11月28日に公開された、多連装ロケット砲発射テスト視察の金正恩・朝鮮労働党委員長。
North Korea's Central News Agency (KCNA) via REUTERS
「安倍は本当の弾道ミサイルがどういうものかを、遠からずそれも非常に近いところで見ることになるかもしれない」
北朝鮮国営の朝鮮中央通信(KCNA)は11月30日、同国外務省日本担当副局長の談話としてこのように報じた。字句どおりに受け止めれば、北朝鮮は近い将来、日本の近くに弾道ミサイルを撃ち込むと予告しているようにも思える。
北朝鮮は11月28日に超大型ロケット砲の発射を行ったが、それに対して日本政府は「国連安保理決議違反の弾道ミサイル発射」と断定し、北朝鮮を非難した。
安保理は弾道ミサイル発射を禁止
11月28日に公開された、北朝鮮の多連装ロケット砲発射時の画像。
North Korea's Central News Agency (KCNA) via REUTERS
北朝鮮が発射したのは、ロケット砲としては世界最大級となる口径約600ミリの多連装ロケット砲(4連装・射程380キロ)。従来、北朝鮮が開発・配備してきた240ミリ(22連装・射程60~70キロ)、300ミリ(8連装・射程200キロ)といった多連装ロケット砲を大型化・長射程化した新型兵器だ。
これは単なる大型のロケット砲ではない。先端近くに操舵翼が装着されており、初歩的な衛星誘導が可能になっているものとみられる。ただし、この機能は今回の600ミリロケット砲で初めて導入されたわけではなく、従来のものにも組み込まれていたもので、新しい話ではない。
それでも、ロケット砲をそのまま大型化したコンセプトの兵器でありながら、弾道軌道で初歩的(通常の弾道ミサイル比べればきわめて限定的)な誘導が可能であり、しかもサイズや射程は短距離弾道ミサイルに匹敵するものだから、ロケット砲と弾道ミサイルの中間的な兵器とみることもできる。日本政府が「弾道ミサイル」と断定しても、あながち的外れではない。
とはいえ、これを弾道ミサイルとみるか、ロケット砲とみるかでは、政治的な意味がまったく異なる。冒頭で書いたように、国連安保理は北朝鮮に弾道ミサイルの発射を禁じているからだ。
北朝鮮の言い分は、今回発射したのは弾道ミサイルではなく、国連安保理決議違反はしていないのに、日本政府だけが「言いがかりをつけている」というわけだ。
「日本列島越え」の示唆は今年2度目
北朝鮮が飛翔体を発射したことを速報する韓国のテレビ。
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日本への批判と報復の可能性を北朝鮮が口にしたのは初めてではない。
北朝鮮は10月31日にも今回と同じ600ミリ多連装ロケット砲を発射しており、やはり日本政府は弾道ミサイル発射と断定して非難している。
対する北朝鮮は11月7日、外務省の宋日昊(ソン・イルホ)日朝国交正常化交渉担当大使の談話として、以下のように発表した。
「島国の上空を飛び越える飛翔体の軌跡や轟音だけでびっくり仰天していた小人らが、その不安と恐怖が懐かしくなって、我が朝鮮にあくまで挑戦しようとするなら、我々は日本という孤独な島を眼中に置かず、なすべきことをするだろう」
日本が騒ぎ立てるなら、日本列島を飛び越えるミサイル発射を再開するぞ、と示唆する文にも読める。したがって、ミサイル報復を示唆する北朝鮮の声明は今回が2回目というわけだ。
冒頭で引用した談話の直前部分では、前回と同じように日本が悪いと主張している。
「11月28日にも安倍は、我々の超大型ロケット砲の連続試射が大満足をもって成功するやいなや、国家安全保障会議を緊急招集して、弾道ミサイル発射だの国際社会に対する深刻な挑戦だのと、むやみに青筋を立てた」
さらに今回は、「かもしれない」と断定的な口調は避けながらも、明らかに「次は弾道ミサイルを日本の近くに撃つ」と示唆した。
関係者の間では、北朝鮮は安保理決議違反を避けるため「弾道ミサイルと断定されたくないのだろう」との見方も出ている。だが、トランプ大統領は8月1日の段階で「短距離(弾道ミサイル)なら問題ない」と発言しているので、単に断定を避けているわけではないだろう。
より挑発度の高いミサイル発射の「布石」
北朝鮮は2019年に何度も弾道ミサイルの発射実験を行っている。写真は8月の短距離弾道ミサイル。
North Korea's Korean Central News Agency (KCNA) via REUTERS
そもそも北朝鮮は、弾道ミサイルを2019年に何度も発射している。韓国を射程に収める短距離弾道ミサイルにとどまらず、10月2日には新型の潜水艦発射型準中距離弾道ミサイル「北極星3」も撃っている。断定は難しいが、射程は1900キロ以上と推定されている。
北朝鮮の弾道ミサイル発射実験はもはや常習的と言っていい状況だ。それが今回、わざわざロケット砲との違いを強調し、日本に弾道ミサイル発射を予告する意味は何か。
それは「日本のせい」にして、これまでより一段階、挑発度の高い発射をする布石と考えれば説明がつく。
日本が騒ぐからやったと自己正当化し、日本列島を飛び越える弾道ミサイルを発射するのではないか。従来どおり日本海に落下するミサイルであれば、わざわざ手の込んだ布石を打つ必要性はないだろう。
北朝鮮海軍のトラックに牽引される、同国の潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)「北極星1」。
REUTERS/Damir Sagolj
日本列島を飛び越える発射が準備されているなら、以下のミサイルが考えられる。
▽北極星3
前述した潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)。前回は山なりの軌道で日本海内に落としたが、日本列島を余裕で飛び越える性能をもつ。
