米投資ファンド、ブラックストーン・グループが日本の賃貸マンション約220棟を約3000億円で一括購入することがわかった。日本経済新聞が1月28日に報じた。
中国の安邦保険集団が2019年8月から進めていた保有物件の処分に応じた形。そもそも同物件を安邦保険に(2017年に)売り渡したのはブラックストーンで、日本の超低金利を背景に利回り差から収益を得られると踏んで買い戻した模様だ。
ロイターなど複数の海外メディアによると、安邦保険は創業者が詐欺などで有罪判決を受け、2018年2月から中国政府の管理下に入り、アメリカの高級ホテルなど保有資産の整理と処分を進めていた。
さて、約3000億円を投じて日本の不動産を買ったブラックストーンとはどんな会社か。どんな経営陣と従業員たちが支えているのか。その一端が垣間見えるエピソードを以下に紹介しよう。
ニューヨーク証券取引所のモニタに表示されたブラックストーン・グループのロゴ。
REUTERS/Brendan McDermid
ニューヨーク本社43階の大きな部屋に、ブラックストーン・グループの最高幹部たちが集まった。
中央に小さなステージが置かれたその部屋で、彼らは世界中のオフィスから集められた若手社員たちが巧みにプレゼンする様子を眺めていた。
プレゼンは(本業の)投資先ではなく、慈善事業の寄付先を決めるためのものだ。
前方2列目までの席には約20名の審査員が座り、個人資産家向けソリューション部門、戦略的投資部門、インフラ部門の各トップが顔を揃えた。
戦略パートナー部門のトップ、ヴァーン・ペリーは、さまざまな慈善事業の年間予算や社員数といった統計データが載った、「部外秘」と記されたプレゼン資料を眼鏡越しに見ていた。
受刑者の社会復帰支援を熱く語る社員
不動産部門プリンシパルのダニエル・ゴールドバーグは、刑務所から釈放された若者にメンター制度やインターン制度をはじめとするサポートシステムを提供する、マンハッタン北部ハーレムの組織Getting Out & Staying Out(GOSO)への寄付を、審査員たちに強く訴えた。
「刑務所制度の抱える大きな問題の一つは、収監することばかりに焦点が置かれ、社会復帰のための訓練が見過ごされていることです」
彼は続いて、「今日アメリカでは、刑務所に行く若者たちの約7割が、再び刑務所に戻ってくる傾向にあります」と述べ、審査員たちに目の前の資料に目を向けるよう促した。
「納税者にとって途方もないコストとなっています。(ニューヨーク市に属する)ライカーズ島の刑務所に1人を収監するのに、年間30万ドル以上かかるのです」
Getting Out & Staying Outという慈善事業に寄付するようプレゼンしたブラックストーンの上役ダニエル・ゴールドバーグ。
Blackstone
審査員からは、寄付先候補の資金ニーズなどについて詳細な質問が出た。プライベート・エクイティ部門の最高執行責任者(COO)ヴィック・ソーニーはこうたずねた。
「この組織の財源についてもう少し詳しく聞かせてほしい。政府や財団、あるいは個人の寄付からどれくらいの資金が来ていて、今後ほかの刑務所に同じモデルを適用するとか、事業拡張・拡大の余地はどのくらいあるのか」
ゴールドバーグは即座に、GOSOの年間予算の2分の1は政府が提供しており、3分の1はタイガーやピンカートンのような大きな財団から、残りは個人の寄付から成ることを説明。さらに、拡張性・拡大性については次のように答えた。
「GOSOは(社会復帰の)成功率を数字で明確に把握できるビジネスモデルを生み出しました。(出所者受け入れ先の)企業と協力してインタビューやワークショップを行う、このタイプのインターンシップあるいはプログラムは、効果測定もしっかりしているし、スケールアップがしやすいと考えています」
GOSOはすでに地元企業100社と提携し、12週間の有給インターンシップを提供している。ゴールドバーグのプレゼンの狙いは、会社にこの有給インターンシップ25人分の資金を提供してもらうことだった。
ゴールドバーグと審査員とのやり取りはさらに5分続き、彼が席に戻ると次の社員が登壇した。部屋には50名ほどの社員が集まり、プレゼン中の社員に同僚たちがときどき声援を送った。
