英EU離脱「次の山」は2020年半ば。ジョンソン首相「歴史的大勝」も先行き不透明

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12月13日、総選挙の結果を受け、首相官邸前で勝利宣言するボリス・ジョンソン英首相。

REUTERS/Lisi Niesner

「実質的には2度目の国民投票」と注目されたイギリス下院総選挙(定数650)は、ジョンソン首相率いる与党・保守党が365議席を獲得。解散前から67議席も上積みし、過半数獲得はもちろん、保守党にとっては376議席を獲得した1987年のサッチャー政権以来の歴史的大勝で幕を閉じた。

野党については、最大勢力の労働党が40議席の203議席という惨敗を喫し、必然的にコービン党首が辞意を表明するに至った。そのほか、スコットランド民族党が13議席増の48議席と勢力を伸ばした一方、自由民主党は10議席減の11議席へと後退した。

EU強硬離脱を掲げるブレグジット党の候補者取り下げによって、離脱支持の票が保守党に一極集中したのに対し、残留を支持する票が労働党、自由民主党、スコットランド民族党に分散化されるという、あらかじめ想定されていた通りの結果に着地したと言っていい。

「労働党と自由民主党による残留派政権ができる」もしくは「どの勢力も多数派を取れない」という、金融市場が最も避けたかったシナリオは退けられ、2020年1月末に離脱という既定路線が現実化したことで、楽観ムードが支配的となり、株価が騰勢を強めている。

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12月13日、保守党の勝利を受けて「(EUからの)独立の日」の旗を掲げるロンドンの市民。

REUTERS/Thomas Mukoya

イギリス国民は今回の総選挙を通じて、ジョンソン首相の抱くEU離脱への強い意志に全権を託したことになる(得票率で見れば議席数ほどの大差はついておらず、消去法でそうせざるを得なかったという実情からも目をそらすべきではないが)。

後述するように、EU離脱についてはまだ問題が山積しているが、保守党の主導する議会のもと、離脱も残留もできないデッドロック状態が3年半ぶりに解消されることへの安堵感は確かにある。

まずは、2020年1月中にEUとの離脱協定案がようやく議会で可決され、1月末に離脱する。しかし、2020年末までは通商を筆頭に現行の経済関係が維持され、離脱に向けた「移行期間」となる。

11カ月で自由貿易協定の締結・発効は可能?

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2019年10月、EU離脱(ブレグジット)に反対する市民たちのロンドンでの抗議運動。

REUTERS/Yara Nardi

この移行期間中に、イギリスとEUは新たな通商関係について交渉して妥結し、2021年以降に備えなければならない。これが「次の山」だ。

2020年末までに自由貿易協定(FTA)を用意できない場合、移行期間終了とともに関税ないし非関税障壁が発生し、いわゆる「合意なき(ノーディール)離脱」となる。そうした展開への恐怖がいまだに残っていることは忘れるべきではない。

では、2020年1月末にEUを離脱して、2月から通商交渉に着手したとして、わずか11カ月でFTA締結・発効に至ることは本当に可能なのか

真っ当な感覚に照らせば、無理筋と言わざるを得ない。通常の2国間貿易交渉とそれに付随するFTA締結であっても、発効までには相当の時間と体力が必要とされる。この点は特に通商交渉に明るくない向きでも想像がつくことだろう。

イギリスが抜けても、EUにはなお27もの加盟国が存在する。2国間の交渉と比べて複雑な利害調整が必要になることは想像に難くない。EUがこれまで締結してきた貿易協定は、交渉開始から批准までに数年を要したものが多く、そのことを考えると11カ月間という交渉期間は無謀と言うほかない。

2018年来話題となっている、EU一般データ保護規則(GDPR)のイギリスに対する十分性認定も移行期間中に処理する必要がある。

また、新たな離脱協定案で想定されているアイルランド、英領北アイルランドとの関税徴収メカニズムに係る詳細な制度設計についても、まだ何も決まっていない。こちらも2020年末までにやらねばならない宿題のひとつだ。

「移行期間」延長の可能性は

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12月12日、ロンドン市内の投票所を後にするジョンソン首相とジャックラッセル犬のディリン。