▽北極星2
液体燃料型の「ノドン」に代わり、北朝鮮が実戦配備を進めているとみられる、即応性に優れた固体燃料型の準中距離弾道ミサイル。射程は1200キロ以上と推測され、火星12(後述)と同じような津軽海峡越えのコースで発射されると、海峡を越えてすぐの海域に着弾することになる。改良されて射程が延伸していなければ、リスクが大きい。
また、東海地方沖から近畿・四国沖にかけての海域に向かうコースで発射された場合は、余裕で日本を飛び越えて太平洋に着弾する。初となるそのコースが選ばれる可能性は否定できない。
▽火星12/火星14/火星15
火星12はグアムを射程に収める中距離弾道ミサイルで、すでに日本列島を飛び越える発射が2回行われている。射程的には(アメリカ本土が入らず)トランプ大統領が問題視しない可能性もあるため、北朝鮮が「発射してもアメリカを怒らせるリスクは小さい」と判断するかもしれない。
火星14と火星15はアメリカ本土に到達できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)で、いずれもまだ山なり軌道の発射で日本海に着弾する実験しか行われていないが、やはり余裕で日本列島を飛び越える性能をもつ。北朝鮮の対米戦略としては、これらの性能向上が最も重要性が高い。
ただ、いきなり太平洋東部に落下するような実験をすれば、アメリカが敵対的反応を示すことは容易に予想がつくので、発射するにしても、山なり軌道で日本列島沖合に着弾させる可能性が高いのではないか。
▽固体燃料型の新型中距離弾道ミサイルあるいはICBM
北極星2についても書いたように、北朝鮮のミサイル開発は、液体燃料型から固体燃料型に移行を図る方針が伺える。同国内の軍事パレードでは、固体燃料型のICBMとみられるミサイルの発射筒(の模型)がすでに披露されているが、実戦向けにどこまで技術開発が進んでいるのかは不明だ。
ICBMはともかく、北極星2より射程を延ばした新型の中距離弾道ミサイルあたりは完成している可能性がある。そうであれば、それを山なり軌道で日本列島沖に着弾させる試射をしたい頃合いかもしれない。
「言ったことはほとんど実行してきた」という事実
北朝鮮軍の女性部隊を視察した金正恩委員長。
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ここまで書いたように、北朝鮮は短距離弾道ミサイルの発射を重ね、新型の潜水艦発射型準距離ミサイルもテストし、実績を着実に積み重ねてきた。次にほしいのは、日本列島越えのミサイル発射の実績だ。
しかし、いきなりそれをやるのではなく、あくまで他国のせいにして、自分たちの行動を正当化してから発射へと動くのが、これまでの一貫した北朝鮮のやり方だ。
今回、日本に責任をかぶせる理屈をことさら強調しているのは、単なる言葉上の脅しではなく、実際に行動するための布石と考えるべきだろう。
北朝鮮は国際社会を欺き続けている印象があるが、実は、自己正当化の理屈を主張することに関しては一貫している。そして、見逃してはならないのは、これまで言ったことはほとんど実行してきたという事実だ。
逆に言うと、最初からやる気がないこと、自分たちの行動を正当化する布石にならないことを、北朝鮮はわざわざ言わない。そう考えると、日本を飛び越えるミサイル発射の可能性は高いとみていい。
年内にも日本列島越え、年明けには……
10月22日、即位の礼を終えて皇居を出る安倍晋三首相。この後、「政治的小人」と北朝鮮から批判されることになる。
REUTERS/Soe Zeya Tun
では、それをいつやるか。
注目すべきは、北朝鮮がかねて対米交渉について「アメリカの一方的な非核化要求は受け入れられない。新たな提案を今年いっぱい待ってやる」と発言していることだ。つまり、2019年末までにアメリカから妥協案が示されなければ、相応の行動に出ると予告しているのである。
アメリカはさらなる米朝首脳会談を持ちかけたが、北朝鮮は「新規の提案がない」と一蹴している。緊張緩和のためのセレモニー的な会談はもはや拒否するというわけだ。
北朝鮮としても、アメリカがいきなり妥協してくるとは期待していないだろうから、年明けには「アメリカのせい」にして新たな措置をとる準備を進めているだろう。
そうなると、単なる日本列島越えよりは大きなことを狙ってくる可能性が高い。年内に「日本のせい」にして日本列島を飛び越えるミサイル発射を実行し、年明けには「アメリカのせい」にしてそれ以上の措置を行う可能性は十分考えられる。
新たな核実験やICBMの長距離発射実験が選択肢としてあげられるが、それをやれば、トランプ大統領をおだてて米朝の軍事対決を回避し戦力強化を実現してきた、ここまでの有利な状況を失うことになる。
筆者が注目するのは、北朝鮮西部の東倉里(トンチャンリ)にある西海衛星発射場に若干の動きがみられることだ。つまり、新たな衛星打ち上げの可能性があるのだ。
衛星打ち上げであれば、北朝鮮は「どこの国でもやっている。平和利用だから問題ない」と自己正当化できる。そして、北朝鮮融和政策の誤りを認めたくないトランプ大統領が、それを受け入れて不問に付す可能性がある。
ここまで書いたことはすべて推測の域を出ない。金正恩委員長の本当の考えは筆者にはわからない。
ただ、北朝鮮は行動を必ず自己正当化すること、これまで言ったことはほとんど実行してきたこと、の2点を軽視してはならない。
北朝鮮の最近の言動からは、(1)年内のミサイル日本列島横断(2)年明けの衛星打ち上げ、の可能性を読み取れる。いま最高度の警戒が必要であることを指摘しておきたい。
黒井文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。