ビリオネアとして知られる創業者もサプライズ登場
当日は経営幹部たちの前で、GOSOを含めて10件のプレゼンテーションが行われた。
低所得者コミュニティや障害のある人たち向けの農場運営、金融リテラシー向上のための教育、LGBTの若者たちを支援するシステム開発など、さまざまな慈善事業を手がける組織・団体が紹介された。
シニア・アソシエイトのステファニー・マックゴーワンは、ブロンクスを拠点とする慈善団体POTSを推すプレゼンを行った。それによると、同団体は貧困問題に取り組む上で3本柱の戦略を掲げているという。
「まずは食料サービス。年間100万食を、9000人の子どもを含む3万人に提供しています。次にデイサービス。着替え、散髪、シャワー、安全な郵送先など、誰もが毎日あって当然と思っているような日常サービスの提供です。最後に、住宅や教育、雇用の増大にも力を入れています」
慈善団体への寄付先を決める社内コンペで挨拶するブラックストーンの創業者で会長兼最高責任者(CEO)、スティーブン・シュワルツマン氏。
Blackstone
そうしたプレゼンが続くなか、ビリオネアとしても知られるブラックストーンの創業者、スティーブン・シュワルツマンが突然部屋に入ってきて、社員たちに挨拶した。
シュワルツマンは拍手喝采を受けつつ登壇し、プレゼン中だった社員からマイクを受け取って言った。
「皆におめでとうと言いたくてちょっと寄ったんだ。これは本当に素晴らしい取り組みだ。(日常業務もあるなかで)時間を割いて、短い時間でここまでクオリティの高いプレゼンを実現したのだから。これこそ我が社の真骨頂だと思う。そして、この2人のプレゼンは間違いなく報われるだろう」
シュワルツマンが戻したマイクを受け取ったのは、インド・ムンバイに勤務するアソシエイト、ヴィナイ・サブラマニアンとサーサック・ダガ。子どもや若者たちを貧困から救う国際慈善団体Magic Busの紹介をしている最中だった。
Magic Busはその日の夕方、ブラックストーンから10万ドル(約1100万円)の寄付を受ける価値があると判断された5つの慈善団体のリストに加えられていた。シュワルツマンの言うとおりになったわけだ。先にプレゼンしたゴールドバーグとマックゴーワンも寄付の獲得に成功した。ほかにも2団体が選ばれた。
競争にストレスを感じない社員が多い
社内コンペに参加した社員たちに惜しみない拍手を送るブラックストーンの最高幹部たち。
Blackstone
そもそもこのコンペは、9月に提案されたものだった。グループのブラックストーン慈善基金(Blackstone Charitable Foundation)が、資金提供先を決めるために世界中の拠点に呼びかけ、社員それぞれの知る慈善団体についてプレゼンしてもらえるよう募集をかけたのだ。
基金は50万ドル(約5500万円)を提供する用意があり、プレゼンを経て5つの慈善団体を選ぶ計画を明らかにしていた。
結果として、わずか数週間に世界中の250名以上の社員から応募書類が届いた。慈善基金の幹部たちはその中から、最終選考に残す10の慈善団体を選び抜いた。ここまで登場した社員たちは、そうした激戦を経て本社43階でのプレゼンにたどり着いた者ばかりだったわけだ。
寄付金を勝ちとった社員たちはもちろん大満足で会場を後にしたが、実は、最終選考まで残りながら10万ドルを誘致できなかった社員たちも、決して時間と労力を無駄にしたわけではなかった。というのも、彼らはいずれも“努力賞”として2万5000ドル(約270万円)の小切手を受け取ったからだ。
最終選考会場にいた同社のジョン・グレイ社長は、Business Insiderにこう語った。
「プレゼンに参加したすべての社員たちが幸福を感じただろうし、会社に報いる責務を感じくれたと思います。心理学用語で言うところの『タイプA』、つまり競争にストレスを感じず、よく遊び、よく働くエネルギッシュな社員がウチにはたくさんいるから、競争させるのが一番なんです」
(※本記事は2019年12月12日に公開したものをアップデートして再掲載しています)
(翻訳:Miwako Ozawa、編集:川村力)