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人間の悩みはすべて対人関係。200万部突破の『嫌われる勇気』がSNS時代に求められる必然

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嫌われる勇気

撮影:鈴木愛子

「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」——。

フロイト、ユングと並んで「心理学の三大巨頭」と称されるアルフレッド・アドラー。その思想を、「哲人」と「青年」の対話を通して解き明かした『嫌われる勇気』の一節だ。

2013年12月に刊行された同書はロングセラーとなり、2016年2月には累計発行部数100万部、そして2019年11月には200万部を突破。現在は日本のほか世界24カ国でも翻訳され、世界累計発行部数は実に462万部と、その勢いはとどまるところを知らない。

『嫌われる勇気』はなぜ、刊行から6年が経った今でもこれほど多くの人に支持されているのか。共著者である岸見一郎氏と古賀史健氏に話を聞いた。

女子中学生に自殺を踏みとどまらせた1冊

——2013年に刊行された『嫌われる勇気』が今年11月に200万部を突破しました。いまどんな思いを抱かれていますか。

古賀史健氏(以下、古賀):本当にすごいことだと思います。ただ、大ブームが起きてあっという間に200万部に達したのではなく、この数字に届くまで6年かかっているわけです。

人から人に手渡され、少しずつ積み上げてこの数字にたどり着いたというイメージがあります。いま24カ国で翻訳版が出版されて、海外でもたくさん読まれていることも驚きですね。

嫌われる勇気・幸せになる勇気

ベストセラーとなった「勇気の二部作」。続編『幸せになる勇気』は2019年11月時点で累計発行部数59万部。シリーズ合計は国内だけで実に259万部だ。

編集部撮影

岸見一郎氏(以下、岸見):たくさん売れたのもさることながら、「本当に届くべき人のところに届いた」という実感があります。それが何よりもうれしいことですね。

例えば、ある時、韓国人女子中学生からメールをいただきました。そこには、「もう死んでしまおうと思っていたけれど、この本を読んで思いとどまりました」と書かれていました。

実は彼女からは、その2年後にもう一度メールをもらいました。「覚えていただいているかわかりませんが」という前置きに続いて、「あれから名門の高校に進学できました」というお礼の言葉がつづられていました。

岸見一郎

共著者の岸見一郎氏。哲学者であり、日本におけるアドラー心理学の第一人者でもある。

撮影:鈴木愛子

先日は、ドイツ人読者からもメールをもらいました。その方は日本へ旅行した際にトランジットでアムステルダムの空港に立ち寄り、たまたまそこの書店で『嫌われる勇気』の英語版を手にしたそうです。

それまでアルフレッド・アドラーのことはまったく知らなかったそうですが、本を読んで衝撃を受け、メールを寄越されたのです。アドラーはオーストリア出身ですから、ドイツ語圏の方からすれば“逆輸入”ですね。ドイツ語版があることを伝えると驚かれました。

アドラーの対人関係論は究極の理想?

——アドラーはフロイト、ユングと並んで「心理学の三大巨頭」に数えられます。それなのになぜ、アドラーの日本での知名度は、ユングやフロイトなどの心理学者に比べて低かったのでしょうか。

アルフレッド・アドラー

アルフレッド・アドラー[1870〜1937年]はオーストリアの精神科医、心理学者。一時はフロイトのウィーン精神分析協会の中核的メンバーとしても活躍したが、1911年に学説上の対立から袂を分かち、独自の理論を構築する。

Hulton Archive/Getty Images

古賀:アドラーはもともと、アカデミズムの世界から距離を置いていました。アメリカに移住してからも、ニューヨークの医師会から「精神科の医療者たちに、あなたの心理学を独占的に採用させてほしい」という誘いを受けた際、断っています。

アドラーは自らの心理学を専門家の独占物ではなく、すべての人のものだと考えていたからです。

そうした考えもあって、海外でも日本でも、アドラー心理学は大学でいっさい教えられていません。つまりアカデミズムによる権威付けがないことが、日本でアドラーが傍流と見なされている大きな理由だと思います。

また、アドラーの主張には、日本や韓国など儒教社会の人たちにとっては、受け入れがたいところも多い。

例えば、アドラーはあらゆる縦の人間関係を否定して、すべての人間関係は対等な「横の関係」であるべきだとしています。そういうところが、彼の思考が人々になじむまでに時間がかかった理由かもしれません。

岸見:おもしろいことに、われわれアジア人がアドラーの主張に触れると「非常に欧米的だ」と感じるのに対して、欧米の読者がアドラー心理学に触れると「非常に東洋的である」という感想を持つ方が多い。おそらくアドラー心理学で語られている理想的な対人関係のあり方は、これまで世界のどの国でも、どの時代でも実現されてこなかったからでしょう。

