11月18日に正式発表されたヤフーとLINEの経営統合。会見では、両社社長が握手を交わした。
撮影:小林優多郎
11月18日に正式発表となったヤフーとLINEの経営統合。2020年10月頃の統合を目指し、両社は動きを始めており、注目を集めている。
インターネット企業大手と国内メッセンジャー大手の組み合わせは、どんな影響を日本のインターネット業界に及ぼすのか。ヤフーの執行役員兼CMOを務めた経歴を持ち、現在LinkedInの日本代表を務める村上臣氏に話を聞いた。
2社の経営統合は「正直、胸熱な展開」
ヤフーでもモバイル分野を中心に活躍し、現在はLinkedInの日本代表を務める村上臣氏(写真は2017年12月撮影)。
撮影:今村拓馬
Business Insider Japan編集部(以下、BIJ):村上さんはヤフーの川邊社長とは大学在学中に起業した電脳隊時代からの盟友とも言える仲。LINE経営幹部もよくご存知だと思います。今回の2社の経営統合について、最初に感じたことは。
村上臣氏(以下、村上):20年以上、日本のインターネット業界を、スタートアップから大企業までの目線で見てきて、正直、“胸熱な展開”ではあります。それぞれ紆余曲折あり、結果一緒のチームになるというのはおもしろい。
ポジティブな意味では、見知った中で連合を組む。まだまだ2社で一緒になってでも、やりたいことがある、ワクワクするという気持ちは伝わった。
一方で、会見では「まず国内」と何度か発言していた。LINEはタイ、台湾でシェアを持っているが、ほかはなかなか厳しい状況だ。インドネシアでは最初の時期はよかったが、現在は他社に押されている。アジアの競合は中国勢も、カカオ(韓国のメッセンジャーアプリ)もいる。
やはり2社を統合して、国内をまずはやる。それは非常に明確。陣取り合戦(シェア争い)の中で、強者連合を組んで一気に広げていくということ。当然、業界再編のきっかけにもなるだろう。
NAVERがLINEを手放す背景には、韓国での“苦戦”がある
韓国のメッセンジャー大手「カカオトーク」。
撮影:小林優多郎
BIJ:世界にどう打って出るのか。海外で攻める戦略があるのか、ないのか。どう見ますか?
村上:そこはグループ会社も含めたシナジーで取り組んでいくと話していたと思う。
そういう意味では、「親会社を説得しきれた」のは注目すべき点。ソフトバンク側はヤフーのメリットが多いのでわかりやすい。その点、NAVER側の理由は「カカオ」だったのではないか。
NAVERは、(誤解を恐れずに言えば)韓国のヤフージャパンのようなもの。PCのポータルや検索が強い。モバイルも強いが、メッセンジャーはカカオにとられている。
カカオという企業は、カカオブランドですべてを網羅している。例えば、タクシー事業については最初、タクシー業界から猛反発を受けていたが、Daumと合併後にカカオタクシーを立ち上げ、今は業界ときっちり握って大成功している。あのモデルは日本にそのまま持ってこれるものだ。
NAVERはそんなプラットフォーマーの熾烈な戦いを自国内で見てきた。そして、「メッセンジャーの会社とインターネットの会社が一緒になるとどうなるか」がわかっている。
NAVERにとって幸運だったのは、(カカオと経営統合した韓国のインターネット企業)Daumが業界2位の企業だったこと。もし1位同士の企業がくっついたら、どう最強になるか。(LINEから提案された時点で)NAVERは一瞬で理解したと思う。
企業価値を高めるにはこれ以上ないディール。統合後の会社のジョイントベンチャーの50%の株を持てるメリットに、魅力を感じるのも不思議ではないと思う。
キャッシュレスの「消耗戦」が経営統合を後押しか
QRコード・2次元コードでの支払いが可能なスマートフォン決済「PayPay」。
撮影:小林優多郎
BIJ:今回の経営統合には、ヤフー側のメリットが多いように感じます。LINE側を後押ししたのは、何だったのでしょうか。
村上:LINE側からすると、やはりLINE Payがきっかけになったのでは。キャッシュレスは大ブームにもなり、PayPayもすごい勢いになり、消耗戦になっている。基本的には「札束があるほうが勝つ」勝負だ。
マネタイズという面では、LINEは(ヤフーに比べて)弱いところがあり、NAVERも本業が韓国にあるため、無尽蔵に子会社に“ミルク補給”(子会社への資金投入)することもできない。
メッセンジャーアプリの強みを活かす「LINE Pay」。
撮影:小林優多郎
LINEには「Payもとりたい」という強い気持ちがある。そこが1番、両社の志が一致できた場所ではないか。
ふたを開けるとPayは、キャッシュレスブームを契機としてとれるシェアが大きい。とくにLINEは「LINE@(現・LINE公式アカウント)」で小さな店舗との連携性が高く、PayPayも加盟店開拓をがんばっている。
