火災の被害に遭った首里城の再建プロジェクトには、現在6億円超の寄付が集まっている。
出典:ふるさとチョイス
2019年はふるさと納税を通じた災害支援の動きが目立った。
首里城の再建支援プロジェクトは開始から12日で5億円を集め(12月9日現在は6億円超)、被害が広範囲に及んだ台風19号・21号の被災地への寄付額は6億円超に上った。
ふるさと納税は制度施行から11年目を迎え、その受入額は毎年伸び続けている。近年は寄付を獲得するべく自治体間の「返礼品競争」が過熱していたが、2019年、災害支援を通じて顕在化した「返礼品ではなく、使い道を選んで納税・寄付をしたい」というニーズは、寄付後進国と言われる日本の常識を変えるのだろうか?
「初めて返礼品なしで首里城に寄付した」
ふるさと納税にクラウドファンディングを利用する取り組みが広がっている。
ふるさと納税サイト『ふるさとチョイス』を運営するトラストバンクが始めた『ガバメントクラウドファンディング』は、寄付金の具体的な「使い道」をプロジェクト化し、その使い道に共感した人の寄付を募る仕組み。
返礼品を設けているプロジェクトもあるが、その大半は「お礼の手紙」など。寄付金の「使い道」への共感が寄付の前提となっており、「返礼品目当て」の寄付とは一線を画する。
「首里城のクラウドファンディングやってみた。あれはふるさと納税なんだね。返礼品はありませんとの事だったが、龍潭からアヒルどもと一緒にあの美しい姿をまた見るとができればそれ以上に嬉しい事はないね。」
「ここ数年、毎年地元にふるさと納税して返礼品をいただいているんだけど、初めて返礼品無しの首里城に寄付した。そもそもふるさと納税は返礼品目的でするもんじゃない、って制度の趣旨を思い出したわ。」
トラストバンクによると、2019年度は121自治体が203プロジェクトを立ち上げており(11月26日時点)、2018年を上回る勢い。
その直接的な理由は、2019年6月の法令改正の影響だと、トラストバンクの広報担当者は語る。
法令改正により「返礼品の返礼割合を3割以下とする」「返礼品を地場産品とする」旨が明確化されたことを受け、豪華な返礼品のみで寄付を集めることが難しくなった背景があるという。
実際に多くのプロジェクトが目標金額を達成している。
トラストバンクによると、ガバメントクラウドファンディングのプロジェクトの達成率は、2016年には2割程度だったが、2018年から4割強(11月末時点)にまで増加。自治体のPRの成果もあり、寄付枠の全てを返礼品目当てに使用するのではなく、クラウドファンディング型の寄付を選択する納税者が増え始めていることが伺える。
“95歳の同窓生”からの寄付も
「未来を担う若い世代のためにふるさと納税したい」という人も。
撮影:今村拓馬
地域の取り組みや問題点に訴求し、自治体“内”の住民に寄付を募ることができる点も、クラウドファンディング普及の背景と考えられる。
総務省は各自治体に対し「自治体内の住民に対し返礼品を送付しない」よう呼びかけているため、自治体はこれまで、返礼品を使った訴求が住民にはできなかった。だからこそ趣旨に賛同してもらった上での“寄付”は頼みの綱だ。
カニ、漆器、宿泊券といった魅力的な返礼品を豊富に取り揃えている石川県加賀市も、「返礼品のない」クラウドファンディングの取り組みを2018年から行っている。
加賀市とNPO法人みんなのコードは、日本初のコンピュータークラブハウス(子どもたちが学校外でコンピューターをはじめとしたテクノロジーに触れることによって、自己肯定感を身につけることを目的とした施設)を市内に設立するプロジェクトを実施し、目標金額の1000万円を達成した。
市内や周辺地域だけでなく、コンピューター関連の仕事に携わる人から全国的に寄付が集まった。
「すべての子どもたちに、テクノロジーに触れる場所を」とのクラウドファンディングは1000万円を突破した。
出典:ふるさとチョイス
寄付をした人たちによる応援メッセージには「未来の子どもたちのためにぜひ成功させてください」などのほか「現在95歳の大聖寺高校の同窓生です。将来をになう皆様に少しでもお役に立てば幸いです」という言葉も。地元高校の“先輩”からの寄付もあることが伺える。
第二弾となる今回は、設備の拡充費用や教育資金などを寄付の使い道としている。
