SHOWROOMの前田裕二社長。東京・渋谷のSHOWROOM本社にて撮影。
撮影:竹井俊晴
ライブストリーミングサービス「SHOWROOM」を運営するSHOWROOMが12月17日、AR/VR分野の新サービスと、新たな事業戦略を発表した。親会社・ディー・エヌ・エー(DeNA)からの分社後4年目に突入し、直近では31億円の大型資金調達(DeNA保有株式一部譲渡含む)も実施した。
新事業戦略を貫くテーマは「SHOWROOMの第二創業」だと、経営トップ・社長の前田裕二は言う。
14時から開催中の事業戦略発表の模様。
撮影:西山里緒
第二創業で立ち上げるのは、かけだしのアイドルやタレント、アマチュアの活躍が目立つSHOWROOMとは異なる、「プロ」を中心とした新たなAR/VR事業「SHOWSTAGE」。プロコンテンツを足がかりに組織も強化し、2020年中にはDeNAからの完全独立の方針も固めた。
東京・渋谷のSHOWROOM本社で、その頭の中身を直撃した。
「演者1:聴衆100万」の熱狂を、ARライブプラットフォームでつくる
SHOWROOMの会議室に現れた前田は、立ち話もそこそこにホワイトボードに概念図を描き始めた。
SHOWROOMはこの11月で創業7年目に突入し、直近では元メルカリ執行役員だった唐澤俊輔をCOO(チーフオペレーティングオフィサー)に迎え入れた(関連記事)。
背景には、DeNAの子会社というポジションから、完全に独立した企業組織へと「脱皮」する狙いがある。もちろん、その先には「上場」の2文字もチラつく。
SHOWROOMは12月17日の事業戦略発表で、複数のサービスを発表する。そのなかで最大のものは、アーティストや声優など「プロ」によるAR/VR(Augmented Reality、拡張現実感/Virtual Reality、仮想現実)ライブプラットフォーム「SHOWSTAGE」だ。これは、既存のSHOWROOMとはまったく別の新サービスになるという。
本部長CTOの佐々木康伸は、すでにシステムは動いていると、実機のデモを見せてくれた。デモ機は最新型のiPad Proだ。
ARライブプラットフォームの実機デモ。歌って踊る3Dモデルの動きは、アーティスト(演者)の動作をリアルタイムキャプチャーしたもの。
ARライブプラットフォームでは、さまざまな3Dモデルがアーティストによるリアルタイムのモーションキャプチャーでステージに立ち、生の歌声で参加者に語りかける。
「ライブステージ」になるのは、ちょっとした机や床、公園の広場など、「平面」であればどこでもいい。
ARなので、スマホやタブレットの画面を通して、現実の風景の中にライブステージが現れたかのような体験ができる。スマホを持つ自分が近づけば、キャラクターが大きくなり、デモではキャラクターの背後に回って観客席を見ることもできた。
デモを披露する唐澤(左)と佐々木(右)。技術的には、CGのような3Dモデルではなく、演者を実写で3次元キャプチャーすることもできるという(写真)。ただし、データ量がまだ大きすぎるため、5G時代にならないと現実的なコストにならない、と見る。
プロにこだわる理由を、前田はホワイトボードの手を休めることなく、スラスラと説明していく。
「今の私たちが生きている世界は、(いわば)メディア2.0の世界なんです」
前田は言う。
「(テレビ全盛期だった頃の)メディア1.0の時代は、パフォーマー(発信者)と聴衆(受信者)の割合が1:100万とか1:1000万とかだった。(言ってみれば)“集合”の時代」
これはちょうど、1990年代のテレビや音楽業界のイメージだろうか。
「メディア2.0の時代は、受信者が発信者になっていった。SNSでは“受信者”が“発信者”にまわることで、幸せを実感するようになった。
これを実現させたのがテクノロジー。カメラがなくても、スマホを利用してすぐに撮影(と生配信)ができるようになった。
イメージとして、(メディア1.0で)1:100万だったのが、1:100くらいの割合になったのがメディア2.0。大きな集合体が1つ存在していたメディア1.0に対して、(大小の)集合体がたくさん存在しているのが、2.0の時代」(前田)
メディア2.0の時代を通して2つのことがわかった、と前田は言う。
- 受信者側から発信側にまわると、承認欲求を満たす幸せがある
- 1.0の時代にはコンテンツの数が限られていたが、2.0の時代ではアマチュアによってコンテンツが爆発。人間の興味が極めて多様であることが可視化された
SHOWROOMはこうした「誰かにファンが生まれる構造」の分析と学びのもとで、プラットフォームを拡大してきた。直近の発表数字では、SHOWROOMの会員登録数は330万ユーザー(2019年12月現在)だ。
「メディア3.0」のキーは“プロ”と“スマホ”
SHOWROOMの新事業はなぜAR/VRライブなのか? 事業開発にあたり「メディア3.0」がどうなるかを考えたと、前田は語った。