日本にも本格的にOMO(Online Merges with Offline、オンラインとオフラインの統合)の時代が来ている。日本の販促予算は15兆円ぐらい、小売り業全体(の販売額)は140兆円あると言われている。そこにネット勢がいま介在できているのはほんの数兆円。とれる市場はまだある。
LINEにしてみると、自分たちの作ったサービスには自信がある。強いところといっしょになるとできることも増える。そうなると両社の株主価値が最大化すると考えるのは、極めて自然かと思う。
孫会長の関与1回きりは十分「あり得る話」
経営統合会見に登壇した川邊健太郎氏。
撮影:小林優多郎
BIJ:会見で川邊氏(ヤフー社長)が「LINEとは年1回程度食事会を開いていた」と発言していました。村上さんがヤフーにいた頃(2000年〜2017年)にも、食事会の存在は知っていましたか。
村上:ありました。同席したことはないが、川邊さんは定期的にいろいろな人と会食していた思う。自分は舛田さん(LINE取締役 CSMOの舛田淳氏)とのつながりがあって、たまに会っていた。
BIJ:経営統合の「言い出しっぺ」について。村上さんは、誰が言い出したことだと思いますか? 川邊氏は「孫さんは1回しか関わっていない」と話しています。
ソフトバンクグループ社長の孫正義氏(2019年8月撮影)。
撮影:小林優多郎
村上:その通りの経緯だろうと思った。
僕が手がけたワイモバイルのディールも、僕個人が仕掛けたものだった。
ワイモバイルのスタートは、エリック・ガン(現ソフトバンクの専務執行役員。ワイモバイルの前身となるイー・モバイルの社長を務める)が、ソフトバンク内部でイー・モバイルとウィルコムの統合をする戦略の指揮をとっていた。彼が戦略を立てていたとき、イー・モバイルにはサービスもブランドもない状況だった。
そのときちょうど、僕はヤフーでモバイル担当をしていて、通信事業と店舗の接点が欲しかった。
そして、エリックと「うちら組めばよくない?」という話になった。最初は冗談半分だったが、一晩、プレゼン資料をつくりながら考えたら、「いける」と思った。
それを宮坂さん(前ヤフー社長の宮坂学氏)に見せ、宮内さん(現ソフトバンク社長の宮内謙氏)にも相談した。その後、当時社長をしていた孫さんに持っていって「やるべき」と言われた。
今回のことも2019年の春先に会食があったと発言している。双方冷静に考えたら「これはいける」と感じて、どうやって親会社に説明するか、から始めたのではないか。
(孫正義氏の意向という人もいるが)孫さんの目線は国内事業ではない。基本的に国内は宮内さんが見ているので、その意味でも川邊さんの説明は事実だと考えている。
業界再編で「楽天、ドコモ、KDDI、メルカリ」が動く
国内市場的に見れば、LINEはソフトバンク陣営の一員になる。
撮影:小林優多郎
BIJ:キャッシュレス決済を手がける他社は今回の経営統合で戦略変更は欠かせません。例えば「KDDIとメルカリが近づくのでは」という声も、業界内にはある。
村上:一般論として、Zホールディングス(ヤフーとLINE)の本人たちは自分たちで手を組んでいるが、外から見えれば「ソフトバンク勢」になる。
通信業界で言えば、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクはお互いの料金プランも見合っている中で、非通信領域のビジネス化を模索している。そこで、ソフトバンクにLINEが入るとなると、当然、NTTドコモとKDDIは頭を抱えることになる。
そうなると「存在感」「Pay」「テック」がそろっている企業と考えると、自然とメルカリが浮上してくる……という筋書きだ。NTTドコモにせよKDDIにせよ、メルカリにアプローチはすると、僕は思う。
メルカリ創設者で社長の山田進太郞氏(2019年2月撮影)。
撮影:小林優多郎
KDDIは非通信領域で「1000億円のおサイフ」があると言っているが、十分にありうる話。メルカリの株主数が少ないという意味でも、ディールはしやすい。山田さん(メルカリ社長の山田進太郎氏)が、グラッとくるのかこないのか次第では。
個人的に実は可能性があると思うのは、楽天によるメルカリのM&Aだ。
何故なら、山田さんの起業家としての悲願は、「日本発のシリコンバレー企業」で、何がなんでもアメリカ事業を成功させたい熱意がある。
一方、楽天はアメリカでスポーツを筆頭にブランドが浸透している。メルカリを中心にECでグローバル展開するなら、冷静に考えれば楽天が1番相性がいいはずだ。
いずれにせよ、メルカリに限らず、ここから日本のIT業界の再編が雪だるま式に始まるだろう。
そもそもは「LINE買収」から始まった話かもしれない
ヤフーとLINEはそれぞれ重なる領域のサービスも運営している。
撮影:小林優多郎
BIJ:ヤフーとLINEはお互いに競合するサービスを持ってます。経営統合となれば、当然、統廃合の話も出てくるはず。どう共存していくと見てますか。
村上:会見の質疑応答を見ていて、何故か「統廃合」とか、あたかも「ヤフーとLINEが合併」するかのような質問が出てきたのがとても不思議だった。
