『転職の思考法』『天才を殺す凡人』とヒットを連発してきた北野唯我さんの新作は2冊同時発売。スマホでも執筆するという。
撮影:岡田清孝
平成の30年間で、時価総額を増やしたベスト10社に共通して高い、あるデータとは何か ——。
『転職の思考法』『天才を殺す凡人』がベストセラーとなった、作家で人材系IT企業の執行役員でもある北野唯我さんは11月28日、『OPENNESS職場の空気が結果を決める』(ダイヤモンド社)と『分断を生むエジソン』(講談社)をそれぞれ別の出版社から、異例の2冊同時発売を果たした。
「全てのビジネスパーソンへの応援ソングを書いた」と北野さんが言う2冊は、職場や組織の問題に行き詰まった人に、どう効くのか。840万件のクチコミデータから浮かび上がった時代のキーワードOPENNESS(オープネス)を軸に、筆者の北野さんに聞いた。
「どう考えても透明感のある方が、開放されている社会の方がいい」
「経営や組織をこれまで見てきて、今年の春くらいに、みんなが求めているのはオープネスなんじゃないかと、ふと思った瞬間がありました。どう考えても透明感のある方が、開放されている社会の方がいい」
北野さんがオープネスというキーワードに行き着いたのは、経営者として書き手として、ここ数年の時代の流れを感知したのがきっかけだ。 そもそも著書で語られるオープネスとは何なのか。
7つのポイントでOPENNESSをみよう。
1.時代をつなぐキーワード
「グローバルなコンテンツを見ていても、レディー・ガガも『アナと雪の女王』もテーマは開放性。開放を世界中が求めている実感があります」
自らが執行役員を務める就活クチコミサービスのワンキャリアは、2019年初頭から「採用の透明化」をキーワードに、エントリーシート(ES)の公開や「#令和の就活ヘアをもっと自由に」といったキャンペーンを打ち出し、画一的で不透明な就活からの解放を訴えてきた。キャンペーンは予想以上に大きな反響を呼んだ。
夫婦別姓を求め国を相手取る訴訟を起こす、サイボウズの青野慶久社長のような経営者も登場した。
セクシャルハラスメントや性的暴行の被害体験を、明るみに出して共有する#Me tooも世界的に大きなうねりとなっている。
「こうした動きを全部統合するのであればオープネスだなというのを感じました。オープネスでいろんなものが説明できるなと」(北野さん)。
2.日本の職場にもっとも足りない要素
日本の職場にもっとも足りない要素「オープネス」の果たす役割とは。
撮影:今村拓馬
「日本の職場に必要な要素のうち、もっとも足りないのは『オープネス』と呼ばれる、開放性である」
著書「オープネス」の冒頭には、こんな下りが登場する。 そして、そのオープネスこそが伸びる組織のキーであることをひも解いていくのが本著の流れだ。
そこでは自らが外部アドバイザーを務めるOpenWork(旧Vorkers)の840万件の社員クチコミデータはじめ『職場のデータ』が大きな役割を果たしている。
北野さんは、過去に「人気が高いけど評価の低い企業データ」を、とあるメディアで公開して、反発を浴びた例をあげながらこう話す。
「現実をオープンにされると怒る人がいるのは事実。データと理論を使って、ある種のグーパンチをかますのがこの本の役割です」
3.歴史的、物理的に失われやすかった
ではなぜ、日本の職場にオープネスは失われやすいのか。
「物理的、歴史的な背景と人口動態的な話があると思います。歴史的背景で言うと、そもそも鎖国の時代があったり島国であることが大きい。閉ざされた空間の中で最適化するというカルチャーや民族性があるのではないでしょうか」(北野さん)。
人口動態に関わるもう一つは「経営が単純だったこと」。これが閉鎖的な空間を、維持させてきた要因ではないかとみる。
「戦後は『アメリカに追いつく』というむちゃくちゃ明確な目標があった。人口増加期は良いものを作れば売れる時期で、単純に事業にフォーカスするだけで経営が成り立ってきました」
しかし平成の30年間は、日本の産業構造も、世界のトッププレイヤーの顔ぶれも大きく入れ替わった。
「平成に入り、人口減少で環境が変わる中で、(オープネスヘの)変化に対応できた企業とできなかった企業とで、明暗が分かれたのでしょう」
4.現場も経営層もオープネスに困っている
「現場も経営者も、本当のことを話すオープネスに悩んでいる」。
「現場も経営者もオープネスに困っている」
