撮影:竹井俊晴
社会貢献とビジネスを結びつけたい。
そんな夢や憧れを持つ人たちにとって、特別な存在となっているひとりの女性がいる。
山口絵理子(38)。肩書きは、マザーハウス代表取締役兼チーフデザイナー。
「途上国から世界に通用するブランドをつくる」というビジョンを掲げ、バングラデシュをはじめとする途上国6カ国で生産したバッグやジュエリー、衣料を販売する。
日本、香港、台湾、シンガポールに38店舗の直営店を展開し、2019年秋にはインドの手紡ぎ・手織り布を用いたブランド「e.(イードット)」も立ち上げた。
2006年にたった1人で始めた会社は、今や国内外で600人のスタッフを抱える大所帯に。売り上げは13期連続増と、事業として着実な成長を続けている。
山口は経営を率いるだけでなく、商品開発を統括するチーフデザイナーとして商品づくりの先頭に立つ。
山口さん提供
山口は経営を率いるトップとして、そして、商品開発を統括するチーフデザイナーとして商品づくりの先頭に立つ。
これまで生み出したプロダクトの数は4000種以上。上質な革や麻の素材に、空や風、葉や花など自然をモチーフにした色を施したバッグを、長年愛用しているというファンも多い。
毎年9月に開催する顧客向けのサンクスイベントには、有料にもかかわらず全国から参加者が集まり、会場には熱狂的な空気が充満する。
「よりいいモノを」が成長につながる
“社会貢献として”買ってもらうのではなく、直感的に「買いたい」と思わせる“モノのチカラ”にこそ未来があると山口は信じる。
山口さん提供
「途上国でつくられたバッグや服」というと、品質には多少目をつむり、あくまで“社会貢献として”買い物をする感覚を持つ人が多いかもしれない。
「これを買うことで、誰が潤うのか」という背景を訴えるマーケティングは、最近のトレンドにもなっている。
しかし、山口が目指すビジネスはそれではない。情に訴えるのではなく、感性を喜ばせるクリエイティビティにこそ、未来があると信じる。取材を重ねる中で、彼女の口から数えきれないほど聞かされたのは“モノのチカラ”という言葉だった。
「直感的に『買いたい』と思わせるモノづくりでなければ、世界には通用しない。“モノのチカラ”は嘘をつかないから、いいモノをつくれば売れるし、利益が出る。結果、生産する途上国のスタッフの生活が豊かになる。
多言語多文化の組織で成長するためには、『よりいいモノをつくる』というシンプルな目標を立てることが最も効率的でもあるんです」
高級ブランドと一緒に出店
実際、マザーハウスの店舗には「途上国」をアピールするポスターやパンフレットは、ほとんど目につかない。買い物客は一般的なブランドの店舗と同じように商品を手に取り、ショッピングを楽しむ。気まぐれな消費者に手に取ってもらうのは容易ではない。
山口のビジョンやブランドの背景をよく知って通う常連客ももちろんいるが、店舗によっては9割がパッシングビジター(通りすがりの来店)なのだという。
「モノのチカラで勝負できた」という手応えを山口が感じられた、象徴的な出来事がある。2018年秋に実現した、松屋銀座1階での期間限定ショップの出店。
フェンディやセリーヌなど世界的なブランドの隣に、マザーハウスのバッグやストールが並ぶ風景に、山口は「ニヤニヤが止まらなかった」と振り返る。
山口はこの最高の舞台に、5カ国(当時)の生産地から職人を呼び、顧客の前で手仕事の技術を披露するスペシャルイベントを企画。愛用客を途上国の工場に案内するツアーも過去24回開催し、そこでは「職人に習いながらバッグをつくる」といった体験企画が好評だ。先進国の消費者と途上国の生産者をフラットにつなげる交流を、積極的に仕掛けている。
「先進国の消費者に選ばれる商品に携われる誇り。それを実際にお客様と対面しながらダイレクトに感じられることで、彼らの“自力”はさらに高まったと思う」
自社工場、現地生産にこだわる
社名のマザーハウスは「第二の家」という意。働く仲間と家族的な絆を持つ意思が込められている。
山口さん提供
山口の言う“自力”とは、もともとそこにあるパワーを、自分たちの力で引き出し、磨き上げていくこと。「自社工場による現地生産」にこだわってきた、マザーハウスのビジネスモデルの根幹だ。
長期的に運命共同体として生産地と関わっていく姿勢は、より安くて早い生産工場と短期契約を繰り返す卸主体のモデルとは一線を画す。「第二の家」という意味も込められた社名には、働く仲間と家族的な絆を持つ意思が宿る。
工場長は現地スタッフを育成し、扱う素材も雇用も現地で。手仕事を効率よく量産する体制を工夫し、現在、バングラデシュの工場では月1万個もの製品を先進国向けに生産。2022年には新工場が完成する予定だ。
撮影:竹井俊晴
途上国ビジネスは、半端な気持ちでは決して続かない。
日本では当たり前のモラルがない世界で、今日仲間になった相手を信じるしかない日の繰り返し。ここに至るまで、山口は幾度となくだまされたり、裏切られたり、悔し涙を飲んできた。ある朝、出勤したら、借りていた工場がもぬけの殻になっていた時もあった。
それでも歩みを止めずに続けてきた原動力は、「ひっくり返したい」という強い思いだ。
途上国の土地と人が持つ“自力”に光を当て、モノづくりを通して、その輝きを引き出す役割を果たすことに、山口は並々ならぬ情熱を注いでいる。
原点には、幼い頃から「もっと輝きたい」ともがいた葛藤の経験があった。
(敬称略・明日に続く)
(文・宮本恵理子、写真・竹井俊晴、デザイン・星野美緒)
既存のルールや枠組みを超えて新しい仕組みやビジネスを作ろうとチャレンジする「ミライノツクリテ」。今回は、マザーハウス代表取締役兼チーフデザイナーの山口絵理子さん。山口さんがなぜ、途上国の人々と世界に通じるモノづくりに挑むのか、に迫ります。
宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。