どんな会社や組織にも理想と現実のギャップはつきもの。就職してしばらく経つと、会社の嫌なところが目につくようになるものです。
学生の採用に携わる“リクルーター”は、社内でそれなりに評価されている人材が担当することが多い傾向にあります。「デキる先輩たちに囲まれて成長できる職場だと期待して入ったのに、見込みと違った」とがっかりするケースは往々にしてある話です。
雇用を巡るニュースを見ても、トヨタ自動車や経団連のトップが終身雇用の限界を指摘したり、長らく安泰と見られてきた銀行でも人員削減の動きが本格化したりと、就職できても一生安泰という時代ではなくなりました。そう思うと、余計に会社勤めのメリットを感じにくくなるかもしれません。
増える若年フリーランス
厚生労働省「新規学卒者の離職状況」によると、2018年3月に大学を卒業した新社会人のうち、11.6%が1年以内に離職しています。
業種によって離職率にバラつきはありますが、サービス業は離職率が高い傾向にあります。「宿泊業、飲食サービス業」「生活関連サービス業、娯楽業」「教育、学習支援業」では、1年以内に約5人に1人の大学新卒社会人が会社を辞めているのが実情です(図表1参照)。
学生の中にも、内定式やその後の懇親会、そして、まだ社員でもないのに実質的に強制参加の入社前研修などで会社勤めの現実を垣間見て、内定を辞退してフリーランスになろうと考える方もいるでしょう。雇われる側ではなく雇う側になろう、と起業を考える方もいるかもしれません。
厚生労働省「就業構造基本調査」によると、2012〜2017年の5年間で、若い世代でフリーランス(統計上の名称は「自営業主」)の人口が増えています(図表2参照)。
(出所)厚生労働省「就業構造基本調査」(2012年、2017年)をもとに筆者作成。
世の中の流れからも、心情的にも、フリーランスを選択する若者が増えることは理解できます。ですが、一歩踏み出してしまうと元の道に戻れないこともあるので要注意。決断する前にはメリット・デメリットを十分に考えておきたいものです。
そこで今回は、社会人経験が浅いうちにフリーランスになる(あるいは起業する)ことについて、さまざまな視点から考えてみましょう。
単価には100倍以上の開き
フリーランスになるときの一番の心配は、何と言ってもお金ではないでしょうか。
給料がもらえるサラリーマンと違って、フリーランスになると安定した収入が見込めなくなります。仮に仕事があっても、仕事をしてから実際に売上が銀行口座に振り込まれるまでに1カ月以上かかることもめずらしくありません。
仕事の単価に甘い期待は禁物です。自分の希望業種の単価がいくら程度なのか、まずはインターネットで調べておきましょう。できれば、実際にその業種で何年も仕事をしている方からリアルな話を聞くことをお勧めします。
例えば、フリーランスライターはどうでしょうか。
記事やブログ(例えば「Webコンテンツの原稿料はなぜ安いのか?」や「大きな声じゃ言えない、ライターの原稿料の話」など)、知人のライターや編集者の方々からヒアリングした内容を総合すると、ネット記事のライティングの仕事の場合、1記事(2000~3000字)あたり、下は数百円から上は数万円、なかには10万円以上のものまで。ライターの専門性や知名度、掲載される媒体の違いなどで100倍以上の開きがあることになります。
職業経験が浅く高い専門性を評価されない場合は、単価も安く、匿名の記事になってしまいます。これでは、自分の知名度を高めて次の仕事につなげるということも難しいでしょう。
「生活費の工面にバイト」の落とし穴
駆け出しのフリーランスの悩みは生活費の確保。アルバイトで目先の収入を確保したいところだが……。
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「目先の収入が少ないから、アルバイトをして生活費を工面しよう」と考える人もいるでしょう。しかし、フリーランスのアルバイトには注意が必要です。
アルバイトに時間を割いた結果、本業の専門性を高めたり、営業に当てる暇がなくなるというケースを見聞きします。やりたいことがあってフリーランスになったのにこれでは本末転倒です。
しかも「食べていける」というのは、案外厄介なものです。たとえそれが本業ではなくアルバイトからの収入であっても、「食べていけるならそれでもいいや」と現状維持のバイアスが働きます。何とか生活できてしまうので、リスクを取って本業へと軸足を移しきれずにいるうちにズルズルと時間が経ってしまっていた、なんてことにもなりかねません。
勤続年数10年以上の社会人経験を積んで、ある程度の貯えができてからフリーランスになった方たちの話を聞いていると、初年度の赤字を覚悟したうえで、翌年以降の種まきのために時間もお金も使い、目先の生活費欲しさのアルバイトはまったくしなかった、あるいはせいぜい最小限に抑えたというケースが多いようです。
いっとき預金が減ってしまっても、赤字を繰り越せば翌年以降に利益が出たときの節税になります。長期の視点に立って、得をするように計画を立てましょう。また、アルバイトのせいで本業が疎かになったり、本業で依頼が来た時に身動きがとれなくなる事態は避けたいものです。
