1981年生まれ。大学時代に途上国開発のテーマに出合う。2006年にマザーハウスを設立。バングラディシュなど6カ国でバッグやジュエリーなどを生産。日本や香港などで38の直営店を展開。
撮影:竹井俊晴
マザーハウスを立ち上げて13年。山口絵理子さん(38)が28歳の自分に今、声をかけるとしたら ——。
私が28歳の時を振り返ると、本当に激動の時期でした。
創業して3年経った頃で、決算書は真っ赤っか。
前の年にはドキュメンタリー番組『情熱大陸』に出演したことで、急に世間の注目を浴びました。初対面の人から「尊敬しています」「情熱的な行動力の人ですね」と言われるたび、「私は全然そんなんじゃない」と未熟な反発心が生まれて、取材をしばらく断っていた時期もありました。
心が閉じてしまった時に私を救ってくれたのは、やはり“モノのチカラ”。私はひとりでデザインルームにこもって、せっせとデッサンを描いたり、ミシンをかけたり、型紙を切ったりしていました。
自慢気な職人を見て「次に行ける」
旅行会社との企画で、初めてバングラデシュの工場に日本のお客様を案内するツアーが実現したのもこの年。愛用客を前に、「このバッグのこの縫い目は僕の担当なんだ」と自慢気に話す職人たちを見て、私は「次に行ける」と決心できました。
「次」というのは、第2の生産国、ネパールへの挑戦です。
あの時も、私は周囲の反対や否定的な助言を背に受けながらも、カトマンズへ飛んでいました。
バングラでの成功体験が通じない厳しさを痛感しながら、試行錯誤の結果、現地の女性たちが栽培してきた絹と伝統的な手作業の草木染めを用いたオリジナルのストールを開発。リリースと同時に、ネパール産ストール専門の店舗もオープンしました。
細くても長く続ける方法はある
撮影:竹井俊晴
しかしその1年後、お店は閉店を余儀なくされました。完全手織り・手染めストールは、手間暇かかる作業ゆえに店舗が求める生産ペースに追いつかず、悔しい結果となりました。
ネパール部門専任で頑張ってくれていたスタッフ数人には、本当に申し訳ないことをしてしまったし、しばらくは「だからやるべきじゃなかったのに」という重たい空気が社内に漂っていました。
けれど、私はやめなかった。店舗を残すことはできなかったけれど、カトマンズの女性たちが大切に残してきた技術、その宝のような手で織り上げた美しいストールを少ないロットで納品して、無理ないペースで生産を続けてきました。閉店から5年後、事業単位で黒字に転じました。
あれから10年経った今、ネパール産ストールは根強いファンに支えられて、マザーハウスの大切な商品になっています。「細くても長く続ける方法もある」と、少しは証明できたかもしれません。
だから、28歳の私にかける言葉があるとしたら「そのまま続けて」。
もうダメだと思っても、本当にやりたいと決意して始めたことだったら、完全にストップする選択はしないでほしい。
28歳という時期は、「この道を思い切り進んでみようか」と方向性を見つけたり、ある程度の手応えを感じながらも迷ったりする頃だと思います。
撮影:竹井俊晴
これまで続けてきたことを、やめないでほしいと思います。それが好きな道ならば。
とりあえず30歳までは、思い切り続けてみてください。
若いと人生経験が浅い分、「続けることによる成功体験」が少ないのかもしれません。
この連載でお話ししたように、途上国の職人たちは「継続によって成長する体験」を重ねることで、長期的に人生を眺める視点を獲得して、どんどん世界を広げていきました。
同じことを私たちも学ぶべきだと思っています。
夢はでっかく、ぼんやりと描く
もう一つ、夢はでっかく、そして“ぼんやりと”描くのがおすすめです。
私が25歳の時に掲げたビジョンは「途上国から世界に通用するブランドをつくる」というものでした。
当時は意識していなかったのですが、「途上国」はいくつもあるし、「世界」はそれこそ無限です。
私が完全にビジョンを達成する日はないのかもしれませんが、だからこそワクワクします。
私が広げる地図は永遠に書き足されるものになるでしょうし、その歩みに飽きることはないでしょう。
「一緒に歩く仲間との出会いも大切に」と山口はアドバイスする。
山口さん提供
一緒に歩く仲間との出会いも大切に。
私自身、書き足した航路に沿って世界を広げる過程で、たくさんの出会いがありました。
工場長になってもらう人を探すために、200人と会ったこともあります。ここ数カ月、ヨーロッパで面接をしていても、「そんな考え方をするのか!」と驚きの連続です。国境を越えた人間研究が、私のライフワークになっているのかも。
見たことのない世界に向かって歩くから、毎朝、新鮮な風景に出会える。
私も私の歩みを止めずに進んでいきます。
Keep walking!
(完)
(文・宮本恵理子、写真・竹井俊晴)
宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。