「1.0から2.0の過程で分散していってしまった集合体を、もう一度収束させて、日本を揺るがすような(かつての)熱狂を生みたい」(前田)
そのために必要な条件は、シンプルにいえば「どんなソフト」を「どんなハード」で届けるか、だ。
上から、メディア1.0、2.0、3.0の構成要素の概念図。プロとアマチュアの違いの定義の1つは、「出役と作り手」の分業。「アマチュアは出役(演者)も作り手も素人で、だからこそ誰にでも機会が解放されて素晴らしかった」その一方で「僕らが日々(スマホで)触れるコンテンツは素人コンテンツばかり」(前田)になっているのが現状。新事業では、再びプロが現代のハード(スマホ)の中に戻ってくる場をつくりたい、とする。
撮影:伊藤有
新しいARライブプラットフォームで目指すのは、前田の表現を借りれば「スマホの中に神々(プロ)が降りてくる祭壇をつくり、プロが当たり前のように降臨する」場を生み出すことだ。デジタル上の存在であるAR/VRなら、コンサートホールなどの「物理的な数」と聴衆の「場所」の制約を取り去れるとする。
SHOWROOMは2019年2月に「バーチャルジャニーズプロジェクト」を開始、同12月5日にはジェイ・ストーム(ジャニーズ事務所系列のレコード会社)と提携も発表している。ジェイ・ストームと進める事業は、まさに今回発表した「SHOWSTAGE」のような、スマホというスクリーン(ハード)に最適化された「プロコンテンツ」の発信と収益化だ。
「“AbemaTV”年間200億円の投資」の10分の1のコスト目指す
SHOWROOMアプリのホーム画面。
しかし、これまでアマチュア(個人インフルエンサー)色が強かった「SHOWROOM」と、完全なプロ向けプラットフォームの「SHOWSTAGE」は、似て非なるサービスだ。
プロ「だけ」が降臨するプラットフォームは確かに少ないかもしれないが、一般的にはTikTokやインスタグラム、YouTubeなど世界級の競合とも比較される。このレッドオーシャンを勝ち抜く戦略には、未知数の部分も多い。
プラットフォームの開発とビジネス立ち上げへの「投資」への考え方を聞くと、前田は苦笑しながらこう答えた。
「(投資額は)いま僕たち(SHOWROOM)が生み出す利益というレベルではない。どんなに少なくても2桁(億円)レベルの投資が必要。長い目でみたらもっと(投資金額は)いく。この領域をやるには(最終的に)3桁億以上の投資になってもおかしくない」
ただし、AbemaTVのような「インターネット版テレビ放送」は狙わない。
AbemaTVを運営するサイバーエージェント・藤田晋社長はこれまで、AbemaTVをつくるには「年間200億円規模の投資が必要」だと繰り返し公言してきた。並外れた覚悟と企業の体力が必要な事業であることは、業界で知れ渡っている。
SHOWROOMの事業成功の勝ち筋は、「スマホに最適化されたメディアを比較的低コストで作り出す方法」の開発だ。このノウハウ、技術をSHOWROOMは編み出しつつあると、前田は言う。
「同種のメディア事業立ち上げにかかるコストに比べて、10分の1程度のコスト感を目指して運営していきたい。そこには途方もない工夫が必要だと分かっているので、SHOWROOM全総力を上げて知恵を絞っていく。
(中略)
(プロ向け事業は)現在のSHOWROOMと同じかそれ以上の収益を生み出す可能性があり、さらにSHOWROOMとのシナジーも作り出せる」
これまでの「SHOWROOM」というメディアに加えて、ARライブプラットフォームも含めた「プロが活動する新メディア」を事業の新しい柱として加え、ビジネスを強力にする……これがSHOWROOMが描く新たな事業戦略。前田は次の成長に向けた「SHOWROOMの第二創業」だと意気込む。
今後1年以内にDeNAからの資本的・組織的独立へ
事業開発と平行して、組織強化も進める。狙うは、バックオフィスまでも含めて、DeNAから独立することだ。
バックオフィスの組織づくりは2020年中。今後半年から1年ほどで(DeNAからSHOWROOMに)巻き取って、完全に独立した組織として動けるようにしたい。資本に関しては、もっと早く(DeNAから独立する方針)……組織強化の指揮をとるCOOの唐澤と、経営トップの前田は、取材に対して口々にこう答えた。
第二創業にあたり、DeNAとのシナジーは意識するか、との質問には、シナジーにこだわりすぎると事業が歪む。だから「シナジーにはあまりこだわらなくてもいいかな、と」(前田)とふっきれたように答えた。
SHOWSTAGEの最初のイベント「超現実ライブ」は1月26日の開催となる見込み。プラットフォームはiOS、Androidそれぞれで参加できるよう開発が進んでいる。
手のひらにのるスマホの画面を主戦場に、1:100万の熱狂を創り出すスタートラインに立ち、DeNAからの組織的「親離れ」も進め、資本としても独立する。
2020年はSHOWROOMにとって、きわめてめまぐるしい1年になりそうだ。
(本文 敬称略)
(文・伊藤有、写真・撮影:竹井俊晴)