COP25でグレタさんは現状について、「切迫感がまったくない。私たちのリーダーは非常事態の時のような振る舞いをしていない」と訴えた。
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スペインで開かれていた国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)は、各国の意見の隔たりが埋まらず、会期延長の末、課題を残して閉幕した。
会期中、石炭火力発電所の推進政策が世界から批判を浴びていた日本。「批判は認識している」と受け止めた小泉進次郎環境相は、「今以上の行動が必要だ」と脱石炭に向けた取り組みを強化する考えを述べたが、具体策を示せず失望を買った。
ただ、石炭以外の電源となる原発、液化天然ガス(LNG)、再生可能エネルギーは、安全面や価格面から見ていずれも弱点があり、一本立ちできる電源はないのが現状だ。とはいえ、東京電力福島第1原発の事故で再認識された原発のリスクとそれを拒む世論の高まり、LNGを含む脱化石燃料の世界的な潮流を踏まえれば、残された道は長期的に再エネの追求しかないようにも映る。
脱石炭は「するかしないか」という二択の時期はもはや過ぎ、それをどう段階を踏んで達成していくかに、焦点が移りつつある。
この問題は当然、環境省の所管には収まらない。小泉氏は「間に合わなかった」という調整を他省庁、企業を巻き込んで加速させ、どういった成果を示せるか、手腕が問われる。
広がる小泉環境相発言への失望
COP25でブラジル環境大臣と話す小泉環境相。「脱石炭」での遅れが指摘されている日本で、小泉氏は指導力を発揮できるのか。
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「COP25までに石炭政策について新たな展開を生むには至らなかった」
12月11日、COP25の閣僚級会合の演説で小泉氏はそう率直に認めた。演説の数日前、「厳しい批判に誠実に逃げることなく、丁寧な説明をする」と述べて注目が集まっていたが、案の定、脱石炭を掲げる環境団体や関係者の期待値を超えることはなかった。
メディア各紙は、
「小泉環境相、石炭火力廃止踏み込めず COP25会合(日経)」「小泉環境相『批判気付いている』 石炭火力抑制策を断念(朝日)」
とネガティブな報道が目立ち、ネット上でも「小泉環境相演説は空っぽだった」(前川喜平元文部科学省事務次官のツイッター)と残念がる受け止めが広がっていた。
この演説には、温暖化対策に消極的と認定される「化石賞」が与えられた。賞を贈った「気候行動ネットワーク」は「国際社会が求める脱石炭などの意思を示さなかった」と授賞理由を説明。COP25の期間中には、梶山弘志経済産業相が「国内も含めて石炭火力発電、化石燃料の発電所は選択肢として残しておきたい」と発言したことでも化石賞が贈られ、日本は同時期に2度の受賞という不名誉に見舞われた。
一方、先進国では脱石炭の流れが着々と進んでいる。国連はCOP25に先駆けて、2020年までに石炭火力の建設をやめるよう各国に呼び掛け、既にベルギーやルクセンブルクなどは石炭火力は廃止済み、フランスは2021年に、イギリスやイタリアも2025年までに全廃すると表明している。
いまだに「主要エネルギー源」に位置付け
福島第1原発事故以来、主要エネルギー源だった原発に頼れず石炭火力への依存度は高まった。脱原発と脱石炭は両立するのか。
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廃止期限のばらつきからも分かるように、各国の事情はさまざまだ。
脱石炭を打ち出している国・地域は原発依存度が高いとか、地理的に電気を輸入しやすいとか、人口密度が低くエネルギーが少なくて済むなど、事情はそれぞれだ。例えば2年後に全廃に踏み切るフランスは、原発への依存度が7割超と偏っている。周辺国はフランスが原発でつくった電気を輸入しやすい環境もある。
経産省「2019エネルギー白書について」より
日本は島国で、海外の送配電網やパイプラインともつながらない。福島第1原発事故以降、それまで頼ってきた原発が稼働しない中で、石炭を含む化石燃料に依存せざるを得なかった。
当時はまだ脱石炭がさほど喧伝されていない時期で、LNGに比べ、安価で調達しやすい石炭は日本のエネルギー供給を支える重要資源になりやすかった。オバマ前政権下のアメリカとの間で、石炭火力の高効率化を目指す「クリーンコール技術」の協力が進んでいることもあった。
全体の電源構成に占める石炭の比率は2017年に35%、2030年でも26%とされる。現行の国のエネルギー基本計画では、「エネルギー転換の過渡期においては、主力エネルギー源として必要」と位置付けられている。日本にとって、エネルギー供給を支える石炭の役目は今も変わっていないが、取り巻く世界の環境、潮目は変わった。
化石燃料企業からの投資引き揚げが加速
