ソフトバンクと東京大学。Beyond AI研究所設立を発表。
出典:ソフトバンク
「東大と我々が組むことによって、学生たちに学ぶ機会や、会社を興すチャンスをどんどん与えていきたいと思う。今回の研究所設立が、そのきっかけになれば良いと思う」
ソフトバンクの孫正義会長はこう話した。
12月6日、東京大学とソフトバンクは、世界最高レベルの人材を擁するAIの研究機関になることを目指して『Beyond AI研究所』を開設。研究成果の事業化に向けた取り組みに関する協定を締結したと発表した。
ソフトバンクがBeyond AI研究所に投じる資金は10年間で200億円規模。1年あたり20億円という金額は、国内の産学連携では最大級といえるものだ。
GAFAや急伸する中国への対抗。必要とされたのは大学の力
左からソフトバンクの宮川副社長、孫会長、東大の五神総長、藤井理事。
撮影:おざけん
ソフトバンク・宮川潤一副社長は、世界での熾烈なAI開発競争の中で、アメリカに次いで中国が急伸していることを指摘。「その(中国の)伸びを支えている背景に、大学の力が大きく関わっている」と話す。
日本のAI研究がこれから世界と対等に戦っていくために、大学と強力なタッグを組む必要性を痛感したという。
東京大学とソフトバンクが設立したBeyond AI研究所の特徴は3つ。
・AIに特化した取り組み
・事業化を念頭においた体制
・海外の著名なAI研究者を招聘
今後、2020年春を目標に東京大学本郷キャンパスに基礎研究拠点を設立。『Super AI』と『Hybrid-AI』という2部門を立ち上げる。
『Super AI』では、AIの進化をテーマにAIそのものに関する基礎研究を進め、『Hybrid-AI』ではAIと異分野の先端研究との融合を目指す。
Beyond AI 研究所の基本構想。基礎的な研究は東京大学に設置する拠点で行われ、そこで上がった成果をもとに、竹芝の研究拠点でジョイントベンチャーの設立を目指す。
出典:ソフトバンク
さらに2020年冬には、ソフトバンクの本社が竹芝へ移転するタイミングに合わせて、同社内にBeyond AI研究所の応用研究領域となる『JV-Platform』を設立する予定だ。
JV-Platformは、ジョイントベンチャーの「発射台」としての役割をもつ。社会課題に対して短期間での事業化を目指す研究機関だ。
蓄積された情報だけではなく、リアルタイム情報の活用を
世の中にあるさまざまなデータを活用することはもちろん、リアルタイムで取得されたデータを瞬時に分析していくような試みも進んでいくという。
撮影:三ツ村崇志
最初に取り組む研究は、AIと医療の融合だ。
遺伝子情報はビッグデータそのもの。日本人の遺伝子をAIで解析することで、日本人に合った薬の製造や治療法の提案などを行う研究を進める。
また、五神(ごのかみ)真総長は今後のAIの活用について次のように語る。
「今まで、溜め込んだビッグデータを使ってサービスを行ってきました。しかし、今後は時事刻々と集まってくるリアルタイムのデータに対して有効なサービスをどう作るかが課題になってきます。
日本には、SINETという自由に瞬時に使える大規模な(学術情報)ネットワークが整備されています。これは、世界的に見ても優位なインフラです。このネットワークを有効活用することで、逆転のシナリオの一つを作れるだろうと感じています」
たとえば、豪雨が起きた時にリアルタイムで降雨量を測定し、別の場所にあるスーパーコンピューターを使って、洪水や土砂崩れの予測をするといった活用が想定される。
「10年・200億円投資」で目指す“大学と事業の持続可能なシステム”
Beyond AI 研究所では約150人の研究者を抱えることを想定。世界に名だたるAI研究者の招聘(しょうへい)も念頭に置いている。研究者たちの人件費はもちろん、研究設備などへの投資を進めるためには、年に20億円規模の投資が妥当との判断だ。
CIP制度は、研究段階からスピーディーに事業化できる制度。今回の取り組みでは、CIP制度を活用してベンチャー企業を立ち上げることで大学側が利益を得て、次世代教育などに還元するエコシステムの実現を目指している。
出典:ソフトバンク
また、今回の協定では、経済産業省が定めたCIP制度(Collaborative Innovation Partnership制度)を活用することで、Beyond AI研究所の研究成果をもとに誕生したベンチャー企業から東大側に大きなリターン(利益)が期待できる点が重要だ。
CIP制度は、大学と企業がジョイントベンチャーを立ち上げた際に、研究に貢献した分だけ大学側にリターンがある制度だ。スピーディーにジョイントベンチャーの立ち上げに成功して利益が得られるようになれば、研究所自身が自立的にみずからの活動資金を獲得できる。
現在、東大発のベンチャーは全部で368社。トータルで1兆円規模の価値がある。近年、東大では起業文化が高まりを見せている。その一方で、東大発ベンチャーが増えても、そこから東大へ還元されるシステムがうまく回ってこなかった過去がある。今回のソフトバンクとの取り組みは、この構造を大きく変えるための一手ともいえる。
東大本郷キャンパスの銀杏並木。東大本郷キャンパスの周囲には、無数の東大発ベンチャーが存在する。キャンパス付近は「本郷バレー」とも呼ばれている。
撮影:三ツ村崇志
従来の産学連携とは異なるこのエコシステムをうまく駆動できれば、大学自体が運営組織から経営組織へ転換し、持続的な次世代研究者の育成環境を整えることもつながるだろう。
孫会長は記者発表のなかで、学術界にビジネスの芽を持ち込むことについて次のように語った。
「単なる基礎研究だとお金にならない。それだと仕事にならない。だからちゃんとエコシステムを作っていかないといけない。今後はAIを使ったサービスがたくさん出てくる。そこをうまく回していくシステムを作らなければならない。
日本では今までAIを教えることも、使う先生もいなかった。それが変わり始めている。お金をかけて、事業化まで手伝い、交わることで成長する。そういった交わりが増えていくことを期待している」(孫会長)
(文、写真・三ツ村崇志)