公開された資料を読んでいると、もしかしたら最初はLINEが買収される話だったのかもしれない、という印象を持った。あくまで個人の妄想ですが。
登壇しているヤフー川邊さん、LINE出澤さんの二人ともが「シナジー」と繰り返し発言していた。シナジーと言えばサービス。どうしても、統廃合の話になるのはわかる。
けれど、最終的には両社は、Zホールディングス傘下配の別会社になる。この時点で、サービスの統廃合の話は、前提としなくてもいい話になっている。
普通に考えると、ヤフーがZホールディングス化して、いろいろな種類のサービスを傘下に置けるようになった。そうなると、求めるのは「グループとしてリーチが最大になること」。なにも、統廃合する必要性はない。決済に関してもそうで、PayPayとLINE Payの併存は十分にあり得る。
経営統合で一番のメリットは「コスト整備」。現金での殴り合いは、この2社間では終わった。これ以降は、通常のマーケティングコストの範疇で広げられる。
「札束の殴り合いを辞めること」これで年間100億円単位のコストが浮く。両社にとってこれが最大のメリットです。
2019年11月の資料でのZホールディングスのサービスマップ。
出典:Zホールディングス
Zがこうなってくると、今後もブランドを買う。ブランドポートフォリオを正しくやりきれるかが重要になってくる。リーチを最大化できれば、「Zホールディングス」という名前もどうでもいい。
重要なのは、ブランドネームをたくさん持っているかどうか。あたかも、化粧品業界における資生堂のマーケティング戦略と同じ。例えば、化粧品ブランドの「クレ・ド・ポー ボーテ」を資生堂が作っているなんて知らない人も多い。
対等関係による“意志決定の遅れ”はリスク要因
村上氏は対等な経営統合がリスク要因となる可能性を示した(写真は2017年12月撮影)。
撮影:今村拓馬
BIJ:両社は「対等な経営統合」と話している。現実問題として、意見の衝突もありうるのでは?
村上:(賛成派と反対派が拮抗して意思決定が止まる)「デッドロック」の危険は当然あると思う。経営統合は良いことばかりではない。そこが今後の課題。
Zホールディングスの親会社となるジョイントベンチャーもソフトバンクとNAVERで50:50になっていて、構造的にデッドロックをするようになっている。ビジネスとして見ると、非常に興味深い形だ。
一般的には51:49とかにするはずだが、そうならなかったのは交渉上の理由なのかもしれない。
ただ懸念として、それ(対等関係)によって意志決定に時間がとられてしまうのはリスク要因としてある。
Zホールディングスの中に「プロダクト委員会」というのができて、そのトップを慎さん(LINEの代表取締役CWO 慎ジュンホ氏)が務める話は出た。しかし、意思決定がデッドロックした場合にどうするか。
そこは、記者会見の中で明快な回答は聞けていないところだ。
アジア攻略の鍵は「ゲーム」「マンガ」ではないか
LINEのコンテンツ事業の2019年度第3四半期の状況。LINEマンガの決済高は、前年同期比で25.9%増となっている。
出典:LINE
BIJ:ヤフー・LINE連合の海外展開の“勝ち筋”があるとすると、どの分野でしょう。
村上:アジアに関しては勝機がありそうに見えるのは、“クールジャパン”的な分野。とくに、マンガとゲーム。LINEは何気にゲームが強く、一方ヤフーが弱い分野でもある。
マンガも突破口になりうる。日本の出版社は、独特の商習慣がある。そこは実は川邊さんの得意とする分野。GYAO!において、キー局各社から出資を取り付けるなど、川邊さんは日本の権利者との交渉を知り尽くしている。
日本のマンガを読みたい人はアジアにたくさんいるが、各出版社は単独で乗り込むことに苦労していて、ローカルパートナーとは商習慣が違いすぎて話がまとまりづらい。
そこで、出島のような形として、LINEマンガ(と呼ぶかは別にして)に集約し、一点突破でアジアを制するのはありうるのでは。
これは、川邊さんがGYAO!で本来やりたかったことに思える。
ヤフーブランドだと(ライセンスの関係で)日本国外には出られないが、LINEならできる。当時GYAO!ならできると考えていたと想像する。
そこは、川邊さん(ヤフー)とLINEの、夢が一致する領域だと思う。
(編集・小林優多郎 取材・浜田敬子、伊藤有、小林優多郎)
村上臣:LinkedIn カントリーマネジャー(日本担当)。大学在学中にITベンチャー有限会社電脳隊に参画。電脳隊がその後統合された株式会社ピー・アイ・エムとヤフー株式会社の合併に伴い、2000年8月にヤフーに入社。エンジニアとして「Yahoo!モバイル」「Yahoo!ケータイ」などの開発を担当し、同社のスマホシフトに大きく貢献。2012年より4月より執行役員兼CMO(チーフ・モバイル・オフィサー)としてヤフーのモバイル事業の企画戦略を担当し、「爆速経営」にも寄与。2017年11月にLinkedInの日本代表に就任。