コンサルティングファーム時代、そう感じたあるエピソードが北野さんにはある。 とあるプロジェクトが間もなく終わりそうになった時に、自社の役員から「この先も続けるかどうか明日までに考えてきて欲しい」と言われる。
チームの4人で話し合った時は全員が「(プロジェクトの継続は)やめたい」と言っていた。にも関わらず、当日は、自分以外の3人が「やりたい」「やるべきです」と答えたのだ。
「僕はやりたくありませんと言いました。周囲は『こいつ本当のことを言いやがった』と驚いた表情をしていた。しかしそれを聞いた役員は『言ってくれてよかったよ』と喜んだ。現場も経営者も、本当のことを話すオープネスに悩んでいると、実感しました」
5.古い優しさから新しい優しさへ
オープネスな組織と言うと、ふんわりしたものをイメージするかもしれない。しかし著書では、オープネスの高い職場は、仲良しクラブなどではなく「成果を出すために健全に意見をぶつけ合える場」と定義する。 今の日本には、2種類の優しさが存在していると、北野さんは言う。
「1つの優しさは、相手の気持ちばかりを慮り、何も言わない。そこでは、厳しいことを言うのは『優しくない』ことになる」 。ただ、これからの優しさはそうではない。
「もう1つの優しさは、意見と人格を分離させて、厳しいことでもちゃんと自分の考えを言うこと。それが真の優しさです。日本が古い優しさから、次の時代の優しさに移行していく時に、オープネスが大事になる」
6.この30年間で時価総額を増やしたベスト10社に共通すること
過去30年間、時価総額を伸ばした会社に共通して高い項目は、オープネスにまつわるものだった。
撮影:今村拓馬
著書で、平成の30年間でもっとも時価総額を増やしたベスト10社と減らしたワースト10社の「職場環境データ」の比較は一つのクライマックスだ。
風通しの良さ、社員の相互尊重、20代の成長環境など10項目を比較。時価総額を伸ばした企業では、いくつかの項目でそろって数値の高いことが明らかになっている。 そこで浮かび上がってくる共通の概念がやはり、オープネスだ。
「やっぱりそうなんだ、と言うのが感想でした。(ワンキャリアでは)新卒採用を見ているが、学生と話していても、風通しが悪くて、窮屈そうな会社に優秀な人が行くイメージが全く湧かないんです」
オープネスのない組織は、人材が集まらない実感があったのだ。
7.オープンにした方がリーダーにも得である
組織がオープンにならない理由には、リーダーが無能さを知らせたくない意識が働くのではとの指摘に、北野さんはこう言う。
「それは間違いなくあります。でも、実際問題、オープンにした方がリーダーには得なんです」
全て情報をオープンにして風通しをよくすることで、優秀な部下が伸びていく。伸びた部下に「今度は君が下の人を引き上げる役割だ」と伝え、その下が伸びていく。 一時的には恐れる気持ちが働いたとしても「結果的にチームは強くなるはずなんです」(北野さん)。
職場の負が100%なくなることは絶対にありえない
『OPENNESS』職場の「空気」が結果を決める(左)と『分断を生むエジソン』は同日に別々の出版社から発売された。
同時発売の『オープネス』と『分断を生むエジソン』を読んでみると、2冊が対をなしていることが見えてくる。 これからの組織の成長のカギを示唆するオープネスは、いわば「ロジカル」な経営書。一方、女性起業家を主人公に、物語仕立てで、現代社会の分断を解くエジソンは「エモーショナル」な指南書。
なぜ、2冊同時発売だったかについて北野さんはこう言う。
「よくアートとロジックみたいに言われますが、どう考えても両方重要。その両方重要だということを一冊の本で表現するよりも、同じ著者がまったく同じタイミングで2冊同時に出す方が、腹落ちするなという感覚がありました」
データを活用したオープネスは「チームを作りたい、改善したい悩みに答えてくれる武器を渡すイメージ」。 エジソンも「むちゃくちゃ陽気な人のための本ではない」と言うように、葛藤する人物が主人公で、いずれも不安や悩みと向き合う本だ。
完璧ではなくてもできることはある
「僕がすごく好きな言葉に『防災ではなく減災』というものがあります。災害が起きた時に100%被害を防ぐことはできない。職場の負も同じで、100%なくなることは絶対にありえない」
けれど、透明性の高い空間でハラスメントは 確実に減るし、経営開放性が高まれば、現場の人も戦略を理解するスピードが早くなる。
「完璧な世界にはならないけれど、減災はできる」
2冊は読み手に、そう、語りかけてくる。
(文・滝川麻衣子、写真・岡田清孝)