観測結果をもとに描いた、銀河を大きく取り囲む炭素ガスの想像図。中心部分に青白く見える星が分布している領域(銀河)に対して、およそ5倍の広さに炭素ガスが分布している。
出典:国立天文台
宇宙は誕生直後、思ったよりも“汚れていた”のかもしれない —— 。
12月16日、東京大学宇宙線研究所の藤本征史博士(現コペンハーゲン大学所属)を中心とする国際研究チームは、約130億年光年先の銀河(※)を、チリ、アタカマ砂漠にある「アルマ望遠鏡」を使って観測。半径約3万光年(1光年は、光が1年かけて進む距離)という、銀河を覆い尽くすほど広大な範囲に、炭素のガスが分布していることを世界で初めて確認した。
※宇宙のはるか彼方から地球に届いた光は、長い年月をかけて地球までたどり着いた光だ。つまり、遠くから来た光を観測することは、宇宙の過去の姿を見ることと同じである。今回観測された銀河は、約130億年前の銀河。
この研究成果は、同日アメリカの天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に発表された。
今回の研究成果について、藤本博士は次のように語る
「これまでの観測でも、こういった領域に炭素や酸素などの重い元素は見つかっていました。しかし、これほど広がりがあることは知られていませんでした。発見当初は、自分たちの結果が間違っているのではないかと思いました」
記者会見で今回の研究成果について話す、藤本博士。
撮影:三ツ村崇志
私たちの体は、宇宙の塵からできている
宇宙が誕生したのは、約138億年前。誕生直後は、超高温・高密度の火の玉のような状態だったと考えられている。
宇宙はその後少しずつ膨張し、それに伴い温度が下がっていった。その過程でできたのが、水素やヘリウムといった軽い元素だ。しかしこの時、炭素や鉄といった“重い元素”はまだ誕生していない。
水素やヘリウムなどの軽い原子は、その後、互いの引力によって引き合い、密集していった。そしてある密度を超えると、原子同士が合体する「核融合」が発生。こうして、太陽をはじめとした自ら光り輝く天体「恒星」が誕生した。
恒星が誕生し軽い原子同士の核融合が繰り返されることで、やっと炭素などの重い元素が作られた(このような過程で作られる最も重い元素は鉄)。
今、私たちの体の中に含まれている元素も、かつてこういった星々の活動によって作り出された元素だ。
恒星の中で生み出された重い原子は、恒星の“死”と共に宇宙空間へと拡散される。
これまでの観測によって、約130億年前に炭素などの重い元素が存在していたことは既に知られていた。しかし、誕生初期の宇宙で、いつ、どのようにして炭素などの重い原子が拡散していたのかはよく分かっていなかった。
研究チームメンバーのロブ・アイビソン氏(ドイツ・欧州南天天文台科学部門長)は、今回の成果によって次のように語っている。
「星が死を迎えると、星内部で形成された炭素が、超新星爆発によって周囲にばらまかれていきます。さらに爆発時のエネルギー、銀河の中心に位置する巨大ブラックホールがもたらす高速のガスの流れや強力な光によって、星の周囲にとどまらず、銀河の外、やがては宇宙全体に炭素が広がっていったのだと考えられます。私たちはこのような重元素の拡散、さながら宇宙最初の環境汚染の現場をとらえたのです」
銀河を覆うほど広範囲に広がった炭素ガスが示す、新しい宇宙論の必要性
観測に使われたアルマ望遠鏡の一部。アルマ望遠鏡では、口径12mのパラボラアンテナ54台と、口径7mのパラボラアンテナ12台、合計66台のパラボラアンテナを1つの巨大な電波望遠鏡と見立て観測を行なっている。
出典:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)
宇宙初期の状態を知る最大のネックは、望遠鏡が検出できる天体の明るさだ。
アルマ望遠鏡は、地球上にある望遠鏡の中でも世界最高の“視力”を持っているが、その視力をもってしても、約130億年先にある銀河を覆うほどの領域に存在する炭素ガスから出る光は暗すぎて、検出が難しかった。
今回の研究成果では、アルマ望遠鏡でこれまでに観測した複数の異なる銀河の画像を重ね合わせることで、複数の銀河の周囲に存在する炭素ガスの『平均的な』ようすを捉えた点が特徴だ。これによって、従来の観測では決して観測することができなかった、微弱な炭素ガスからの光を見出すことができたといえる。
藤本博士によると、「今回の画像は、さまざまな銀河の画像を重ねた『平均的な銀河』の画像です。もし、本来の観測によって同じ感度のデータを得ようとすれば、従来の20倍の観測時間がかかります」と話す。
アルマ望遠鏡で観測した18個の銀河の炭素ガスのデータを重ね合わせた結果(赤色で表示)と、ハッブル宇宙望遠鏡による銀河の星の分布画像(青色で表示)と合成した画像。
出典: ALMA(ESO/NAOJ/NRAO), NASA/ESA Hubble Space Telescope, Fujimoto et al.
これまで考えられていた宇宙論では、これほどの密度の炭素ガスが銀河を覆い尽くすほど広範囲に広がることは想定されていない。
国立天文台・東京大学宇宙線研究所の大内正己教授は
「これまでの理論モデルに基づいて計算をしても観測結果が一致しないということは、理論で予想されていた以上に激しくガスが噴き出す現象が起きていたり、私たちの知らない何らかの現象が起きたりして、炭素ガスが広がったのかもしれません」
つまり、今回の研究結果は、宇宙の進化史を考える上で、これまでの理論では欠けていた何らかの新しい現象を考える必要性を示すものだ。
宇宙が誕生した直後、一体何が起きていたのか。
人類が宇宙の進化史の全貌を知る日は、未だ遠い。しかしそれでも、一歩ずつ、着実にその歩みを進めている。
(文・三ツ村崇志)