REUTERS/Henry Nicholls

イギリスとEUの双方が2020年6月末までに希望するなら、共同委員会の判断のもとで移行期間を最大2年間延長できるオプションもある。

だが、当然のことながら延長期間中はEU規制を受け入れることになり、イギリスとしての貿易交渉は封印され、EU予算への拠出も発生する。

今回、総選挙に臨むにあたってジョンソン政権はそのような延長の可能性をあらかじめ否定して、自ら退路を断った格好になっている。

もちろん、過半数を大きく上回る議席を押さえたいま、ジョンソン首相が前言撤回して移行期間延長に舵を切ることはできる。しかし、「すべて自分で決められる以上、すべては自らの責任」といういままでにない構図があるため、もはや失策を野党に責任転嫁することはできず、支持率の低下に直結するリスクがある。

ちなみに、11カ月間で決着がつく可能性もゼロではない。

繰り返しになるが、議会を押さえているので、ジョンソン首相がEUに譲歩を重ねる形で合意形成を優先することも不可能ではない。もっともそれはジョンソン首相のスタイルではなく、何より彼を支持した国民への裏切りになるため、政権基盤が揺らぐ話になりかねない。基本的にはシナリオに組み込めない話だろう。

そんなわけで、「次の山」は間違いなく2020年半ばにやってくると考えたほうがいい

ジョンソン首相は「交渉の成果」と誇るが……

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北アイルランド第2の都市、ロンドンデリーに立てられた「(ハードだろうがソフトだろうが)国境はいらない」の看板。

REUTERS/Phil Noble

この先1年を見据えた場合、やはりイギリスのほうがEUより分が悪そうに見える。

10月半ばにジョンソン政権がEUと合意した離脱協定案は、移行期間中にFTA締結が間に合わなくても、アイルランド・英領北アイルランド間の国境(いわゆるハードボーダー)は復活しないことを定めている。

覚えていない読者も多いと思われるので、ここで簡単に離脱協定案とアイルランド国境問題の関係をおさらいしておこう。

2019年10月17日にジョンソン政権がEUと合意した離脱協定案は、アイルランド国境問題に関する「バックストップ」を削除し、2020年末までの移行期間が終了すれば、北アイルランドを含めたイギリス全土がEUの関税同盟から離脱することを「名目上は」うたっている。

バックストップとは「2020年末の移行期間終了までに、イギリスとEUの新たな通商協定が締結されず、移行期間の延長もなかった場合、アイルランドと北アイルランドの国境を開放しておくために発動される安全策」だ。

2020年末以降も通商協定に合意できない状況が続いた場合、イギリス全土がEUの関税同盟に残留せざるを得なくなるため、ジョンソン首相はこれをメイ前政権の「負の遺産」として削除させ、交渉の成果として誇示した。

確かに「名目上は」削除された。だが「実態は」そうではない。ジョンソン政権が合意した新離脱協定案は、「バックストップは削除する。しかし、イギリスと北アイルランドは一体であり差異は認められない。アイルランド国境付近での税関業務を省略するため、北アイルランドだけは関税手続きをEU基準に合わせる」ことを定めている。

何のことはない。要するに、イギリスと北アイルランドの差異を最初から受け入れ、EU規制への恭順を示しただけの取り決めだ。(メイ前政権と合意した)旧離脱協定案の再交渉をあれだけ固辞していたEUがあっさり修正合意に応じたのは、より御しやすい合意内容になったからに過ぎない。

EUはもはやそれほど焦る必要がなくなった

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イギリス総選挙当日の12月13日、ベルギー・ブリュッセルの欧州委員会前にはためく欧州旗。

REUTERS/Yves Herman

話をもとに戻そう。

EUはこれまで、新たな地政学リスクを呼び起こしかねないハードボーダーの復活だけは回避すべく、遅々として進まないイギリスとの交渉を続け、特に終盤戦はそれだけを気にしながら進めてきた経緯がある。

しかし、いまや移行期間が終了してもアイルランド国境問題は発生しないことになった。EUとしてはもはやそれほど焦る必要はない。

もちろん、通商関係での混乱は実体経済への足かせとなることから、回避できるに越したことはない。しかし、浴びる「返り血」はイギリスのほうが大きいことは各種の試算が示す通りで、EUには精神的余力がある

そんなEUを相手に、イギリスは自身が納得のいく条件で交渉を進め、合意を形成し、2021年のFTA発効に漕ぎ着けなければならない。11カ月でそれができるだろうか。

金融市場(特にポンド相場)は「合意なき(ノーディール)離脱」というフレーズをすっかり忘れてしまったかのような動きを示しているが、年明け後わずか半年で再び「いつか来た道」を目にする可能性があることには留意しておきたい。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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