多少の不安があっても、あくまでも本業を大事にする——こういう腹のくくり方は、お金が貯まる前に会社を辞めてしまうとなかなか難しいものです。
出資話は要注意!経営権を握られることも
私は仕事柄、フリーランスや起業を考える学生、20代の社会人の相談を受ける機会があります。アドバイスを求められると、私は決まって「手許の資金に余裕がないのであれば、親兄弟・親戚を頼れ!」と答えるようにしています。
頼るべきは信頼のおける身内。フリーランスになるなら見栄を張っている場合ではない(写真はイメージです)。
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成人してから親に頼るのは恥ずかしいかもしれませんが、フリーランスや起業したばかりの会社は、業歴のある会社の社員と違って信用がありません。保証人を求められるケースが増えるので、身内にハンコをお願いすることになります。
また、学生ベンチャーの失敗談としてたまに聞くのが、「借金するわけではないから」と、気安く出資を受けてしまうパターンです。
企業経営の重要事項を決める際は、出資比率に応じて権利が強くなるので、起業して社長になっても出資者にはかないません。事業が軌道に乗ったタイミングで出資者と揉め、多額の借金をして経営権を奪い返した、なんてこともあるそうです。
赤の他人の善意をどこまで信じるかの見極めは、社会に出て実地で学んだり、怖い話を見聞きしないとなかなか身につくものではありません。無用なリスクをとらないためにも、親類に頼れる先があるのなら、恥ずかしいなどと言っていないで力を貸してもらうことをお勧めします。
フリーランスの「老後3000万円問題」
フリーランスはサラリーマン以上に「体が資本」。健康管理も自己責任だ。
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フリーランスの場合、自分のスキルを高め、信頼を獲得し、ブランドを確立していかなければなりません。営業も交渉も経理も自分で行う必要がありますし、事業計画もスケジュール管理も自己責任です。
加えて、フリーランスの弱点は社会保障が手薄なところ。体調管理も含めて、サラリーマン以上に自分の身は自分で守らなければなりません。有給休暇はありませんし、国民健康保険には傷病手当金もありません。病気や怪我で働けなくなると収入が途絶えてしまいますから、覚悟と備えが必要です。
若いうちは自分が病気になるとは思わないものですが、病気をした人も「自分が病気になるとは思ってなかった」という人がほとんど。事故や病気は無視できないリスクなので、多めに貯金しておいたり、保険に入ったり、小規模企業共済の貸付制度を利用したりと、対応策を考えておかなければなりません。
現役の時だけでなく、引退後のお金の問題も考えておく必要があります。
2019年6月、金融庁が公表した報告書に端を発する「2000万円問題」が話題になりました。老後は年金とは別に2000万円が必要になると指摘する内容でしたが、これはそもそも、サラリーマンなど厚生年金に加入している場合の話。フリーランスのケースはどうでしょうか。
フリーランスは、サラリーマン以上に老後の備えに念を入れよう。
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国民年金だけのフリーランスの場合、節約した生活を送っても、毎月10万円は貯蓄を取り崩すことになり、年間では120万円になります。65歳の平均余命は男性で約20年、女性で約24年なので、多くの人は90歳まで生きます。65〜90歳までの25年間、毎年120万円が必要だとすると、合計では3000万円。将来、年金支給額が減る可能性は高いので、計画的に貯蓄する必要があります。
会社勤めの場合、勤続年数に応じて退職金は増えますが、フリーランスに退職金はありません。老後に必要な資金を蓄えるには、1000万円の差以上の努力が必要になります。
フリーランスの年金に興味がある方は、プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会のサイトに筆者が寄稿した「老後の備えどうしたらいい? サラリーマンとは違うフリーランスの資産形成」や「資産形成の強い味方。小規模企業共済、国民年金基金、iDecoを徹底比較!」をぜひ参照してみてください。
厳しいことも書いてきましたが、組織や上司に振り回されず、自分が納得したうえで仕事できるのがフリーランスの最大の利点。納得できる仕事をして満足できる収入を得るためにも、情報収集や準備を十分に行うことをお勧めします。
※本連載の第4回は、2月18日(火)の更新を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
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