アマゾンの自動運転「DeepRacerリーグ」で日本人が“圧倒的”世界トップになった理由【re:Invent 2019】

deepracer-13

自動運転ロボットカー「DeepRacer」の実物。2019年に国内で開催されたAWS Summitで撮影。

撮影:伊藤有

アマゾン ウェブ サービス(AWS)が主催する自動運転ロボットカー競技「DeepRacerリーグ」の世界大会にあたるファイナルイベントで、日本人が1位・2位をとった。

優勝したSolaさんこと瀧下初香さん、2位のFumiakiさんこと大野史暁さんは、どちらも、大日本印刷の子会社でシステムインテグレーション企業のDNPデジタルソリューションズに所属している。

deepracer-6

DeepRacer世界大会で1・2フィニッシュを決めた、DNPデジタルソリューションズ・チーム。中央が、優勝したSolaさんこと瀧下初香さん、左が2位のFumiakiさんこと大野史暁さん。右は、同社の福田祐一郎社長。

撮影:西田宗千佳

なぜ彼らは勝ったのか? DeepRacerリーグでの経験が自らの仕事にどう生かされているかなどを聞いた。

基調講演会場での世界大会で日本チームが優勝

deepracer-3

レースに使われたコース。ここをはみ出さないように走る速度を競う。

撮影:西田宗千佳

DeepRacerは、AWSが提供している「自動運転ロボットカー」だ。大きめのラジコンカーくらいの大きさの中に、インテルのプロセッサーとカメラ、ジャイロセンサーなどを搭載しており、特定のコースを「自動運転」で走る。人が直接運転するわけではない。

元々は、AWSが機械学習のひとつである「強化学習」をエンジニアに学んでもらうために作った競技だ。DeepRacerを走らせ、道を正しく走る方法を学ばせていく過程から、機械学習についての知見や開発手法を身につけることを狙っている。

deepracer-3-1

カウルを装着するとこんな形に。写真でAWSと書いている側が、実は後部。国内のAWS Summitで撮影。

撮影:伊藤有

そのDeepRacerで競技を行うのが、「DeepRacerリーグ」だ。バーチャル空間でのレースや実車でのレースを通じてコース一周を完走した際のラップタイムを競い合う。

開催中のアマゾンAWSのイベント「re:Invent 2019」では、世界大会にあたるファイナルイベント「チャンピオンシップ」が開催された。会場にはコースが作られ、そこで実際にDeepRacer実機を使ってレースが行われる。今回は世界中から64名がチャンピオンシップに参加。3日間のトーナメント戦を戦い抜いた。

deepracer-1

優勝トロフィーが壇上に。これを64人で争った。

撮影:西田宗千佳

決勝に進んだのは、日本からの参加者であるSola(瀧下)さんとFumiaki(大野)さん。そして、台湾から参加したRogerさんだ。

deepracer-2

壇上に決勝進出者があがり、実際にレースを行った。

撮影:西田宗千佳

実は、Solaさんは、予選の段階で世界最高記録を出している。そのため壇上でも「ワールドレコードホルダー」として最有力視されていた。

結果的には下馬評通り、Solaさんが10秒236、Fumiakiさんが11秒065、Rogerさんが12秒156となり、Solaさん・Fumiakiさんの日本勢1・2フィニッシュで幕を閉じた。

deepracer-4

決勝のフィニッシュタイム。Sola(瀧下)さんが10秒台を出して優勝。

撮影:西田宗千佳

DNPデジタルソリューションズに「DeepRacerのチーム」が誕生した理由

deepracer-23

Solaさんは国内開催のAWS SummtでBIJapanが取材したタイミングでも上位にランクインしていた。

撮影:伊藤有

前述のように、Solaさんこと瀧下さん、Fumiakiさんこと大野さんともに、DNPデジタルソリューションズに所属している。

実は、6月に東京で開かれた大会でも、DNPデジタルソリューションズの社員が1位から3位まですべてを独占している。

なぜ同社はこんなにDeepRacerに強いのか? それは、社内で積極的に活用を促進してきたからだ。実は現在、全国に散らばる同社の組織内に84名のDeepRacerプレイヤーがいて、技術支援を含めると100名を超える「一大チーム」が結成されている。

機械学習専門家の育成のために業務命令が下って……というストーリーを思い浮かべがちだが、実際は大きく違う。

DNPデジタルソリューションズの福田祐一郎社長は、「完全に社員側からの活動」だと話す。

「昨年(2018年)のre:InventでDeepRacerを知った社員から、やってみたいという声が挙がったのが最初です。当初は少数でした。しかし、弊社内でもAWSに関心を持つエンジニアが増えたことから、楽しみながらAWSと機械学習を学ぶ手段としてDeepRacerを使おう、ということになりました。すると全国から手が挙がりまして……」(福田社長)

deepracer-26

DeepRacerの性能。AWS Summitにて撮影。

撮影:伊藤有

実際、瀧下さんは大阪支社に所属し、大野さんは東京。その他にも福岡と、全国のDNPデジタルソリューションズの社員がDeepRacerに参加している。

東京・五反田にあるDNPにはDeepRacer用の「リアルコース」が独自に作られ、自社での研究や他社を招いての「プライベートレース」も開催している。

とはいうものの、実は2人とも、社内ではAIの技術者というわけではない。

瀧下さんは奈良工場で印刷関連の業務に付いており、大野さんはスマホアプリの開発がメインだ。あくまで「新しいスキルを身につける」ことを目的とした活動だったのだ。

「学習には2時間くらいかかるのですが、まず学習を設定して2時間業務を行い、また結果を見て学習を設定して2時間業務……という感じです」(瀧下さん)

