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三井住友フィナンシャルグループ(FG)で、2019年10月、グループ最年少となる37歳の社長が誕生した。年功序列が根強いメガバンクで、30代の社長就任は異例で、業界の内外から注目される人事となっている。
スマホで取引の完結するネットバンキングやフィンテックの台頭に対し、ATMや店舗の運営コストが重しとなり、超低金利政策も収益を圧迫。メガバンクはビジネスモデルの転換を目指しあえいでいる。
時代の変わり目に厳しい競争を強いられるメガバンクが、「若手社長」にかける期待とは。
IT業界から転身「銀行が一番面白い」
Business Insider Japanの取材に応じた三嶋氏。「ベンチャーでは20代の社長も多い。銀行内の人と話す時の方が年齢が話題になる」と話す。
撮影:横山耕太郎
「IT業界で幅広くやったので、新しい経験をしたいと思った。車、広告、コンサルなどいろいろな業界をみたが、銀行が一番面白いと思った」(三嶋氏)
契約の手続きをデジタル化するなどの事業を手がける「SMBCクラウドサイン」の三嶋英城社長(37)は、異業種からの転職人材だ。三嶋氏は東京理科大卒業後、ニフティ(現在の富士通クラウドテクノロジーズ)に入社。エンジニア職や通信・ウェブ・クラウドビジネスの企画など、同社で約12年間経験を積み、2018年1月に三井住友銀行に入行した。
「事業成功の金字塔に」
三嶋氏が配属されたのは、フィンテック事業など新しい事業を創出するITイノベーション推進部。2015年10月にできた部署で、生体認証サービス業務を行う新会社も同部署から起業するなど、三井住友FGにおけるフィンテック事業の象徴的な部署だ。
「転職後、銀行の強みって何だっけと複合的に考えてこの事業に行きついた。(SMBCクラウドサインは)2018年夏くらいに企画書を出してぜひやりたいと。ITイノベーション推進部では、何かしら事業の種を生まないといけないと思っていた。今はいろんなことにチャレンジする段階。『これは成功だと』いう事業を自分で作って、成功の金字塔になりたい」(三嶋氏)
「若くてもやる気があれば」
三嶋氏(左)と談笑する三井住友FGグループCDIO(チーフ・デジタル・イノベーション・オフィサー)の谷崎勝教氏。谷崎氏は「新しい収益の柱となる事業を会社の中から生んでいきたい」と語る。
撮影:横山耕太郎
若手の社長登用の狙いはどこにあるのか?
三井住友FG執行役専務でグループCDIO(チーフ・デジタル・イノベーション・オフィサー)を務める谷崎勝教氏は、「(グループ最年少社長は)結果的にそうなっただけ」と強調する。
「三嶋くんがやりたいという事業なので、一番やりたい人に社長を任せるのがいいんじゃないかと。自分がやりたいビジネスを、自分のキャリアでつかみ、成功させる意欲がある人に仕事をさせたい。
中途だからできたといわれるのは残念だ。僕に言わせれば関係ない。
三井住友FGでは、若い人でもやる気のある人には事業を任せ、社長をやってもらう。そういう会社だと実際に示したかった」
メガバンク「冬の時代」
撮影:今村拓馬
年功序列が強く残るメガバンクの一角である三井住友FG。30代の社長という思い切った人事には、銀行が抱える危機感がにじむ。近年、銀行を取り巻く環境の変化は厳しく、メガバンクには「冬の時代」が訪れている。
金融分野のデジタル革命はここ数年で急進し、フィンテック分野へのベンチャー参入で競争が激化。店舗営業に主軸を置いてきたビジネスモデルは人件費がかさむことに加え、日銀のマイナス金利政策によって本業の融資による利益は圧縮されている。
2019年4~9月の連結決算の最終利益は、三菱UFJFGが前年比6.3%減の6099億円、三井住友FGが前年比8.6%減の4319億円、みずほFGが19.9%減の2876億円となり、3メガバンクは全て前年を下回った。
人気ランクから転落
かつて人気就職先ランキングの上位だったメガバンクだが、近年は苦戦している(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
2017年にみずほFGが10年で1万9000人分の「業務量削減」を発表したのをはじめ、三菱UFJ銀行、三井住友FGと3メガ合算で、数年かけて約3万2000人分の「業務量削減」方針が報じられた。全国に支店を張り巡らせ、膨大な人手を前提としてきた銀行の業務モデルからの脱却が急務となっていることが浮き彫りになった。
「業務量削減」の意味するところのリストラは、実際には定年退職による自然減と窓口業務など「一般職」採用を抑えたもの。しかし、年功序列や「AIに奪われる仕事」といったイメージは就活現場にもつきまとい、とくに新卒採用で人気の低下に見舞われている。
採用支援サービス・ディスコ社の「キャリタス就活2020就職希望企業ランキング」では、2017年1位だったみずほFGは20位に落ち込んだほか、三井住友銀行も28 位(前年14 位)と2メガはトップ10に入れず、三菱UFJ銀行だけが5位(2018年は4位)とトップ10に残った形だ。
増える転職希望者、でも「面白いのはこれから」との声も
金融業界からの転職希望者も増えている。エン・ジャパンによると、2018年9月~11月に転職サービス「エン エージェント」に登録した銀行出身者は前年比29%増、2019年も前年比16%と伸び続けている。
撮影:今村拓馬
「若い人材が流出していることに強く危機感を持っている。ただ、メガバンクの労働環境はずいぶん整ってきてブラックではないし、30代以降は収入も悪くない。離職率も他の業界から見ると低いだろうし、中から見ていると辞める理由が見えにくいのが事実。
辞めてしまう20代に聞いてみると、年功序列よりも早くから経験を積みたいと。若い社員の積極的な登用に期待したい」(メガバンク勤務の30代男性)
人材流出への危機感から、三井住友FG内では、若手へのアピールの意味でもフィンテックの新事業の立ち上げや、若手の登用への期待が高まっている。
「金融業でこれからどんどんデジタル化が進めば、さまつな仕事はなくなり、まさにおもしろいことができる時代になってくる 。(人材流出を) 食い止めるためにやるという考え方ではなく、僕らはやりたいビジネスをやっていく、そうすれば結果的に(流出も)少なくなる」(谷崎氏)
銀行に希望はあるのか
「ベンチャーがクローズアップされがちだが、ベンチャーはベンチャーで大変。やりたくないことも、相当やらないといけない世界でもある」と話す三嶋氏。
撮影:横山耕太郎
前職で多くのベンチャーと関わってきた三嶋氏は、銀行についてどう感じているのか。
「銀行に入って思ったのはスケールの大きさ。銀行のネットワーク、顧客基盤を活用して一気にビジネスを加速することができる。銀行員はアベレージが高く優秀な人が多く、組織として動いたとき、ものすごく強いと感じた」
一方で、銀行が抱える課題についてこう語る。
「個人個人は『変わらないといけない』と思っているが、全体になると『リスクはどうだ』とか重たいものがある。
IT業界では、一部のスキルがすごく特化している人も多い。事業をゼロからの立ち上げるには、『ここだけは』というエッジのきいたものが必要になる。そこをどう育成するかが重要だと思っている」
37歳の新社長の誕生は、メガバンクに風穴を開けられるのか。新社長にとっても、組織にとっても、真価が試されるのはこれからだ。
(文・横山耕太郎)