撮影:今村拓馬
人材サービス業界で、カウンセリングやコーチングのような、キャリアに悩む個人向けサービスが増えている。ユーザー中心層は20〜30代と従来よりも若いことも特徴だ。
従来は採用したい企業が転職エージェントに対し、前課金で広告を出稿したり成果報酬モデルの人材紹介を受けたりと、B(企業)toB(企業)ビジネスが主流だった人材業界。ここにきて、売れないと言われていたB(企業)toC(消費者)が増える背景には何があるのか。
目指すのはキャリアのライザップ
2カ月で30万円という、決して安くはないキャリア相談サービスが、20代を中心に売れている。「トレーナーはあなたの転職を売り物にしません。」をキャッチコピーに、短期集中型のキャリア相談サービスを展開する「ゲキサポ!転職」だ。
若年層に支持を集める、LINEを使ったキャリア相談サービス「相談ドットミー」を展開する人材系ベンチャー・ポジウィルが、1年近くの試験運用を踏まえて11月に本格開始した。 2019年1月の試験運用から徐々にユーザーを増やし、7〜10月の期間で売上高は9倍成長を達成したという。中心ユーザーは22〜27歳だ。
具体的には、転職希望者やキャリアや仕事に悩む相談者に対し、専従のコンサルタントがついて、8週間/8回/30万円、4週間/4回/15万円のカウンセリングが通話かビデオ会議で受けられるというもの。
出典:ゲキサポのホームページ
目的は転職に限らず、転職エージェントの使い方や職場の人間関係など本人の悩みに応じて伴走。「キャリアのライザップを目指した」と、ポジウィル社長の金井芽衣さんが言うように、1対1でコンサルタントが相談者に徹底的に寄り添うスタイルが特徴だ。
試験運用で当初は月額5万円だったが、内容を手厚くすることでサービス本格開始時には8回で30万円にまで引き上げた経緯がある。金井さんは「サービス内容を薄めて価格を下げるよりも、価格を上げても相談できる回数やサポート内容を手厚くした方がニーズがある」と実感したという。
無料で手に入る情報は玉石混交、決められない
撮影:今村拓馬
なぜ、それなりの高額サービスでもお金を出して20代は買うのだろうか。
「売り手市場とテクノロジーの発達で、就活や転職希望者は情報過多になっている現実がある。無料で手に入る情報は玉石混交で、その中から正しく役立つ情報、自分に合った情報を見つけ出すのは相当知識がいります」
金井さんは背景をそう、指摘する。
お金を払ってでも、プロが本当に必要な情報の選別からメンタルケアまでを全面サポートしてくれるサービスがウケている実態があるようだ。
SNSの発達で、就活や転職の実態が可視化される中で「転職エージェントは結局、仲介料のために企業とマッチングさせることが目的。個人の悩みには寄り添ってくれない」(転職を検討中の20代男性)という冷めた空気が、ユーザーに広まっている面もある。個人課金モデルなら、エージェント側が対企業からの成功報酬を求めるあまり、「とにかく転職推奨」となることはない。
ゆとり世代は「自己探求世代」という背景
撮影:今村拓馬
20〜30代前半を中心にパーソナルコーチングサービス「mento(メント)」を提供するのは人材ベンチャーのウゴク。ユーザーは1〜2時間あたり5000〜4万円前後(コーチのレベルによって価格に幅がある)のコーチングをオンラインまたは対面で好きな時間に受けることができる。
2019年春からの試験運用を経て10月にサービスを開始したばかりだが、Twitterで顧客を増やしユーザーは数千人規模へと順調に増えているという。ユーザーの平均年齢は31歳と、従来のコーチングサービスより若いことが特徴だ。
リクルートを経てサービスを立ち上げたウゴクCEOの木村憲仁さんは「これまでは企業向けかつエグゼクティブ向けのコーチングサービスが主流でしたが、個人向けのニーズが高まっている」と指摘する。木村さんは若年層でのニーズの高まりについてこう話す。
「背景にあるのは今のゆとり世代(1987〜2003年生まれ)が個性を大事にという教育を受けてきた自己探求世代ということです。しかし、実社会に出ると上の世代は競争主義。個性を認めて欲しいと考えるゆとり世代との間にズレが生じます。自分は何者なんだと悩んだ20代は、コーチングやカウンセリング、マインドフルネスなど、自分の内面に向かう傾向がある」(木村さん)。
コーチングセッション数は昨年から倍増
大手の参入も続く。総合人材サービスのパーソルキャリアは10月末にハイクラス向け人材プラットフォーム「iX」でtoC向け(個人向け)キャリア相談サービス「クラウドキャリアコーチ」(1回30分程度の電話によるコーチング4回で1万9800円)を開始。
クラウド1on1サービスを運営するエールと業務提携した形だが、エールのコーチングセッション数は昨年比で2倍、登録するコーチ数も3倍と伸びている。「これまでのサービスに多かった対エグゼクティブだけでなく、将来エグゼクティブを目指す人向け」と、パーソルキャリアの担当者はいう。
転職以前の悩みを相談する場所がない
経団連会長発言や相次ぐ40代リストラのニュース。終身雇用の限界が、はっきりと現れた2019年だった。
撮影:今村拓馬
2019年は経団連やトヨタのトップ自らが「終身雇用の限界」を発言。キリンホールディングス、アステラス製薬、LIXILなど大手が相次ぎ社内の早期退職を募集するなど、従来の日本型雇用は大きな曲がり角を迎えた。
さらに有効求人倍率は1.57倍(2019年9月)と依然として高水準、転職求人倍率に至っては2.52倍(パーソルキャリア調べ、2019年10月)の売り手市場とあって、働き方や仕事を変えたいと考える若者は多い。
ただし、引く手数多になったことで選択肢も増えたせいか、悩みは尽きないようだ。
「会社を辞めたいとずっと思っている。でも辞めたら迷惑なんじゃないか」
「子供を産みたい。でも仕事とライフイベントの両立に自信がない」
「自分には価値がない」
ポジウィルによると、LINE相談サービス「相談ドットミー」やゲキサポに寄せられる相談は「転職したい」以前の相談も、相当数ある。
過去の世代とは異なるキャリア像求めて
ミドルや若者世代にカウンセリングニーズが高まっている背景について、エン・ジャパン「ミドルの転職」事業部長の天野博文さんは「長く働くことのできる社会になっていると同時に、長く活躍することへの個人の不安は高まっている」とみる。
「現代は、経験で蓄積したスキルを使って、定年まで活躍できる見通しは立ちにくい。過去の世代とは異なるキャリア像を自ら構築するために、外部の力を活用するニーズが高まっているのでしょう」
前例のない時代の進路やキャリアの悩みは、「転職すればオッケー」というように一筋縄では行かないのが現実だ。人材サービスの中身も、時代と共にニーズの変化を突きつけられている。
(文・滝川麻衣子)