東京大学・安田講堂で行われたた「Tokyo Forum 2019」。写真左からモデレーターを務めたアナウンサーの小谷真生子氏、ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏、アリババ創設者のジャック・マー氏。
撮影:小林優多郎
ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏と、中国大手IT企業・アリババの会長職を9月に引退したジャック・マー(馬雲)氏が12月6日、東京大学本郷キャンパスで行われた「Tokyo Forum 2019」の特別講演にあらわれた。
両氏ともに世界屈指の著名な「創業者」であり、親交も深い。東京大学に集まった学生や関係者を前に、出会ったときのエピソードや起業家・投資家としての重要視していることなどを語った。そのいくつかの重要なトピックをチェックしてみよう。
孫氏とマー氏が初めて出会った10分間
ジャック・マー氏が自身と同類だと「においでわかった」と話す孫氏。
特別講演は約1時間。はじめに語られたのは孫氏とマー氏の出会いについてだった。インターネットバブルと言われた2000年、孫氏はよりビジネスを広げるために中国の企業に訪問。20社ほどを回ったそうだが、そのうちの1社がアリババであり、その面会時間はわずか10分間だった。
孫氏はその時の様子を「ジャックには何故か強い印象を受けた」と語り、その理由をこう語った。
「他の(会社の)人は投資をして欲しいと言う。けれど、ジャックだけはお金を頼まなかった。事業計画すら言わなかった。未来はどうあるべきかという話が中心だった。彼らの夢の実現がなぜ必要か、哲学の話ばかりだった。ジャックだけが目がキラキラしていた」(孫氏)
「もちろん喧嘩はする。殴り合ったりしないけどね」と冗談も混じりながら孫氏との関係を話すマー氏。
一方で、マー氏は「資金を頼むつもりはなかった」とし、孫氏と面会した理由は「友人の1人に会って欲しいと言われたから」と話す。
「私は何を信じて、これから何が起きるか話した。孫さんは(資金が)いくら必要か話してきた。私は要らないと答えた。でも、もっと使えと言ってくる。当時、計画(Plan)はあったけれど、いわゆる事業計画(Business Plan)はなかった」(マー氏)
孫氏はこれについて「心からの情熱を感じ取ることができた」「犬は犬同士がにおいでわかる。同じ血の流れている動物であれば、要はクレイジーな者同士だとわかった」と話し、5分間はマー氏の哲学の話を聞き、残り5分間は自身の金を受け取るよう説得をしたと言う。
マー氏にとってCEO=Chief Education Officer
終始仲が良い孫氏とマー氏だったが、お互いの「長所・短所」を理解している。
では、孫氏はマー氏のどんな「におい」に惹かれたのか。
孫氏はマー氏の得意分野は「人を育てること」と話す。実際、マー氏はもともと大学の先生を務めていた過去がある。
「彼はプログラミングや数学のエキスパートでも、法律や経営の知識があるわけでもない。
ひとつの領域には専門家が既にいるから、(その専門家になることは)重要ではない。(既にいる)その人に任せればいい。
(マー氏は)各分野の優秀な人を引き寄せていく、若い世代をそれぞれの専門家に育てていくことが得意だ」(孫氏)
マー氏も孫氏の話に答え、自身独自の経営者としての考え方を「私は私自身をCEOと呼ぶが、それはChief Education Officerのことなんだ」とまとめている。
「リーダーは、将来に向かって進んで行くべき。良い部分と悪い部分があるかもしれないが、いい方向に導いていかないといけない。
(経営者は)適切な人員を訓練して、統制して、仕事ができる材料や道具を与える必要がある。
1番の会社の商品は“従業員”。彼らなくしてはサービスや商品は良くならない。大学であれば学生だ。彼らがビジネスに力を与えられる。これは価値感でありミッションだ」(マー氏)
孫氏・マー氏が語る“AIで変わる世界”に必要なこと
SVF2についての意気込みも語る孫氏。
両氏が描くビジョンの大きな共通項の1つが「AI(人工知能)」だ。
孫氏は、ソフトバンクグループの決算のたびに、AI時代の到来について熱弁を振るっている。2016年10月に設立したソフトバンク・ビジョン・ファンド(以下、SVF)はAIを活用する海外企業に積極的に投資し、900億ドル超を投資済みだという。第2弾のSVF2も「同程度の投資額」(孫氏)を予定している。
マー氏もAI開発については「10年前ぐらいから始めた」と語り、主にアリババのオペレーション改善のために「機械の力を借りた」と目的を話している。
ここで注目すべき点は、両氏とも「AIが世界を変える」と認識しつつも、そのアプローチが異なることだ。孫氏はその違いを以下のように語っている。
「私にとって重要なのは最も優れた起業家と、テクノロジーを特定することだ。若くてクレイジーで情熱的な起業家を発掘することが重要。そういった起業家が、世界を変化させて、(その会社と)コラボできればもっと大きなことができる。
私とジャックは違う。ジャックは人、私はテクノロジーそのものに関心を持っている。
起業家はそれらの重要な担い手だが、私は新しいテクノロジーやビジネスモデルを見ると、深掘りをして詳細まで知りたいと思う。本当に楽しい。ほとんど趣味。夜も眠れなくなるくらい」(孫氏)
「(人間が)人生を楽しむため、テクノロジーは私たちを助けるべき。(テクノロジーのために)もっと働かなければいけなくなるなら、テクノロジーは嫌い」と話すジャック・マー氏。
一方、マー氏はAIに対する考え方は自身の「テクノロジーは人間に素晴らしいものを与える」という思想に基づくものだと話し、現状と比較した問題点も指摘している。
「人間はIT(Internet Technology)からDT(Data Technology)に向かっている、DTは他の物にも力を与える。好むと好まざるに関わらずDTの時代はやってくる。
問題はそれを受け入れる準備ができていないこと。AIを好きだと思えばやってくる。なので、まずは準備をする必要がある。
現在の教育システムは、産業時代を生き残るための知恵を教える場だった。DT時代に入ると、コンピューターの方がより多くのことを覚えられる、答えがわからなければ、調べればわかる。子どもたちに教える中身も変化していかないといけない。
仕事の半分がなくなると言われているが、それは怖くもありエキサイティングなことでもある。人のように機械が働く時代のために、教育の中身を変えていなければならない。人は機械ではない。それがあればよりよい未来になる」(マー氏)
世界的企業の創設者でも「何かを達成した気持ちはない」
会場には多くの学生や関係者が集まり、両氏の言葉に耳を傾けた。
講演会の終盤。モデレーターを務める小谷真生子氏から若い人へのアドバイスはないかと振られた両氏は、簡潔に以下の様に述べた。
「大きな信念を持つこと。自分の夢に対して情熱を抱け。情熱が強ければ強いほど、達成できるものが増える」(孫氏)
「楽観的でいて、文句を言わないということ。チャンスや解決法がないと言われているところに、ビジネスチャンスはある」(マー氏)
とはいえ、両氏ともに、いまだに「何かを達成したという、気持ちはない」と語り、今後もそれぞれのやり方で、自ら抱いた夢を追いかけていく意向を示した。
(文、撮影・小林優多郎)