タレントの木下優樹菜さん(31)が、姉のアルバイト先の店長とトラブルになったということは何となく知っていた。木下さんが店長に送ったダイレクトメッセージに恫喝めいた内容があり、それがSNS上で拡散した。そのため木下さんのインスタが炎上、木下さんは謝罪し、活動自粛するに至った。
そんな程度の理解で、それ以上の興味は感じていなかった。
木下優樹菜さんのインスタアカウントのプロフィールページ。フォロワー数は500万人を超える。
木下優樹菜さんのインスタグラムより
11月20日の朝、何気なく見ていたワイドショーで、木下さんが送ったダイレクトメッセージの全文が紹介された。目で見て、音で聞いて、すごく驚いた。自分に送られたメッセージでもないのに、少し傷つきさえした。年上の人をバカにする視線が露骨に出ていたからだ。
彼女の文章は、トラブル相手を威嚇するためのものだ。だからあえて、バカにした調子で書いている。そのことはわかっているが、年上の人全体へのからかう目線があると感じた。物事を深く考えるタイプの人でないことは明らかで、だからこそ「世間の空気」をそのまま映しているのだろうと思った。ああやっぱり、世間の「年齢観」ってそういうことなのね、と思ったのだ。
「年上=能力が低い」そんな世間の見方を書いている
私の気持ちを説明するため、彼女が送ったメッセージの当該部分だけを引用してみる。
<いい年こいたばばあにいちいち言う事じゃないと思うしばかばかしいんだけどさー(略)、今のうちに、謝るとこ謝るなり、認めるとこ認めて、筋道くらいとおしなよ>
<もーさ、やめなぁ? 覚悟を決めて認めなちゃい おばたん>
「ばばあ」「おばたん」より、子どもを相手にしたような物言いが気になった。年上=能力が低い。それが世間の見方で、彼女はそれをそのまま書いている。そう思った。
木下さんは、インスタのフォロワーが約500万人もいる「ママタレ」界の実力者だという。だから増長して、上から目線で書いたのだとは思う。
相手は姉のママ友だそうだから、せいぜいアラフォーだろう。年齢が近いから少しでも若いことを強調し、優位に立とうとする。あの文章は、「マウンティング」だと解説してくれた人もいた。だけど、増長していたからこそ、マウンティングしようとしたからこそ、本音をむき出しにすることへのブレーキが効かなかったのだと思う。
彼女が見せてくれた本音が、心に痛かった。
「顧客」としてのシニア女性は歓迎されるが
世間の「シニア女性」を見る空気は、極めて熱い。だがいったん「顧客」というフィルターを外すと……(写真はイメージです)。
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自分のことを少し書くなら、58歳だ。50歳から6年間、シニア女性誌の編集長をしていた。雑誌のターゲットは、50歳以上の女性。読者に敬意を払って雑誌を作るのは当たり前だ。年を重ねた人たちを肯定し、励ます。それを基本としていた。そして、世の中の「シニア女性」を見る空気は、極めて熱い。そのことはすぐに実感した。
例えば映画配給会社から、有名な俳優・女優へのインタビュー依頼がひっきりなしに来た。「シニア女性が来てくれないと、映画は当たらない」と聞いた。
不動産関連会社から「シニアという呼称」についての相談を受けたこともあった。「シニア=老人」という印象を与え、不快感につながるのではないか。担当者は、そんな問題意識を持ち、「シニア」に替わる言葉を探していた。
「顧客」としてシニア女性を見れば、人数が多く、お金を持っている。しかも定年後の男性よりずっと活動的だ。彼女たちに足を運ばせ、彼女たちを説得し、お金を落としてもらいたい。少子高齢化が進む日本。考えれば、熱くなって当然だ。
年功序列終焉で注がれるシニアへの冷たい目
年功序列が終焉し、実力本位となった今、年配者というだけで敬われることはなくなった(写真はイメージです)。
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だが「顧客」と「人」とは別かもしれない。そんなことも考えた。シニア女性誌にとってシニア女性は顧客だ。だから、「年を重ねることは、素晴らしい」と訴えた。だけど、顧客に対して「素晴らしい」と訴えるということは、人としては「素晴らしくない」からなのではないか。そんな自省も含め、「年齢」についてあれこれ考えた6年間だった。
編集長をやめてからはあまり考えることはしなくなっていたが、木下さんという女性の文章に不意を突かれた。「若い子」が好きなオッサンが「おばさん」をバカにする文章だったら、想定内だからショックは受けなかったと思う。だけど、「インフルエンサー」だというアラサー女性から出たふいの言葉に、ショックを受けた。「顧客」でない年配者に、世間の目は冷たい。その事実にあからさまに触れた気がした。
若さなど、いつまでもあるものではない。そんなことで勝ったような気になるのは虚しい。そう言って、終わりにしてもよいのだ。だけど、終わりにしにくい。長く会社員をしていたから、組織内の年配者を思い浮かべたりしてしまうからだ。
年功序列の時代なら、どんな年配者にも組織は優しかった。だけど実力本位の昨今、年配者というだけで優しくする理由など、どこにもないだろう。もちろん、力のある年配者は居場所もあるし、尊敬もされる。それが実力主義というものだ。
建前の「顧客第一」、ママたちを心から思うなら
木下さんはママタレとして、ママたちを“顧客”にしていた。にもかかわらず、心から「ママ第一」ではなかったことが図らずも露呈してしまった(写真はイメージです)。
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突然、話は変わるが、沢尻エリカ容疑者は小泉今日子さんを尊敬していたそうだ。2018年秋、2人が共演した映画の舞台挨拶で、主演の小泉さんは自分のことを「つなぐ女」と表現していた。昭和、平成と36年くらい仕事をしてきた中で、たくさんの偉大な先輩たちに会った。その方々から教わったことを次の世代につないでいかなくてはならない。だから「つなぐ女」だ、と。
年を重ねてきた者は、こうでなくちゃと思う。だけど、小泉さんのような実力者だからこそ言えるのであって、普通に生きてきた年配者はこうはいかない。厳しい時代だなあ、と思う。
年齢を重ねるとは死に近づくということで、これは生物としてうれしくないことだ。だから年配者が年齢のことを考えると、暗い気分になりがちだ。58歳の私が「木下ショック」にやられたのも、そのせいだと思う。でも、やられてばかりはシャクだ。明るく考えたい。そう思った時、結局は「顧客」だという結論に行き着いた。
ビジネスの世界で「顧客第一」は、当たり前中の当たり前だ。だが、「第一」が建前にすぎず、本音ではない場合、そのことはいずれ顧客にバレて、そのビジネスは失敗する。これは、長く仕事をしてきての実感だ。
例えば木下さんはママタレとして、ママたちを顧客にしていた。だけど、心から「ママ第一」だったら、「姉のママ友」にあんな言葉は送らなかったろう。つまり、建前の「ママ第一」だった。だから、失敗してしまった。
つまり「顧客」として大切なら、心から「人」として大切に思わなくてはダメということ。これは、きちんとビジネスに向き合っている人ならわかっていると思う。それが成功のセオリーだから、そう考える人は否応なく増える。そしてみんながそう考えるようになれば、それが本音になる。
現段階で、年配者は「顧客」として大切にされている。それは「人」として大切にされることが前提なのだ。そう論を進め、明るくなった。年配者、ゴーゴー。
矢部万紀子:1961年生まれ。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、「AERA」や経済部、「週刊朝日」などに所属。「週刊朝日」で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長を務めた後、2011年退社。シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に退社し、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』。最新刊に『美智子さまという奇跡』。