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スマホ半導体の覇者クアルコムの「次世代戦略」がモバイルPCと5Gである理由

クアルコム チップ

クアルコムの5G対応チップ「Snapdragon(スナップドラゴン)865」。

撮影:笠原一輝

半導体メーカーのクアルコムは、セルラー(携帯電話網)通信の半導体を提供する企業としてスタートしたが、近年はそうしたセルラー通信用のチップだけでなく、コンピューター(スマートフォンやPC)のチップを提供する会社としても知られている。

同社のSnapdragon(スナップドラゴン)シリーズは、スマートフォン市場ではトップシェアであるだけでなく、一昨年からはインテルの牙城だったモバイルPC市場にも参入している。

クアルコム マイクロソフト

クアルコムとマイクロソフトが共同開発した5G対応チップ「マイクロソフト SQ1」。

クアルコム社長のクリスチアーノ・アーモン氏は「スマートフォンでは5Gがキラーアプリケーションになる」と述べ、同社が米ハワイ州マウイ島で行った年次イベント「Snapdragon Tech Summit 2019」で発表した5G対応チップ「Snapdragon 865」や、マイクロソフトとクアルコムが共同で開発し、マイクロソフトの「Surface Pro X」に標準で搭載されている「マイクロソフト SQ1」などが同社の次の成長を支えると説明した。

PC市場が「いつか通ってきた路」をスマホも歩む

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2017年、18年第4四半期のグローバル市場における市場占有率、出荷台数の推移。

出典:IDC Quarterly Mobile Phone Trackerm, January 30, 2019

調査会社IDCの調査によると、2018年のスマートフォンのグローバル市場での出荷台数は14億490万台、2017年の14億6550万台からやや減った。2016年には15億台を越えていたので、ここ2年は市場が縮小していることがわかる。

かつ、IDCの最新の予測値では、2019年は13億7110万台と約2.2%の減少となる可能性が高いとされている。

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プラットフォーム別の出荷台数、市場占有率等。

出典:IDC Japan, 9/2019

成長が続くと思われていたスマートフォン市場がなぜ下落しているのかと言えば、特に先進国ではすべてのユーザーにすでにスマートフォンが行き渡り、買い替え需要を当てにする状況になっているからだろう。

しかし、新しいスマートフォンを購入することで何か新しいことができるようになっているかと言えば、実際にはそうではない。

スマートフォンはアップルが最初にiPhoneをリリースした2007年から本質的な意味では大きく変わっていない。2019年は多くのメーカーが画面を折り曲げられる「フォルダブル」と呼ばれる2画面スマートフォンに挑戦したが、価格が高かったり、そもそもタブレットと2台持ちした方が便利だったりという理由で、あまり普及していないのが現状だ。

実はこうした状況は、20年前にPCでも見られたものだ。

2000年代前半にデスクトップPCからノートPCへと流行のシフトが発生し、PC業界は活況に沸いていた。しかしその後、2000年代後半に入るとPCは成長もしないが減りもしないという、いわゆる「メンテナンスモード」に突入していった。

その頃から、PCメーカーはさまざまなトライを続けてきた。

より小型のPC、画面2つのPC、そして今で言うところのフォルダブルなスマートフォンの先祖と言える「キーボードがない2画面のPC」……。どれもこれもマニアには大受けだったが、一般には受け入れられなかった。いまだにPCの標準は、みんながよく知っているクラムシェル型のノートPCだ。

筆者にはスマートフォンのメーカーが現在取り組んでいるフォルダブルなスマートフォンへの挑戦は、そうしたPCメーカーが過去にトライし死屍累々となってきた「いつか来た路」に重なって見える。

結局はスティーブ・ジョブスがこだわって作り出した「スレート型のスマートフォン」が生き残るのではないか、筆者はそう考えている。

スマートフォンは、市場としても、アプリケーションとしても、まさに「PCが進んできた路」をフォローしていると言っていい。今後スマートフォンも、増えもしないが減りもしない「メンテナンスモード」に突入するだろう。そしてIoTのような、より一般消費者にフレンドリーで台数が多い機器に追い越されていく……。

多くの関係者が市場はそうなっていくだろうと予想している、それが現状だ。

インテルの牙城に踏み込んでいくクアルコム、鍵はマイクロソフトとの提携

サーフェイス

マイクロソフトが10月に発表したSurface Pro X。

クアルコム社長

クアルコム社長のクリスチアーノ・アーモン氏。

そんな中、いまクアルコムがもう1つ力を入れている市場、それがモバイルPCの市場だ。

これまで、モバイルPC市場はインテルの牙城だった。PC向けのプロセッサーでは競合としてAMDがおり、ここ数年インテルを激しく追い上げている。しかし、AMDの強みはデスクトップでのみ発揮されており、モバイルに関してはデスクトップの存在感と比べるとまだまだ大きくない。

そうした事実上インテルオンリーだった市場に、クアルコムは2017年から参入し徐々に浸透を果たしてきた。

1年前の「Snapdragon Tech Summit 2018」でもSnapdragon 8cxという製品を発表したが、2019年9月までは「搭載された製品はゼロ」という状況が続いた。

