日本マイクロソフトに入社し、金融機関向けの営業を約3年半に渡って担当。その後、外資系証券会社に転職して約2年間働き、再び日本マイクロソフトに入社した。再入社後は証券業界向けの営業を約1年半続け、2019年3月にMicrosoft for Startupsチームへ自ら希望して異動した。
「すでに成熟しているマーケットに対し、まったく異なる着眼点でその考え方、在り方を覆そうとする人、誰も想像できなかったサービスやビジネス、社会を作り出そうとする人がいます。起業家たちのパッションには、衝き動かさせられるものがあり、彼らの応援者でありたいと思うようになりました」(戸谷さん)
「スタートアップに寄り添って、成長をお手伝いしたい」
日本マイクロソフト コーポレート営業統括本部 クラウド事業開発本部 ビジネスデベロップメントマネージャーの桜木力丸さん。学生時代から音楽制作や映像制作のクリエイティブ活動に没頭。現在も二足のわらじを履く。
一方、桜木力丸さんは2019年4月に新卒で日本マイクロソフトに入社し、そのままMicrosoft for Startupsチームに配属されたメンバー。学生時代から楽曲制作や映像制作などの作家活動に没頭し、そのままそれを仕事にしようかと考えていた彼がマイクロソフトへの就職を決めたきっかけは、Microsoft for Startupsの前身プログラムである「Microsoft BizSpark」のチームで約2カ月間働いた学生インターンの経験だった。
「物作りは私にとっては至って自然な営みなので、就職のタイミングでも止める、止めないという発想はありませんでした。そもそも就職するのかを考えるタイミングで、このチームで2カ月インターンとして働く機会があり、その中で就職するならここがいいと思うようになっていました」(桜木さん)
インターンの仕事で出会った多くのスタートアップの経営者の生き方は、物作りを続けてきた桜木さんにとって共鳴する部分が多かった。
「未知なる領域に賭け、時に戦慄しながら社会や文明を超克する起業家の姿勢は、物作りに向き合う感覚に近いと思うようになりました」(桜木さん)
刺激的な経験に背中を押され、入社を決めた。
イノベーションのカギを握るのはスタートアップ
日本マイクロソフト マーケティング&オペレーションズ部門 Azureビジネス本部 クラウドネイティブ&デベロッパーマーケティング部プロダクトマーケティングマネージャーの金本泰裕さん。大手日系企業で数多くの新規事業を手掛けた経験から、イノベーション推進のカギとなるスタートアップ領域に取り組むように。
戸谷さんと桜木さんに共通しているのは「テクノロジーによるイノベーションで社会を変えていきたい」という情熱。それは、Microsoft for Startupsチームをマーケティング面などで後方支援する金本泰裕さんも同じだ。
「日本ではデジタルトランスフォーメーションの進展が遅れているという指摘がよくされますが、これは業界を代表する大手企業の多くがソフトウェアエンジニアを自社内に抱えておらず、開発を内製していないことに起因していると考えています。それに対してスタートアップは多くの場合、自社でソフトウェアエンジニアを抱え、高速でPDCAを回しながらブラッシュアップを行うことができる。そのため、ユニークかつ優れたプロダクトやサービスを作り上げることができます。昨今では、大手企業がオープンイノベーションを推進し、スタートアップとの協業が進んでいますが、日本国内の各産業をアップデートしていくためには、イノベーションドライバーたるスタートアップの存在が必要不可欠だと考えています」(金本さん)
Microsoft for Startupsに参加できるのは、創業5年以内といういわば“生まれたて”の企業だ。当然、ビジネスの規模はまだ小さく、大企業や官公庁といった安定した顧客とは比べるべくもない。マイクロソフト全体のビジネス戦略の中で、このプログラムはどのような位置付けになっているのだろうか。
「Microsoft for Startupsは、スタートアップに対する投資の意味合いが強く、短期的な利益は求めていません。スタートアップは数年のうちにロケットが飛び立つように成長していく存在ではありますが、起業間もない段階ではさまざまな面で十分なリソースがない。そこをマイクロソフトが支援し、事業をしっかりと成長させてもらう。そうすれば、われわれにとって良いお客様にもなって頂けて、中長期的に見れば十分リターンが期待できるという考えです」(金本さん)
Microsoft for Startupsのウェブサイト。
従来のマイクロソフトのビジネスではソフトウェアライセンス数、すなわち従業員数の多さが重用視されていた。だが「Microsoft Azure」のようなクラウドサービスの提供にビジネスモデルが大きく変化したことにより、従業員数の多寡ではなくサービスの基盤にクラウドを活用してもらうことの重要性が高まっている。つまりクラウドネイティブであるスタートアップは重要顧客なのだ。
金本さんによると、こういった長期的な目線での取り組みは、近年の同社の企業文化の変化が影響しているそうだ。2014年にサティア・ナデラ氏がCEOに就任したことで、WindowsやOfficeといった仕事のツールを売るビジネスから、クラウドを中心としたビジネスに移行。他社とも積極的に連携し、新しい技術への投資と長期視点での収益化をよりいっそう重視するようになっているのだという。
法人企業とスタートアップの架け橋に
「今後はMicrosoft for Startupsを通じた事業支援にも力を入れていきたい」と語る戸谷さん。
Microsoft for Startupsでは、スタートアップ企業に対して、クラウドサービス「Microsoft Azure」のほか、「Office 365」や「Visual Studio」といったマイクロソフト製品の無償提供、クラウド基盤や開発ツールの活用法などに関する技術支援など、幅広いサポートが行なわれる。プロダクト開発から社内コミュニケーションまでがパッケージ化されているわけで、資金や人材に余裕がないスタートアップ企業にとっては心強い内容だ。
戸谷さんは「今後はMicrosoft for Startupsを通じた事業支援にも力を入れていきたい」と語る。
「幸いなことにマイクロソフトには多くの法人のお客さまがいらっしゃいます。その中には、新しいアイデアやソリューションを探し求められているケースも多々あり、その解となり得るのがスタートアップだと信じています。その間を取り持つ架け橋の役割を今後チームで担っていきたいですね」(戸谷さん)
スタートアップは自社の製品・サービスを大企業に提案することで、成長を加速させられる。マイクロソフトは取引先が抱える課題に対し、革新的なスタートアップのソリューションをタイムリーに提供でき、大企業はイノベーティブなスタートアップと組むことで、自社の課題をスピーディーに解決できる。スタートアップ、マイクロソフト、その取引先である大企業という3者それぞれにメリットが生まれるわけだ。
大手金融機関では、Microsoft for Startupsに採択されたスタートアップの製品・サービスが導入された実績も出てきている。また、マイクロソフトの業界スペシャリストと共に大手企業へのアプローチ・マッチングも開始している。
日本から海外に羽ばたくスタートアップが出てきて欲しい
「今後は米国本社や他国のチームとも橋渡しをしていきたいと考えています」と桜木さんは言う。
Microsoft for Startupsチームは、今後の活動で海外も見据えたいと言う。
「私が担当しているディープテックの分野は、とてもユニークな技術を持っているスタートアップが多く、海外進出が非常に有望だと感じています。Microsoft for Startupsはグローバルに展開しているプログラムなので、今後は米国本社や他国のチームとも橋渡しをしていきたいと考えています」(桜木さん)
戸谷さんも続ける。
「日本スタートアップをもっと知ってもらいたいので、海外メンバーにも積極的に発信するよう心掛けています。そうした取り組みの積み重ねで、サポーターを増やしていきたいですね。グローバルプログラムならではの利点を使い倒し、日本を基軸とした海外進出に向けて少しでも役に立てればと思っています」(戸谷さん)