瀧下さんは、作業中の様子をそう語る。

大野さんは元々、DeepRacerで学ぶ社内コミュニティの運営側に近い人物だったのだが、「気になっていたのでやってみたらハマってしまった」と笑う。

「今回の成果は、もちろん、2人の個人の能力が高かったこともあるのですが、多くのメンバーが切磋琢磨して競い合ったのが大きかったのではないか、と思っています。

これに限らず、弊社では若手から『こういうことがやりたい』と手を挙げる文化が定着しています。今後は社員教育への利用などにも広げていきたい。

求めているのは、AIの専門家ではなく、AIもわかる人材。ですから、こうした活動に参加する人はより多い方がいい」(福田社長)

技適のおかげで「実レース」より「バーチャルコース」中心に

deepracer-17

バーチャルコース。こんな画面で、自分がつくったモデルを繰り返し走らせて学習させていく。AWS Summitにて撮影。

撮影:伊藤有

実際に、DNPデジタルソリューションズ・チームはどう戦ったのか? 週2回の勉強会を行い、自社にコースまで持つ「ガチ」ぶりだが、実は意外なことがある。

いまだに、自社には「DeepRacerの実機が1台もない」のだ。理由は日本の電波法に絡む「技適」の問題。DeepRacerは無線通信を行うのだが、日本で無線通信を行うために必要な「技術基準適合証明(技適)」を商品としては受けていない。そのため、まだ国内では実機が販売されていないのだ。イベントを開催する時などは、AWSが独自に技適を取得したものを借りて使っている。

日常的な勉強会や研鑽は、すべてクラウド上の「バーチャルコース」で行われたものだ。勉強会は東京で行われることが多いが、その場合には「PCを囲んで画面を一緒に見る」(大野さん)という。他の地域の参加者は、ビデオ会議で参加したり、結果だけをネット経由で送ったりするのだとか。

大野さんは、ここにある種の面白さがあると話す。

「バーチャールサーキットと実機の違いが、DeepRacerで使っている『強化学習』で一番難しいところです。その差が大きいと、リアルのコースでは思った通りに動かないこともあります。うまく、ギャップがある環境でも走れるようにモデルを作る必要があります」

DeepRacerでは、どこをどう走るのが効率的なのかを評価するために使う「評価関数」というものを作り、それに従ってコースを走って「学習」することでうまく走れるようになっていく。いかに評価関数を工夫して作り、学習させるかが重要になる。

「一時は学習のさせすぎ(過学習)による副作用を心配したのですが、学習モデルを作り直したところ、あまり問題ではなくなりました。右に曲がるカーブの多いコースばかりを学ばせると左に曲がりづらくなるので、別途左に曲がることの多いコースを学習させる……といった配慮は必要です。ただ、過学習によって『バーチャルコースに最適化しすぎる』問題はありましたね」(大野さん)

では、世界トップとなった瀧下さんはどういうやり方をしたのだろうか?

「チューニング上の戦略は、安全に安全に、できるだけ長くコースに留まってくれるようなモデルを作りました。実はスピードはあまり問わないように作っています」

瀧下さんはそう明かす。

実際、レースではコースアウトする車が多く、クリアーなラップを得る方が難しい。安定してコースを回れる方が有利なのだ。

参加者の半分がネットの知り合いだった

deepracer-5

レース参加者にはおそろいのスタジャンがプレゼントされた。

撮影:西田宗千佳

瀧下さんは、日本で作ったものをそのまま持ち込み、現地でのチューニングも加えることなく、最後まで勝ち進んだ。本人は「最後まで残るなんて思っていなかった」と謙遜するが、大野さんたちは「みんな『瀧下さんは決勝へ行くだろう、固いだろう』と思って、安心して活動していた」と笑う。

64人の参加者は世界中から集まっているが、日本人はそのうち8人とかなり多めだった。これも、DNPデジタルソリューションズを軸にした、日本のDeepRacerコミュニティの厚さが生んだものだ。

レース中はお互い敵同士。バチバチとした火花が……と想像しがちだが、実は「かなり和気あいあいとしていた」(大野さん)という。

「半分以上が、DeepRacerのSlackチャンネルの参加者だったんですよね。だから、『あ、おまえがあの○○だったのか』みたいに、ちょっとしたオフ会的なノリでしたね」(大野さん)

そうした雰囲気の中、瀧下さん・大野さんを初めとしたDNPデジタルソリューションズ・チームは勝利を収めた。

気になるのは、優勝の「ご褒美」だ。優勝者の瀧下さんは、来年2020年のこのイベント「re:Invent」に招待されることが決まっている。では、「会社としての評価」は、今回のことで上がるのだろうか?

「本人の前で言うべきか、という話はありますが」と苦笑しながら、福田社長はこう話す。

「帰国後に、事業部を挙げた優勝パーティーは開く予定です。その中で、なんらかのインセンティブは2人に出したいと思います。まあでもまずは、今晩、ラスベガスで祝勝会ですね」(福田社長)

(文、撮影・西田宗千佳)

  • Twitter
  • Facebook
  • LINE
  • LinkedIn
  • クリップボードにコピー
  • ×
  • …

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み