福島第1原発事故をきっかけに、「脱原発、再生可能エネルギー推進」に舵を切った国も。その後急速に「脱石炭」の意識も広まった。
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欧州では、2010年代以降、脱原発、再生可能エネルギー推進に舵を切る国が相次いだ。きっかけになった一因はやはり福島第1原発事故だった。
そして2010年代半ばごろから再エネ推進の余勢を駆るごとく、石炭をはじめとする化石燃料を問題視する動きも台頭し始めた。「脱石炭」という言葉が使われ出したのもこの頃からだ。
2015年にパリ協定が採択され、温暖化対策の機運が高まったことも背景にある。近年特に、化石燃料関連の企業から投融資を引き揚げる「ダイベストメント」が金融機関の間で加速している。引き揚げを見込む機関投資家の運用資産は11兆ドルを超え、2014年の520億ドルから200倍以上になっているとの試算もある。
フランスの金融大手BNPパリバは2030年までにEU(欧州連合)内で、その他の地域でも2040年までに石炭火力への投融資を取りやめると発表、ノルウェーの公的年金基金GPFGも段階的ダイベストメントを決めている。
日本も2018年、三井住友信託銀行が原則として石炭火力事業向け融資をやめる方針を打ち出した。2019年5月には三菱UFJフィナンシャル・グループが新設の石炭火力への融資を原則実施しない方針を示すなど、メガバンクもルール整備を進めている。
ただ、世界のトレンドに比べ、日本の金融機関の対応は不十分との批判も根強く、基準の厳格化を求める声が高まっている。こうした動きを背景に、石炭事業の直接的な事業者となる商社やエネルギー企業も、脱石炭に軸足を移しつつある。
自治体から始められる「脱石炭宣言」
ドイツのシュヴァルツェ・プンペ石炭火力発電所。ドイツも2038年に石炭火力全廃の方針を固めている。
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演説で脱石炭の具体策を示せずに「ゼロ回答」だった小泉氏だが、一定のアピールはあった。2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすると表明した日本の自治体が増えているとの紹介を交え、「自治体の野心的な行動で日本全体の脱炭素化も早めることができる」と強調した。
温暖化対策をめぐる省庁間の綱引き、調整に手間取る一方、可能な自治体から脱炭素の旗幟を鮮明にし、未表明の自治体もアクションを起こさなければならない機運が醸成されていくのは良い傾向だろう。自治体の表明が「2050年排出ゼロ」から「脱石炭宣言」につながっていくことも期待される。
アメリカでも、2020年にニューヨーク州が全米の州で初めて石炭火力の全廃に踏み切る。ワシントン州も2045年までの全廃を表明するなど、国としての脱石炭の方針はない中、州ごとに長期的な展望を示し始めている。
各州の権限が強いアメリカとは事情も異なるが、日本でも実質、石炭火力の立地していない自治体は、「脱石炭実現都市」などと、すぐにでも宣言できるはずだ。そうした自治体の輪が広がることによって、「石炭火力の新増設はしない」方向へと徐々に転換していくことはあり得るのではないか。
2020年には脱石炭の具体策を
9月20日に全世界で行われた気候変動デモ。若者を中心に世界中で広がり、気候変動に対する危機感の高さを象徴した。
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脱石炭は、国内ではまだ小流かもしれないが、着実にその流域は広がりつつある。世界の批判やトレンドを踏まえれば、一気に主流となる可能性があり、年々その気配が強まっているように感じられる。
エネルギー基本計画は3年ごとに見直しを迎える。2018年に改定されて以降、次回に向けた議論は既に始まっている。「今以上の行動が必要だ」とする小泉氏が率いる環境省と、就任後1カ月余りで前大臣が辞任してドタバタの経済産業省。脱石炭に向けた調整がCOPに間に合わなかったのは本音だろうが、今後調整が本格化し、パリ協定が実施段階に移行する2020年にも具体策が出てくることが望ましい。
米誌『タイム』が「今年の人」に選んだスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリさんも2020年を「行動の年」と位置付けている。
東京五輪・パラリンピックもあり世界の注目が日本に集まる2020年、COPでの化石賞などの汚名を返上すべく、同じ『タイム』が「次世代の指導者」と持ち上げた小泉氏の手腕が試される。
南龍太:東京外国語大学ペルシア語専攻卒。政府系エネルギー機関から経済産業省資源エネルギー庁出向を経て、共同通信社記者。経済部で主にエネルギー分野を担当。現在ニューヨークで移民・外国人、エネルギー、テクノロジーなどを中心に取材。著書に『エネルギー業界大研究』『電子部品業界大研究』。