【武部貴則1】再生医療新時代を築く研究者。26歳で「ミニ肝臓」作った自由な発想

武部貴則

撮影:鈴木愛子

26歳にして世界に先駆け、iPS細胞を使って「ミニ肝臓」を作ることに成功した。2013年、英国の科学誌『ネイチャー』に論文が掲載され、世界で大きな反響を呼んだ。

このミニ肝臓を「第1世代」とするなら、 先ごろ発表した「免疫細胞を加え肝炎の状態を再現したミニ肝臓」というのが「第2世代」。これは、iPS細胞やES細胞から作った“臓器”で病気を再現した世界初の快挙で、オーダーメイド創薬などへの応用が期待されている。この成果を自身の研究グループがまとめた論文が2019年5月、米科学誌『セル・メタボリズム』に掲載された。

さらに「第3世代」へと進化させたのが、肝臓・膵臓・胆管・腸という4つの臓器を一体として再生する“多臓器再生”。この研究も、2019年9月、『ネイチャー』に掲載され脚光を浴びた。

研究成果は、年単位どころか「月単位」で国際的な科学誌に次々と掲載されており、常に新しいパラダイムを築き続けている。

見逃さなかった「モコモコ」

武部貴則

研究では細胞に蛍光染色などを施し、顕微鏡下での観察を行う。「人に直感的に伝わる」蛍光像を得るには、アート的な感性も必要だという。

撮影:鈴木愛子

再生医療研究の最先端をひた走る武部貴則(32)の日常は目まぐるしい。現在、ミニ臓器をアップデートする基礎研究をアメリカで、基礎を応用につなぐ研究を日本で展開している。

一連の「ミニ肝臓」研究の入り口となった発見は、横浜市立大学医学部を卒業後、助手になったばかりの駆け出し時代に試した実験から始まった。

肝細胞になる前の細胞と、血管になる前の細胞、組織をサポートする細胞という3種類の細胞をあらかじめ準備し、シャーレ(培養皿)上で混ぜ合わせることにより、立体的な構造を持ち機能する「臓器」を作り出したのだ。

武部はシャーレ上に紐状に集まる「モコモコした」5ミリほどの細胞のかたまりを見逃さなかった。

「周りの人はみんな、『ゴミだ』『カビだ』と言っていました(笑)」

「ズレ」と「ブレ」のマネジメント

武部貴則

撮影:鈴木愛子

4年前からは米オハイオ州にあるシンシナティ小児病院准教授を務めている。シンシナティの武部ラボ創設に関わった研究者らはこう話す。まるでメジャーリーグの契約交渉のように、武部には複数の研究機関からオファーがあり、交渉を重ねて選び取ったポストなのだと。

2018年は31歳という若さで東京医科歯科大学と横浜市立大学の教授(ともに史上最年少)に就任したことが話題になった。さらにiPS細胞技術の製品化を見据え、京都大学iPS細胞研究所と武田薬品工業の共同研究プログラム「T−CiRA」の研究責任者にも就く。30歳そこそこで日米に4つのラボを構える研究室主催者(PI:principal investigator)なのである。

武部を野球選手にたとえるなら、場外弾を放ち続けるホームラン打者。かつ、多様な選手を上手に活かす名将でもある。いわゆるプレイングマネージャーだ。医学、生物学、化学、工学、薬学……といった多分野にまたがる境界領域を扱う再生医療研究は「チーム戦」である。

そのチームを編成するとき武部は、採用する人材の専門性をあえて「ズラす」。

「チーム作りに欠かせないのは、『ズレとブレ』。ズラしたマネジメントのもと、ブレる指示で撹拌(かくはん)することで、連続的な創発や面白い発見が生まれてくる。出てきた発見は、パッとつかまえる」

基礎研究ラボなのに「グーグルみたい」

武部貴則

撮影:鈴木愛子

研究員の木村昌樹(38)は、トータル11人が在籍しているシンシナティの武部ラボでも古株にあたる。木村の証言からも、武部のユニークな采配ぶりが伝わってくる。「僕らは先生の攪拌によっていい感じに触発されて、アイディアを出しやすい」という。