——なるほど、東洋人にとっても西洋人にとっても、いま自分のいる現実世界には存在しないものだと感じるんですね。

岸見:私はカウンセリングもしてきたので、まれに欧米の人をカウンセリングすることがありました。彼らの話を聞くと、悩みの中身は日本人とほとんど変わりません。そういう意味では、洋の東西を問わず、普遍的な理想が語られている。だからこそ、『嫌われる勇気』は世界中で受け入れられたのだと思います。

「すべてトラウマのせい」への違和感

——そもそもお2人が出会ったきっかけは、古賀さんが池袋の書店で岸見先生の『アドラー心理学入門』という本を手に取ったことだとか。古賀さんは当時、どのような問題意識があったのでしょうか。

古賀:僕はもともと心理学や哲学、現代思想などが好きで、当時はそういう本を片っ端から読んでいた時期でした。そのころ日本ではフロイト派やユング派が主流でしたが、僕は彼らの「何でも過去のトラウマに原因を求める」という考えに納得できなかったんです。

古賀史健

1999年に岸見氏の著書『アドラー心理学入門』と運命的な出逢いを果たした古賀史健氏。「いつか岸見先生と一緒にアドラー心理学の決定版を」と機会を待ち焦がれていたが、その想いは10年以上の時を経て実現へと向かった。

撮影:鈴木愛子

例えば連続殺人犯がいたとして、メディアはすぐに「この人は幼少期にこんなことがあったから、こういう凶行に及んだのだ」というストーリーで事件を説明しようとしますよね。映画や小説も全部そう。「これはちょっと安易すぎないか」という気がしていたんです。

そんなときアドラー心理学に出逢った。アドラー心理学では、現在その人が持っている「目的」に注目し、過去はいっさい問題にしません。こんな考え方はいままで接したことがなかった。新しい“メガネ”を手に入れたというか、空撮用ドローンの映像を初めて見たときのような、新鮮な気持ちでしたね。

もちろんアドラーの教えが絶対だとは思いません。ただ、この「もうひとつの視点」を読者も手に入れられれば、「自分にはこんな過去があるから、もうこういう生き方しかできない」という思い込みを捨てて、もっと生きやすくなるんじゃないかと思ったのです。

それにライターという職業柄、こんなにすごい考えがまだあまり知られていないのなら、自分が紹介しないといけないという使命感に駆られたところもあります。

SNS時代に『嫌われる勇気』が受け入れられた必然

——200万部も売れる本というのは、ある種、時代を象徴しているとも言えます。今は、SNSで人々がつながり合うことで情報が可視化され、一昔前なら知らずにすんだことが否応なしに入ってくる時代です。そんな背景も、この本が売れる後押しになったのではないでしょうか。

古賀:SNSは確かにつながりの枝葉が広がっているように見えるし、たくさんの人の視線も感じる。でも実際は、脆いつながりなんですよね。

そんな数えきれない人の目に囲まれて生きていると、これをつかんでおけば大丈夫と思える“柱”が必要になる。その一つとして、アドラーの思想が受け入れられているのではないでしょうか。

岸見:人と人とのコミュニケーションの速度が加速しているのです。昔だったら手紙を出しても、相手の返事がこちらに届くまで、3〜4日はかかりました。それがいまはもう一瞬。でもそのせいで、「なぜ既読なのに返事が来ないんだろう」と気に病むようなことが起こり始めた。

本当は便利なものなのに、かえって弊害のほうが増している気がします。

岸見一郎

岸見氏も主だったSNSで情報を発信しているが、ストレスを感じるときには「見ないようにしています」。

撮影:鈴木愛子

それからネットに投稿することで、人から「いいね!」をもらうために、本来言いたかったメッセージを、少し、あるいはかなり歪めてしまう人が増えている気がします。

アドラー自身は承認欲求という言葉ではなく、「人から認められようとする努力」という言葉を使っていますが、「人から認められようとする努力が精神生活の中で優勢になると、緊張が高まり、行動の自由が著しく制限される」と言っています。アドラーは、今日のような時代を予見していたのかもしれません。

——とはいえ、この流れは止められません。

岸見:ええ、だからSNSをやめるわけにはいかないけれど、それとの関わり方は変えていけると思います。

私もTwitterやFacebookでは、知らない人から相談を持ちかけられることがあります。すぐに答えをもらえると思っている人は、私がすぐに答えないと怒る人もおられます。でも別に答えなければいけない義務はないので、煩わしいと思ったときは距離をおくようにしています。SNSの基本は楽しむことだと思うので。

※明日へつづく

(敬称略、構成・長山清子、取材/編集・常盤亜由子)

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