「脳の再生」という夢の実現まであと一歩。バイオベンチャー・サンバイオの挑戦

研究室の風景

サンバイオは2001年にアメリカで創業した創薬ベンチャー。日本法人が設立されたのは2013年。写真はアメリカの研究現場の様子。

提供:サンバイオ

脳も無数の細胞からなる“臓器”の一つである以上、再生医療の発展によって、脳を再生させることもできるのではないだろうか —— 。

2001年にアメリカで創業したバイオベンチャーのサンバイオは、傷ついた脳を治療する夢の治療薬の実現まで、あと一歩のところまで迫っている。

後遺症からの回復を実現する夢の治療薬

脳梗塞や脳損傷をはじめ、脳疾患になるとリハビリを行うことで運動機能の回復を図る。しかし、脳疾患の発症からある程度時間が経過してしまうと運動機能の回復は鈍くなり、多かれ少なかれ後遺症が残る

「再生細胞薬『SB623』を使うと、患者の運動機能が一定程度回復するとみられています。今後の研究によって、効果をさらに大きくすることも目指していきたいと思っています」

そう語るのは、サンバイオ社長の森敬太氏だ。森社長によると、SB623を投与することで、まったく歩けなかった人が少し歩けるようになったり、会話できなかった人が話せるようになったりという例があるという。

欠損を補うのではなく、再生を促す「再生細胞薬」

サンバイオが開発する新薬は、人の骨髄から採取された間葉系幹細胞を元に作成された「再生細胞薬」と呼ばれるものだ。

間葉系幹細胞はさまざまな細胞に変化(分化)できるiPS細胞やES細胞などと同じ「幹細胞」の一種。しかし、万能細胞とも呼ばれるiPS細胞やES細胞と比べて、間葉系幹細胞の分化する能力はさほど高くはない。それでも、骨や血管などをはじめ、体を構成する多くの細胞に分化することが知られており、iPS細胞やES細胞が登場する前から長年研究が続けられてきた。

間葉系幹細胞の電子顕微鏡画像

ヒト間葉系幹細胞(MSC)を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した画像に色をつけたもの。

STEVE GSCHMEISSNER/SCIENCE PHOTO LIBRARY

「再生医療」と聞くと、iPS細胞などを培養して欠けた部位を補うような治療をイメージする人が多いかもしれないが、SB623は失われた神経細胞の代わりになるわけではない

脳梗塞や脳損傷などで後遺症が残るのは、脳の神経細胞が失われてしまうためだ。大人の脳は、子どもの脳に比べてほとんど成長しない。だから、大人になってから脳についた傷は治らない ——。これは100年近く信じられてきた医師たちの常識だった。

しかし1998年、慶應義塾大学医学部教授の岡野栄之博士(サンバイオ創業科学者)によってその常識が打ち破られる。大人の脳の深部にも増殖可能な神経細胞の素(神経幹細胞)が存在していることが明らかにされたのだ。

サンバイオ社長

サンバイオ社長の森敬太氏。

撮影:三ツ村崇志

森社長は、SB623の可能性を次のように語る。

「SB623を脳の損傷部に注入すると、脳の深部にある神経幹細胞を引き寄せる効果があります。SB623の投与をきっかけに神経幹細胞が損傷部に集まり、細胞分裂を繰り返す。結果的に、脳梗塞や脳損傷で失われた神経細胞が再生し、脳機能の回復が見込めます」

つまりSB623は、神経細胞の代わりになるのではなく、神経細胞の増殖を促すはたらきをすることで、脳を再生させるのだ。

順調な歩みから急転の「サンバイオショック」も、開発は継続

脳の病気は、脳梗塞や脳出血、脊髄損傷やアルツハイマーなど多様だ。

サンバイオは現在までに、慢性期(=発症してから時間が経過し、症状が安定した状態)の脳梗塞と、同じく慢性期の外傷性脳損傷の患者に対する臨床試験を実施している。

再生細胞薬の用途

サンバイオは、まずは慢性期の脳梗塞・脳損傷の患者に対する治療薬としてSB623を提供しようと臨床試験を進めてきた。最終的には他の疾患に対する治療薬としての適用も目指す。

出典:サンバイオ

慢性期の脳梗塞の患者に対する臨床試験は、2011年以降にアメリカで行われた。実際の脳梗塞の患者に薬を投与し、製品としての安全性と高い有効性を示唆する結果を得た(第1/2a相試験、下の臨床試験結果を参照)。

しかしその後、2019年1月に発表された次の臨床試験(第2b相試験、同)の結果は意外なものだった。

第2b相試験は、SB623を投与した患者と投与していない患者の間で、脳梗塞からの回復具合を比較する試験。いわゆる、二重盲検試験だった。薬を投与した患者達の状態が大きく改善することが期待されていたが、サンバイオが想定していたほどの顕著な違いは見られなかったのだ。

この発表後、同社の株価は約5分の1まで急降下。この株価の急下落は、のちに「サンバイオショック」と呼ばれるようになった。

森社長は、慢性期の脳梗塞の患者に対する第2b相試験の結果について、次のように語っている。

「今まさに解析を進めており、現段階ではまだ詳細はお話しできません。サンバイオとしては、全体を把握する中で、脳梗塞の治療薬を諦めたわけではなく、開発は継続する予定です

臨床試験

サンバイオの臨床試験の結果。特に慢性期の脳梗塞の患者は非常に数が多く、第2b相臨床試験の結果には落胆が大きかった。

出典:サンバイオ

まずは日本で、外傷性脳損傷の治療薬として発売を目指す

慢性期の脳梗塞に対する治療薬の実現は足踏み状態となっているものの、サンバイオは2018年11月に日米それぞれで行われた慢性期の外傷性脳損傷の患者に対する第2相試験の結果も報告している。こちらの結果は芳しいものだった。

「外傷性脳損傷の患者に対する第2相試験では、二重盲検試験で想定していた目標を達成しました。

日本では2014年頃から再生医療に関する規制緩和が進み、世界で一番薬の開発環境が良い国になりました。今回の第2相試験の臨床試験の結果をもって、新薬としての承認申請の準備をしています」(森社長)

海外で薬として承認されるには、さらに検証的臨床試験(第3相試験)を実施して、効果を確かめる必要がある。

一方、再生医療などに対して第2相試験までの結果をもとに新薬としての承認申請ができる「条件及び期限付き承認制度」のある日本では、世界に先駆けて承認を目指すという。

この制度は、新薬の承認のために患者にリスクを強いることにつながりかねないとして、国内外からの一定の批判もある。一方で、治療法のない病に悩まされる患者にとっては、なかなか新薬が承認されない現状を打破する大きな助けにもなるだろう。

サンバイオでは、まずは薬として世に出すために、臨床試験を行いやすい慢性脳梗塞や慢性外傷性脳損傷の治療薬としての研究を進めてきた。細心の注意を払いながら、最速で薬として提供するためだ。

一度薬として承認されれば、適用できる病気の範囲を少しずつ拡大させることも視野に入れやすい。アルツハイマー病やパーキンソン病など、従来は回復が難しいとされてきた他の疾患の治療薬として、再生細胞薬が使われる未来が訪れる日も、そう遠くはないのかもしれない。

(文・三ツ村崇志)

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