実務を担う研究員は、基礎生物学、細胞生物学といった専門性の殻に閉じこもって、他分野に疎くなりがちなのだが、そこに常識を超えたところから「変化球」を飛ばしてくるのが武部なのだと。木村は職場の様子を楽しげにこう話す。

ラボでは肝臓の細胞を構築する際、実験道具を独自に作ることもある。ある時、武部が「液性磁石という面白い素材があるんだけど、実験に使えない?」と提案してきたことがあった。ラボの共有メールに貼り付けられたリンク先はYouTubeの動画。

「『あ、僕らのラボって、YouTube見てても怒られないんだ』って(笑)」

と木村は振り返る。逆に言えば、そのぐらい通常の研究室は“窮屈”ということか。

「武部先生の情報アンテナはカバーする範囲が広いばかりじゃなく、感度がめちゃくちゃ高いんです。日本の基礎研究者って、一つのものを突き詰めるのが正義で、積み重ねの延長線上でものを考えがちなんですが、武部先生の場合は、発想の仕方に垣根がない。だから時々思うんですよ。僕らの職場の働き方って、グーグルみたいだなと」

注目の再生医療に残る課題

武部貴則

撮影:鈴木愛子

これまで医療現場で行われてきた臓器移植は臓器そのものを“まるごと”移植するという方法だった。だがその場合、「圧倒的なドナー不足」という壁があった。

武部の脳裏には、大学卒業前に留学したアメリカのコロンビア大学移植外科での光景が刻み込まれている。

「リストには臓器移植待機者の名がずらっと並んでいて、重症度の高い患者は『間に合わない』とリストから外されていくんです。命を救いたいと移植外科の門を叩いたけれど、これが現実かと思いました」

そんな背景から、臓器移植に替わる治療の手段として、あらゆる細胞に分化できる「ES細胞」や「iPS細胞」を使う再生医療に世間の注目が集まる。

しかし、そこにも新たな課題があった。細胞を平面的なパーツとして増やすことはできても、立体的な臓器の形にできない。臓器はいろいろな種類の細胞が集まってはじめて機能するのだが、肝臓なら肝臓だけ、と1種類の細胞だけを増やして移植しても、再生医療として治療に使えるレベルにはなかなか到達できないのが現状だ。

生物の未知なる力に委ねる

ところが、武部がiPS細胞を使って発見したミニ肝臓は画期的だった。1つひとつはμm単位の小ささながら、立体的な構造体をなし、おまけに代謝など肝臓の機能をきちんと発揮する。

このミニ肝臓を使うと、今までとは全く違う“コロンブスの卵”のような発想で、病気で失われた肝臓の機能を補うことができる。シャーレで増やした多数のミニ肝臓を、病気になった肝臓の周りに移植し、生体内で成長させるのだ。

「僕らの考え方は、バイオロジー的な感覚に近い。臓器の『芽』ができる初期段階までは培養して、それを病気がある人の体内に移植する。そこから芽を出し、人の体が本来持っている力を借りて成長してもらいましょうと。初期設定としてある程度のお膳立てをした後は、生物の未知なる力に委ねる」

「でも、こういう考えって、最近でこそ受け入れられるようになってきましたけど、反発されることもありました。僕はもともと、前提のないところからものを考えるタイプ。前提に寄りかからないところから新しい地平が見えてくることってあると思うんですよ」

見た目には柔らかな印象の武部だが、周囲の無理解や反発も意に介さない。そんな反骨精神の持ち主だというのがインタビューから伝わってくる。(敬称略・明日に続く)

(文・古川雅子、写真・鈴木愛子、デザイン・星野美緒)

既存のルールや枠組みを超えて新しい仕組みやビジネスを作ろうとチャレンジする「ミライノツクリテ」。「ツクリテ」の3番手は、アカデミックの世界から。最先端の医療技術に挑みつつ、医療の仕組み自体を変えようとする再生医療研究者の武部貴則さんに登場してもらいました。


古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。

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