華々しいノーベル賞の陰で減少する日本の研究者、博士課程への進学阻む「キャリア不安」のカベとは?

ノーベルウィーク

12月10日には、2019年度のノーベル賞授賞式が執り行われる。

© Nobel Media. Photo: Alexander Mahmoud

12月10日、ストックホルムでは、2019年度のノーベル賞の授賞式が開催される。

2010年代は毎年のように日本人研究者がノーベル賞を受賞してきた。

一見、日本の科学技術力の高さが際立つ10年間だったように感じるかもしれないが、ノーベル賞を受賞した研究者たちが基礎研究に対する投資の少なさや、若手研究者のポスト不足、博士課程へと進学する学生の減少を憂う発言をこぞってするなど、日本の科学技術力の先行きの危うさが垣間見えた10年間でもあった

一連の課題は、全てつながっている。中でも、博士課程への進学者数の減少は、研究人材の減少、ひいては研究力の低下に直結した問題だ。

減少する研究者、その根幹に不透明な将来への不安

令和元年に発表された科学技術白書によると、博士課程に進学する学生は2003年ごろの約1万8000人をピークに、平成30年には約1万5000人にまで減少。少子化の影響による学生総数の減少より早くに、減少に転じている。博士課程へ進学する学生は、なぜこれほど少なくなってしまったのだろうか。

科学技術白書

博士課程の入学者は、最も多かった2003年度と比べて保健系以外では減少している。

出典:令和元年版科学技術白書

理系人材と企業をマッチングする就活サービス「LabBase」を運営するPOLは、LabBaseを利用している学生に対してアンケートを実施。理系学生が博士課程に進学する際に、約8割が進学に対して不安を抱いていることが分かった。また、アンケートでは不透明な将来に対する懸念が最も大きかった。

POL調査

「博士号取得後の就職に関する不安」や「博士号取得後に大学で研究を続けることへの不安」など、博士課程に進学する前から、博士号を取得した将来に対する不安が最も大きかった。

出典:POL

科学技術・学術政策研究所(通称:NISTEP)の調査でも、大学や研究機関でのポストの不足や、非正規雇用が多く労働環境が不安定であることを気にする博士課程の学生が多いことが分かっている(下の図参照)。

また、博士採用に積極的な企業がいまだ少ない印象があることが、キャリアを考える上での大きな懸念だとする博士課程の学生も多い。

科学技術・学術政策研究所

出典:科学技術・学術政策研究所 博士人材データベース(JGRAD)を用いたキャリアパス等に関する意識調査-JGRADアンケート2018結果報告

動物の生態について研究している博士課程1年のAさんは、自身のキャリアに対する不安をこう語る。

「生物学、基礎生物学、生態学は、専門性を活かして企業に採用されるケースが非常に少ないので、博士課程に進学するということは、大学や研究機関に残るということと同義です。自分が果たして成功できるのか、自分の望み通りの生活をできるのかという不安はつきまといます

日本の科学技術を支える博士人材。彼らの将来の不安を取り除くことが、将来的な研究人材の充実や研究力の向上といった、日本の科学技術力を保つ上での最重要課題ともいえる。

企業は「博士であること」を求めていない

大学や研究機関の数が限られている以上、民間企業が博士人材の受け皿となることが期待される。しかし、LabBase(上述したPOLのサービス)で学生を採用している企業40社へのアンケートでは、博士課程の学生の採用に積極的どちらかというと積極的と回答した企業は合わせて22社(55%)。

POL調査2

博士号取得者の採用に積極的な企業は、理系学生の採用に積極的な企業の中でも半数程度だった。

出典:POL

また、2019年度の「科学技術指標」を見ると、企業研究者における博士号取得者の割合はほとんど変わっていない。企業での博士課程の採用は、さほど進んでいないのが実情だ。

科学技術指標2019

博士号の保持者は年々増加しているが、主に大学や公的機関などで働いている割合が多いことがわかる。

出典:科学技術・学術政策研究所 科学技術指標2019

リクルートキャリア就職みらい研究所所長の増本全氏は、企業側の視点を次のように話す。

「博士だから採用する、採用しないというよりは、企業は自分たちが求める条件に見合う人材であれば採用するはずです

ただし、新卒一括採用のような採用方式では、先鋭化した人を採用したいと言っている一方で、会社に合う合わないというこれまでの価値基準で判断されやすい文化があります」

結果的に、専門知識を直接活かせたり、企業との共同研究などが多く、企業での働き方が想像しやすかったりする分野では、企業側も学生の能力を把握しやすく、博士課程の学生が採用されやすい構造になっている。

POL調査3

POLの調査結果。修士の学生の就職先を見ても、情報、機械系の学生は自身の専攻と関連が深い業務に付いている割合が多い。

出典:POL

情報系や機械系、あるいは製薬系のように、学生時代に学んだ専門知識をそのまま民間企業で活かしやすい分野もあれば、専門知識を直接に活用できない、基礎研究などの分野もある。

では、博士の価値とはその深い専門知識だけなのだろうか?

