いじめで泣き寝入りの後悔から誕生。大ヒット『こども六法』制作者2人も被害者だった

子ども向けに法律の条文を分かりやすく説明した「こども六法」が、8月の発売から3カ月で20万部のヒット作となっている。

自費出版として世に出したのが5年前。なんとか出版社から出したいと断られ続けながらも諦めなかったのは、子どもの頃いじめの被害に遭った2人の青年が、「いじめは犯罪」だと子どもたちに伝えなければいけない、という強い思いを持ち続けたからだった。

「法律知らなかったから泣き寝入り」から

現在のこども六法(写真左)と、山﨑さんが400部印刷した原本(写真右)。

大ヒット中の『こども六法』(写真左)と、山﨑さんが5年前に400部印刷した原本。

提供:有馬知子

「こども六法」は、いじめや児童虐待に関わる法律を中心に、動物のイラストを付けて分かりやすく説明している。トイレにいるウサギが水を掛けられる場面で、「けがをさせなくとも暴行になる」と伝えるなど、子どもたちが学校内で遭遇しそうな場面を取り上げ、「いじめは犯罪」だと納得できるように工夫されている。

著者の山崎聡一郎さん(26)は小学校高学年の時、同級生からいじめを受けた。下校中に後ろから蹴られて道路脇の畑に落ち、左手首を骨折したこともある。

当時から「自分のされていることは犯罪ではないか」という漠然とした思いはあったが、それが確信に変わったのは中学に入って、図書館で六法全書を読んだ時だった。

「法律を知らなかったから、被害を訴えられず、泣き寝入りしてしまったのだと後悔しました。これが原体験になって、被害を受けた子どもが法律を正しく知り、大人に助けを求められるような本を作りたいと考えたんです」(山崎さん)

慶應義塾大学総合政策学部在学中の2014年、大学の助成金10万円を使って『こども六法』の原型となる400冊を製本した。いくつもの出版社に相談したが、どこも「面白いね」と言ってくれるだけで、出版しようと手を挙げてくれる社はなかった。

「監修の手間がかかる上、子ども向けの法律書など売れない、という判断もあったと思います」(山崎さん)

弘文堂で出版の企画が通ったものの、法律専門書などを手掛ける同社には児童書のノウハウがなく、なかなか実際の制作に至らなかった。

「大人にチクるのは負け」と相談できなかった

小川凛一さん(写真左)と、こども六法著者の山﨑聡一郎さん(写真右)。

小川凜一さん(写真左)と、『こども六法』著者の山﨑さん。

著者提供

「そういえばあの本、出たのかな」

小川凜一さん(26)がこども六法のことを思い出したのは、2017年末だ。

小川さんもまた、中学時代にいじめを受けていた。上履きは、毎日のようにトイレに投げ捨てられていた。同級生が円陣を組む中に投げ込まれ、寄ってたかって蹴られたこともある。だが、

「自分で戦いたい、大人に『チクる』のは負けだという思いがあり、誰にも相談できなかった」(小川さん)

結局、何もできない無力感を味わった。

それだけに大学時代、インターン先で知り合った山崎さんに、『こども六法』の原型を見せられた時は「いじめを受けていた時の自分が欲しかった本だ」と、衝撃を受けたという。

卒業後は広告プランナーなどをしていたが、「世の中に本当に必要とされるものを、広告の力で支援したい」と、新規事業や社会活動に関する広告制作団体「Creative Capital」を立ち上げた。最初に何を手掛けるか考えた時、真っ先に思い浮かんだのが、『こども六法』だった。

山崎さんに連絡を取ると、制作は停滞しており、「メインの活動からは外している」という返事。小川さんはすぐさま「必要としている子が絶対たくさんいるから、会おうよ!」と誘った。

小川さんらは出版に向けたクラウドファンディングを実施。いじめの様子を再現したインパクトのある動画を添えたことが幸いし、当初の目標額100万円を大きく上回る約180万円を集めることができた。2018年10月、制作が本格的にスタートした。

いじめ自殺防ぐため9月1日に

こども六法に掲載されている図

山崎さん提供

だが制作中、2人の考えは「だいたい食い違ったよね」と、お互い顔を見合わせて笑う。

小川さんは、「僕のような法律に関心のない子にも、手に取ってもらいたい」という思いが強かった。そこで「こうした方が分かりやすいよ」と言うと、山崎さんは「それじゃ法律的に正しくなくなる」。やっとのことで文章を練り上げても、「専門家の監修を受けるたびに原文に戻っていった」(小川さん)。それをまた、山崎さんが交渉してギリギリの分かりやすい表現へと押し戻す。

2人は「(いじめ自殺が最も増えるとされる)9月1日までには、何としてでも発売を間に合わせる」という決意を共有していた。時間の許す限りの修正を重ね、8月20日、本を世に送り出した。

「きみを強くする法律の本 いじめ、虐待に悩んでいる君へ」という帯文は、小川さんが「中学当時のオレに言いたかった言葉」だという。

「法律を知ったら強くなれるぞ、相談するのはチクった弱虫じゃない、正当なことなんだぞと、伝えようとした」(小川さん)

「小川君が声を掛けてくれなかったら、本の企画そのものがつぶれていた可能性は高いし、少なくとも今のような良いものにはならなかったと思う」(山崎さん)

法律知れば強くなれる 当時の自分に伝えたい

こども六法に掲載されている図

著者提供

『こども六法』は発売から話題となり、山崎さんたちも多くのマスコミに取り上げられた。大人たちからは「難しすぎるのではないか」という声もあったが、子どもは想像以上に「大人」だったという。

当初、メインの読者層を小学校高学年と想定していたが、「総ルビのせいもあり、把握している読者で最も幼いのは5歳。高学年だと、これを読んで親に『本物の六法を買って』と言い出す子もいるそうです」(山崎さん)

そして、「いじめや虐待に悩む子どもたちがSOSを出せるよう、1クラスに1冊、こども六法を置いてほしい」と話す。実際に全クラスに置いた、という好意的な学校もある一方で、「いじめは法律ではなく、道徳で止めるべき」「子どもが過剰に権利を主張するようになる」などとして、導入に慎重な学校もあるという。

小川さんは、後者の意見に反論する。

「神戸の教員パワハラ問題で端的に示されたように、いじめ問題の根底には教員の人権に対する意識の低さがある。『こども六法』を読んだ子どもたちが『先生、それは違法ですよ』と言えるようになった方が、むしろ学校現場は改善されるのではないか」

中には「こんな本で、加害者を止めることはできない」という批判も。2人は「救われる子が少しでもいれば、それだけで本の意義はある」と口をそろえる。

山崎さんは、慶応大SFC研究所員として研究を続けるかたわら、こども六法の出張授業などにも応じている。最後にこう話した。

「大人は子どもたちに、いじめは犯罪だと知る機会を提供するべきだ。そして助けを求められたら、きちんと子どもたちをいじめから救い出すのもまた、大人の義務だと肝に銘じてほしい」

(文・有馬知子)

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