東大とメルカリR4Dが社会連携研究部門を設置。
出典:メルカリR4Dプレスリリース
12月10日、東京大学インクルーシブ工学連携研究機構(RIISE)とフリマアプリで知られるメルカリの研究開発組織「メルカリ R4D」が、同機構最初の研究部門となる社会連携研究部門「価値交換工学」の設置を発表した。
共同研究の期間は、2020年1月から2024年12月31日まで。メルカリが負担する共同研究の費用は、5年で10億円だ。
東大と企業との大規模出資をともなう「産学連携」は、12月6日にも、“10年で200億円規模投資”というソフトバンクと東大が共同設立する「Beyond AI研究所」の発表があったばかり。
ソフトバンクがBeyond AI研究所に投じる規模と比べると少ないように感じるかもしれないが、研究所全体ではなく、一つの研究部門に投入する金額と考えると、10億円はかなり大規模な支援といえる。
進むIT企業と大学の産学連携。RIISE初代機構長を務める川原圭博教授にその狙いを聞いた。
インクルーシブ工学連携研究機構初代機構長、川原圭博教授。
撮影:三ツ村崇志
「インクルーシブな社会」を作る工学連携研究機構
「社会的な課題を他の分野の方々と一緒に解決したい。企業と共に解決したいという思いから、この連携研究機構はスタートしました」(川原教授)
メルカリが出資するRIISEは、2019年10月1日に発足したばかりの新しい連携研究機構だ。「インクルーシブ」とは狭義には障害の有無にとらわれないことを意味することがあるが、ここではより広い“包摂的”という意味だ。
例えば、気候変動問題はインクルーシブな視点で考えなければならない課題の代表格だ。
現代では、一つの分野の研究だけでは解決できない手付かずの社会課題が多い。こういったインクルーシブな社会課題の解決のためには、大学はさまざまな分野の学問を取り入れた研究を行わなければならない。
「東大には色々な研究をしている人がいます。さまざまな研究者と垂直・水平に連携することで、これまで解けないと思われていた課題を解決できるのではないかと。特に今回は工学・技術を持っている人が主体となって、誰もが技術革新の恩恵を受けられる『包摂的な社会』の実現を目指すということで『インクルーシブ工学』という名前をつけました」(川原教授)
RIISEには、東京大学の工学系研究科を含む6部局が加わって技術提案を行う。
出典:メルカリR4Dプレスリリース
RIISEの特徴は、専門性の異なる教員同士が手を組んで研究を行うだけではなく、そこに企業が加わる点にある。
大学と企業のトップ同士があるべき未来社会像について合意し、企業が研究経費を負担することで、共同研究のため活動の場となる社会連携研究部門が次々と設置されていく予定だ。
「企業と大学の間で『未来をどう変えたいんだっけ』という部分からアイディアを出し合い、理想の未来を実現するために、各研究部門の技術を持ち寄って研究を進めていくことになります」(川原教授)
メルカリが育む「価値交換工学」とは?
今回、5年で10億円というメルカリからの出資によって誕生した社会連携研究部門は『価値交換工学』。
この研究部門が描くのは、「世界中の人々がフェアでスムーズな価値交換を行うことが可能な社会を実現」するという未来像だ。
価値交換工学の研究課題は3つ。
価値の分析:モノやサービスの価値を希少性やコンテキストを踏まえて定量化する技術
価値の生成:人々が作り出したモノやサービスの価値を産み出し、高める技術の研究
価値の交換:価値交換を支えるプラットフォーム技術の研究
価値交換工学では、特任教授などの立場で働く研究員を募集している。こういった社会連携研究部門によって、若手研究者のポストが確保される側面もある。5年で10億円。1年で2億円規模の予算があると、かなり大規模な研究室運営が可能だ。
出典:メルカリR4Dプレスリリース
フリマアプリであるメルカリは、「自分にとっては価値がなくても、価値を感じる人がいる」という点に着目して価値を再生産するサービスだといえる。しかし、その仕組みは、アメリカや日本などのようにモノやカネが余っている環境があってこそだ。
一方、途上国や貧困国、経済システムが破綻しているような国では、今のシステムがうまくいくとは限らない。例えば、急激なインフレなどが起きると、お金の価値が大きく揺らいでしまうからだ。
そういった場所では、物々交換が可能な価値交換システムであったり、労働力の交換といった考え方であったりと、お金をベースとしない新たな価値交換の考え方が必要とされるかもしれない。
『価値交換工学』では、世界中の人々がフェアでスムーズな価値交換を行えるような未来のために、さまざまな技術的な視点を交えながら新しい価値交換のあり方を考えていくことになる。
メルカリR4D担当役員の濱田優貴氏は、今回の社会連携研究部門の設置について次のように話す。
メルカリR4D担当役員の濱田優貴氏。
出典:メルカリR4D
「インクルーシブ(包摂的)な社会を実現するための教育・研究に対する取組みは、メルカリの『価値交換』に関する研究領域との相性が良かった。
RIISEには大学院工学系研究科をはじめとする6部局が入っているため、幅広い領域において一気に研究が可能になるし、R4Dとしても東京大学の優秀な人材にアプローチできます。
今後は、優秀な研究者を募り、価値交換工学に関わる研究テーマでの論文の発表、海外のトップカンファレンスでの採択等を目指していくことで、産学共創で世界中の人々がフェアでスムーズな価値交換を行うことが可能な社会の実現を目指します」
技術ありきではなく、包摂的な視点で全体のデザインを
川原教授は、もともとIoTの利用方法について研究する中で、ものづくりやIoTを活用する現場の知識といった、自身の専門領域にとらわれない技術や知識の重要性を感じてきた。
「研究では情報技術や、機械、電気など専門領域が細かく分かれています。しかし、実際に社会で使われるシステムはさまざまな技術で成り立っています。専門領域をまたいだ人たちとチームを組んで、世の中に役立つものを作る取り組みを全学に広めたかったため、 今回の連携研究機構をつくりました 」(川原教授)
デバイスとして高性能であることや最先端であることだけが重要なのではない。IoTは、利用方法を含めた全体のデザインまで考えられていることが大事だ。
RIISEでは、すでにメルカリの他にもいくつかの企業との間でも社会連携研究部門を設置することが決まっている。
気候変動のような地球規模の問題や貧困による格差などの社会課題。さらには、身体的なハンディキャップを持つ人たちががいる中での社会づくりなど、インクルーシブな視点が求められる場面は多い。
インクルーシブな社会における「あるべき未来ビジョン」を共有した大学と企業らの取り組みは、社会にどのように波及していくのだろうか。
(文・三ツ村崇志)