就職みらい研究所の増本氏は「博士課程の学生は、高い専門性はもちろん未知の課題に対して取り組む姿勢自身の研究を遂行するプロジェクトマネージメント能力を持っています」と、その能力を評価する。

前出のAさん(博士課程1年)も「博士号を取得した人は、すごく総合的な能力があると思います。半端ないなって」と、自身の研究活動を振り返りこう話した。

博士課程では、時間やリソースを考慮して実験計画を組み立てる計画力。その計画作りのために必要な論文を読む読解力。さらに、実験結果をまとめて、次に何が必要かを考える論理的思考力や失敗した際の修正力や適応力が求められる。

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Adil Celebiyev/Shutterstock.com

また、研究を進めるためには、他の研究者や実験の協力者らとのコミュニケーション能力も必須だ。学会で発表したり、研究費の申請書を書いたりするには、分かりやすく論理的な文章力や芸術的センスも必要となる。

加えて、やることなすこと全てが新しいことである以上、未知のできごとに対して行動する力や、研究費を管理して実験を執り行うマネジメント能力も欠かせない。

研究者の重要な仕事とも言える論文は、論理的な思考を高い強度で繰り返すことで、初めて生み出されるものだ。

「多かれ少なかれ、『自分の専門性を活かしたい』と思う博士課程の学生は多いです。それは悪いことではありませんが、それだけになってしまうと企業としては採用しにくい。

民間企業への就職を考えるなら、『専門性』をもう少し広く解釈して、自分の専門性が産業とどういった接点があるのかを考えてみると良いのではないでしょうか」(就職みらい研究所増本氏)

博士は一つのことしかできず、頭がカタイ」と企業から敬遠されがちだ。

だからこそ、博士課程で民間企業への就職を選択肢にしている学生には、自身の専門知識を直接活かせる分野が限られる現実を理解した上で、自身が培った能力を編集・加工して産業の中で活かす方法を考えることが求められる

「例えば、企業側が『カレーを食べたい』と話しているのであれば、『ラーメンが得意です』と答えるより、『ラーメン作りにおけるこのポイントは、カレーにも活かせます』と提案したほうが、入社後の活躍イメージがわきやすいです」(就職みらい研究所増本氏)。

博士は使えないのではなく、博士を使えない?

実験のイメージ

博士課程の学生はそれぞれの分野で高度なトレーニングを積んできた人材だ。その本当の価値を図るには、採用する側にもそれ相応に力が必要だ。

Cavan Images

また、企業側にも改善の余地はある。

工学系の研究室で学ぶ博士課程2年のIさんは、企業の問題点をこう指摘する。

「新卒一括採用のような形では、博士課程の中で培ってきた能力は見えにくいような気がします。見せやすい、分かりやすい研究をやっている人は伝わりやすいかもしれませんが、複雑で分かりにくい研究をしている人の場合、企業側にもそれをうまく理解できる人がいないと、その人の本当の能力は計れないように思います

これは、博士の価値を「企業活動と直結した専門性」ばかりで判断してきた企業側の課題だ。

イノベーションを起こしたい企業。事業を引っ張っていける人が欲しい企業。研究のマネジメントに長けた人材が欲しい企業。企業が求める人材像は、博士課程で経験を積んできた学生像と重なる部分が多い

そのマッチングがうまくいっていない原因は、企業自体がどんな人材を欲しているのかを明確に言語化できていないことにあるともいえる。“博士的”な能力を欲していながら、そういった人材がうまく活躍できる場を用意できていないのだ。

博士課程の学生と企業。採用される側にもする側にも課題はある。

この課題を乗り越えることができれば、博士課程の将来に対する不安も少しは緩和されるはず。日本の科学技術を支える博士人材も、もっと増えていくのではないだろうか。

(文・三ツ村崇志)

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