Twitterには、他にも多くの「地元にふるさと納税をした」との声があふれる。
「思えば、我が町尼崎に直接税を払ったことないなと思ったので、返礼品不要のふるさと納税をした。使い道どうする?って聞かれた。母校のV字補強された写真が載ってたので、じゃあこれで他の学校にもって指定した。わいは尼を捨ててへんで。いつか帰ったる。」
「ふるさと納税は生まれ育ったふるさとで全額使う。返礼品はぜんぶ実家や親戚に送る。制度の趣旨に沿って利用しているだけで、特別な使い方をしているわけではないけどすごく良い使い方をしている気分になる。」
世田谷区は「返礼品はダブルスタンダードになる」
世田谷区は54億円の税収流出に悩む。(写真は10月に上陸した台風19号時の多摩川)
撮影:松田祐子
ふるさと納税により431億円の税収減が見込まれている東京23区でも、クラウドファンディングを利用する動きが広がっている。
54億円という23区トップの「住民税流出」に頭を悩ませる世田谷区は2019年、ふるさと納税対策PRプロジェクト「ふるセタ」を立ち上げた。子育てや教育、福祉といったさまざまな使い道を提示し、クラウドファンディング形式での寄付を呼びかけている。
こうした取り組みの背景には、ふるさと納税に対する世田谷区の複雑な思いも見え隠れする。
税流出に悩む世田谷区には「魅力的な返礼品を開発するべきでは」との声もある。だが、世田谷区ふるさと納税担当課長の中西成之さんによれば、返礼品を打ち出すことの“弊害”もあるというのだ。
「経済的に厳しい状況にある地方を支援することは、ふるさと納税制度の趣旨の一つだと思っています。それなのに世田谷区が総力をあげて返礼品を開発し、地方から寄付を集めるようなことをしたら、それはダブルスタンダードにも過ぎるのではないでしょうか」
「だからこそ、クラウドファンディングを通じて、こうした問題が区に存在することを区民の方に知っていただくことに意義がある」と中西さんは語る。
特に多くの寄付を集めたのが、児童養護施設を退所した若者のために大学等への進学に必要な奨学金を募るプロジェクトだ。3年間で寄付は累計1億円にのぼり、経済的理由から進学を断念せざるを得なかった若者の進学を区民の寄付が支えている。
返礼品に罪悪感を感じる人は多い
Carl Court / Getty Images
自分ではなく誰かのために返礼品を選ぶ「思いやり型返礼品」と呼ばれる制度で寄付を募集する自治体も増えている。
「ふるさと納税の返礼品で得をすることに罪悪感を感じている方は(実は)多い」と、トラストバンク広報担当者はいう。
こうした納税者の思いを受けて、岩手県北上市と群馬県前橋市、トラストバンクは「思いやり型返礼品」の普及プロジェクト『きふと、』を連携して運営している。「返礼品を選ぶことでできる社会貢献」を掲げ、すでに全国40以上の自治体がこの取り組みを始めている。
先駆けとなった前橋市は、2017年より市内の施設に車椅子を贈るプロジェクトを開始。返礼品として、車椅子が寄付者ではなく施設に贈られる仕組みだ。
「『税金なのにお得なものをもらうのは何か違う』とか『高所得者が優遇されるのはおかしい』といった理由で、ふるさと納税をしていない方は一定数存在します。ふるさと納税の制度に疑問を持つ方ほど、思いやり型返礼品やガバメントクラウドファンディングなどの制度を利用してほしいと思います」(トラストバンク広報)
従来のふるさと納税は「返礼品競争」の過熱を招く、歪みのある制度としてその問題点を指摘されることが多かった。しかし行政に住民の意思を反映させる手段と捉えると、その見え方は180度異なってくる。
寄付後進国の日本に変化の兆し
日本これまで「寄付文化」が根付かない国と言われてきた。
アメリカの個人寄付の規模は日本の40倍。名目GDP比率では日本の10倍に及ぶ。
寄付をしたい、誰かの役に立ちたいという気持ちは潜在的にあっても、忙しい日々の中で実行するのは難しい。しかし「寄付をしたい」と思えるピンポイントな情報に出合えさえすれば、行動に移す人は増えつつあるように思う。
ふるさと納税においては、自治体はそうした寄付者の気持ちを掴むプロジェクトをいかに用意できるかが大切になってくるだろう。
ふるさと納税を通じた寄付者とプロジェクトのマッチングが加速すれば、日本に寄付文化が定着する日は近いかもしれない。
(文・一本麻衣、編集・西山里緒)