ところが、その状況を大きく変えるできごとがあった。マイクロソフトの最新製品「Surface Pro X」に採用されたことだ。しかも、実際に搭載されたのはSnapdragon 8cxというクアルコムの製品名ではなく、「マイクロソフト SQ1」というマイクロソフトブランドのチップになっていた。

クアルコム社長

5Gネットワークの拡大について見通しを語るクアルコム社長のアーモン氏。

なぜこうした形になったのかについてアーモン氏は次のように説明した。

「マイクロソフトとクアルコムで共同してこうしたプログラムを行うことを決めた。両社にとって重要なのは、より良い体験をユーザーに提供することで、それをゴールに設定して両社で開発を続けてきた。その成果がSQ1だ。エンタープライズを含む多くのユーザーがSurface Pro Xに満足している」

というのも、Snapdragon 8cxとマイクロソフト SQ1は事実上ほぼ同じチップだが、細かな仕様が異なっている。

違うのは、CPU、GPUと呼ばれるチップの中に入っている演算装置の性能だ。例えばマイクロソフトのSQ1では、CPUがより高いクロック周波数に設定されている。

Snapdragon 8cxは2.75GHzという設定がされているが、マイクロソフト SQ1は3.1GHz。同じ仕組みのCPUであれば、クロック周波数が高ければそれだけ性能が向上する。

より高クロックで動かすことが、インテルCPUを搭載する他のSurfaceと同じような使い勝手を実現するには必要だと、マイクロソフトは判断した。そして、クアルコムはそれに応じてチップの仕様を最適化した。それが「両社の取り組み」ということになる。

マイクロソフト SQ1は、Officeなどのビジネスアプリケーションを使う上で競合のインテルのチップと遜色ない性能を実現しており、すでに発売されているアメリカで評価されている。

加えて、インテル製品では実現していることがまだ少ない「Always Connected」と呼ばれる常時接続(LTEモデムなどを内蔵しスタンバイ時にも常にインターネットに接続されている機能)を、SnapdragonベースのPCすべてで実現したほか、バッテリーの容量が同じならより長時間のバッテリー駆動を実現できる。

「鶏と卵」問題を解決するSurface Pro X、アドビも将来の対応予定を明らかに

SQ1 ベース

上からマイクロソフト SQ1のベースになったSnapdragon 8cx、今回発表された「Snapdragon 8c」、「Snapdragon 7c」。

ただし、課題もある。Snapdragon上で動作するWindowsには、アプリの互換性の問題が若干残っているのだ。

例えば、アドビのCreative Cloudでは、「Photoshop」や「Illustrator(イラストレーター)」では利用できるが、動画編集ソフトの「Premiere(プレミア)」や写真現像ツールの「Lightroom」は利用できない。

この点は将来的なアドビの対応を待つ必要がある。

しかし、そうしたアプリの対応は時間の問題だ。

新しいプラットフォームが登場すると、常に大小の互換性の問題は発生する。業界ではこうした問題を「鶏と卵」問題と呼ばれる。出始めはプラットフォームに人気がないから、アプリ開発者も開発をしない、だからプラットフォームの人気が出ないという堂々巡りだ。

しかし、今回は「Surface Pro X」という鶏が先に出てきた。現在はまだアルファ版扱いだが、マイクロソフトが開発中の新しいブラウザーアプリ・Microsoft EdgeはSnapdragon向けバージョンが登場している。

Snapdragon版は、従来のWindows向けに提供されてきたブラウザーに比較すると、性能が大幅に強化されており、これはクアルコムにとって良いニュースだ。

そしてアドビもSnapdragon向けのCreative Cloudツールの開発意向を、すでに10月に表明している。今後、どこかのタイミングで登場する見通しだ。

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クアルコムはそうした状況を加速するために、今回新しい製品を2製品投入した。

「Snapdragon 8c」、「Snapdragon 7c」という普及価格帯、エントリー向けの製品だ。前者はシステム価格(製品になった場合の価格)で699~500ドル(7万6000円〜5万4000円)に、後者は499ドル~300ドル(5万4000円〜3万2000円)の価格帯をターゲットにした製品。1000ドル前後だったSQ1や8cxの価格帯に比べて、端的に「安いモデル」が増える期待が高まる。

これによりマーケットシェアを広げ、さらに「鶏」を増やすことでまだSnapdragonに対応したアプリを提供していないソフトウェアベンダーに開発を促していく戦略だ。

現状ではPC市場におけるクアルコムの市場シェアは明らかにされていないが、おそらくは1桁にも満たないレベルだろう。それがSurface Pro Xで状況は大きく変わっていくのは目に見えている。

すでにサムスンがSnapdragon 8cxの搭載製品を発売しているほか、来年にはレノボが5Gに対応したSnapdragon 8cx対応製品をリリースする予定。

デルやHPがこれに続くのか、そしてこの流れの先にエンタープライズでの採用が始まっていくかどうか、クアルコムがPC市場で成功するためにはそれが大きな鍵になるだろう。

編集部より:初出時、Arm環境に対応していないアドビのツールの組み合わせに編集上の誤りがありました。現在は正しい表現に改めています。お詫びして訂正致します。 2019年12月10日 09:00

(文・写真、笠原一輝)

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