親中派の現職議員の落選を祝う香港市民たち。区議会選挙は実際に獲得した票数以上に、民主派が地滑り的勝利を納めた。
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抗議デモが続く香港の区議会選挙で、香港政府への抗議活動を支持する民主派が全452議席の8割超を獲得し圧勝した。
だが中国と香港政府が、行政長官の普通選挙など民主派の要求に譲歩する可能性は低く、12月8日にはまた大規模デモが計画されている。民意に立ちはだかる壁は厚く高い。香港問題は出口の見えない袋小路に入っている。
区議会は政府への諮問機関
「民意の大爆発。デモが香港人を覚醒させた」
投票翌日の11月25日、テレビのニュース番組が民主派圧勝を伝えると、デモに参加してきた若者が飛び跳ねて喜びを表した。投票率は史上最高の71%を超え、今回初めて投票した有権者の多くは、18歳から35歳の若者だったとされる。選挙の争点は抗議デモへの是非だったから、民意は明確に示されたと言える。
もっとも区議会には立法権限はない。区議会は公共施設(文化や娯楽)・サービスの運営や都市計画などについて、香港政府にアドバイスする諮問機関である(香港特別行政区基本法第97条)。
民主派は8割超の議席を得たものの、得票数では民主派57%に対し、親中派は41%。小選挙区制のため、実際の票数以上に議席数で差がついた。
この「親中派」の票数には、デモの最先端で過激化する「勇武派」(武闘派)の暴力を批判する民意も含まれる。
親中派に有利な選挙制度
区議会選挙の結果発表翌日に記者会見する、香港行政長官の林鄭月娥行氏。今回の投票結果を民主派の「不満の表れ」と受け止めた。
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中国主権の下で、香港に50年間「高度な自治」を保証する「一国二制度」は、香港民意をくみ上げる選挙システムをどう定めているのか。香港特別行政区基本法(以下、基本法)の規定に沿って説明しよう。基本法は、
- 政府トップの行政長官選挙
- 議会である立法会選挙
- 地方議会の区議会選挙
の3種類の選挙制度を定めている。
行政長官は産業界代表ら1200人で構成する「選挙委員会」による間接選挙で選ばれ、北京の中央政府が任命する。次回選挙は2022年だ。
立法会(定数70)は、住民の直接選挙で選ぶのは半分の35議席(比例代表選挙)。残る35議席のうち30議席が職能団体代表、5議席が区議会代表のため、親中派に有利。2020年の次期選挙では、今回の圧勝をバネに民主派が躍進できるかどうかが焦点になる。
英植民地時代の「立法局(議会)」の議員は長期間任命制で1985年に間接選挙が、1991年からは直接選挙枠がそれぞれ導入されたが、1997年の中国返還前の完全な直接選挙導入は見送られている。
区議会の権限は小さいとはいえ、小選挙区制で1人1票の直接選挙のため民意が反映されやすい。
長官選挙でキャスティングボートも
香港理工大学で警察に火炎瓶を投げるデモ参加者。デモの先頭にいる「勇武派」は過激化の一途をたどっている(2019年11月17日撮影)。
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区議選で民主派が圧勝したことで、2022年の次期行政長官選挙では、民主派の影響力が高まる可能性がある。1200人で構成する「選挙委員会」の現在の色分けは、民主派が325人。これに今回の区議選で躍進した民主派が、「区議会枠」(117人)を総取りする可能性が高いから、民主派は3分の1超の勢力になる。
それでも当選には過半数(600票)の得票が必要で、民主派候補の当選は困難だが、親中派の分裂選挙となった場合は、民主派が「キャスティング・ボート」を握る可能性もある。
2020年には立法会選挙が予定されている。直接選挙の対象は半数の35議席で、民主派が過半数をとる可能性は低い。
基本法解釈権という中国の大権
これが親中派に有利とされる選挙制度である。それだけではない。中国は香港をコントロールできる、さらに強い権限を持っている。それは、基本法の解釈権を、中国全国人民代表大会(全人代=国会)が握っていること。
香港高等法院は11月19日、「覆面禁止規則」を香港基本法違反とする判決を下した。しかし中国側は、「全人代常務委が基本法の解釈権を持つ」(基本法158条)として、判決無効を主張した。
全人代は2016年、立法会の反中派議員の資格取り消しを決めるなど、これまでも解釈権を5回行使している。それは香港を法的に掌握できる最大の権限であり、今後も選挙制度修正を含め、関与姿勢を強めるだろう。
アリババ上場の意味
中国IT大手のアリババ集団が、香港取引所に上場した。デモの打撃を受けている香港経済にとって明るいニュースだ。
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区議会選直後の11月26日、中国IT大手のアリババ集団が、香港取引所に株式を上場した。このタイミングは決して偶然ではない。
米中貿易戦争が激化し、アメリカで中国企業への締め付けが強まる中、資金調達先を分散する必要に加え、国際金融センターとしての香港を支えようという思惑が透ける。
中国にも抗議活動を放置できない理由がある。
第1は、香港の混乱が現在は安定している大陸社会に波及する懸念。第2に国際金融センターとしての香港の地位が損なわれかねないこと。そして第3は、アメリカ議会が可決した「香港人権・民主主義法案」に代表される欧米の介入だ。
若者の半数が海外移住を希望
中国銀行の店舗を破壊するデモ参加者。長期化するデモにより、香港経済は打撃を受けている(2019年10月4日撮影)。
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長引く抗議活動で、香港島の中心、セントラル地区の中国系銀行が攻撃のターゲットにされ、土産物、化粧品、宝飾店が続々と閉店。2019年の域内総生産(GDP)はマイナス成長が確実になるなど、経済は大打撃を受けた。
ある世論調査では、香港人の34%が海外移住を希望し、18〜30歳の若者では51%にものぼった。多くの人材が海外に移住し、国際金融センターを支える優秀な人材が底を尽けば、取り返しがつかない。中国は今後もアリババ上場のように、香港への経済支援を強めるはずだ。
米中通商合意に影響も
香港問題は米中代理戦争の色を濃くし、問題を複雑化させている。
香港は中国にとって主権にかかわる内政問題だから、取り引きの対象にはならない。妥協すれば、台湾、新疆、チベットなどでの分離独立運動を刺激するからだ。中国政府は、「核心的利益は譲歩しない」という原則を貫くだろう。
さらにトランプ大統領は「香港人権法」に署名し、法案は成立。ほぼ妥結したと伝えられる「第一段階」の通商合意に悪影響が出ることが予想される。
外交への波及も無視できない。年内開催も伝えられる第4回米朝首脳会談だが、場合によっては、中国が首脳会談の時期やアジェンダをめぐり介入するかもしれない。トランプ政権の安保チームが真剣に懸念する「中ロ同盟」が、中距離ミサイル配備やミサイル防衛網をめぐり、東アジアで具体的な姿を見せれば、日本にもジワリと影響が及ぶ。
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。