マイケル・オズボーン・オックスフォード大学教授。2013年にAIが雇用に与える影響に関する論文「雇用の未来」を発表。機械学習分野における世界的な研究者。日本のAIベンチャー「エクサウィザーズ」の顧問も務める。
撮影:岡田清孝
オックスフォード大教授のマイケル・オズボーン氏は2013年の論文「雇用の未来」で、2050年にAIによってなくなる仕事に言及したことで、世界中に衝撃を与えた。それから7年。AIはさらに目覚ましい発展を遂げている。労働の環境や仕事はどうなるのか。さらに2017年に発表したAI時代を生きるために必要な「スキルの未来」についても聞いた。
聞き手は統括編集長の浜田敬子。
浜田:2013年に発表された論文「雇用の未来」で、「現在ある職業の47%はなくなる」と予測され、世界中に衝撃が広がりました。その反響は予想以上でしたか。
オズボーン:この論文で私が伝えたかったのは、「AIによって人間の仕事が奪われる」ということではなく、「テクノロジーが人類に新たな雇用機会をもたらす」ということです。特に日本では近年、少子高齢化による労働力不足が深刻な社会問題となっています。そういう状況では、テクノロジーは失業を生み出すものではなく、むしろ労働力不足を補うものだと考えています。
失業リスクが高いコールセンターやトラック運転手
浜田:「雇用の未来」以降、AIが人間の仕事を奪うという「悲観論」と、いやAIの能力はそれほどでもないとする「楽観論」が交錯しています。この点について、どう思われますか。
オズボーン:それぞれの理論に根拠と合理性があると思います。私自身はテクノロジーの発展を担う立場として、自ら楽観的な見方をするべきだと思っていますし、AIは社会に多大な価値をもたらし得ると考えています。
ただ、悲観的な考えも理解できます。AIの台頭によって、全人類が恩恵を受けるわけではないことは事実ですし、やはり失業リスクが高い職業もあります。
例えばコールセンターのスタッフ。グーグルが「コンタクトセンター」いうサービスを提供しているように、コールセンターの完全自動化は可能です。アメリカでは約100万人の雇用が奪われる可能性があります。
現在、アメリカで約200万人いるトラック運転手の仕事も自動運転に代替可能です。小売りでは店舗のレジスタッフだけでなく、レジすらなくなるでしょう。
長時間労働で一時的に下がった平均寿命
産業革命によって、一時的に特定の地域の平均寿命が短くなるなどのマイナスの側面も起きた。
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浜田:AIが発展する過程において、ある時期にはネガティブな側面も出てくると思われますか。
オズボーン:AIの発展を語るうえで参考になるのが、18世紀末にイギリスで始まった産業革命です。当時、テクノロジーの発展によって今まで存在しなかった巨大な価値が創出されました。一方で、そうした社会の変化によって苦境に陥った人々も多数いるのです。
例えばリバプールやマンチェスターでは、工場労働者が劣悪な環境で長時間労働を強いられるなど、非人間的な扱いをされたことで、その地域の平均寿命が一時的に短くなりました。当時、イギリス人の平均寿命が40歳くらいのときに、この地域では31、2歳になったのです。
浜田:それは衝撃的ですね。一時的に大きな負の部分が出てきたのですね。
オズボーン:そうですね。その後、イギリス人の平均給与が上がるなど、テクノロジーの恩恵が行き渡るには、その後約40年もかかりましたし、それまでにはデモやストライキがたくさん起こりました。
現在のようなテクノロジーによる社会変革の時代において、当時のように混乱が起こる状況は避けなければなりませんし、恩恵を被るまでに40年もかかるようではいけないと思っています。
製造業で新たな雇用が生まれることはない
浜田:日本のような国ではAIによって労働力不足が解決されるかもしれませんが、人口増が続く発展途上国では、先進国以上に雇用の負のインパクトが大きいのではないでしょうか?
オズボーン:世界銀行による2030年の試算によると、発展途上国における失業リスクは、かなり高いと予測されています。例えば今後、途上国の主要産業である製造業で新たな雇用が生まれることはないでしょう。
しかし、テクノロジーの発展により「e-lancing(イーランシング)」、いわゆるフリーランスとして、オンラインで人材が登用される機会が増えれば、新たな雇用の活性化につながるのではないでしょうか。今後、インターネットを活用して他国の仕事を獲得できるようになれば、それも発展への道筋ではないかと思います。
浜田:「e-lancing」という言葉を初めて聞きました。
オズボーン:e-lancingは、「自動化される社会」に関連するキーワードで負の側面もあります。デジタルインターフェイスで仕事をすると、その結果がオンライン上のデータとして残り、機械学習によってアルゴリズムがつくられて自動化されていきます。私たちが「e-lancing」に注力するほど、データ活用が加速されて、自動化が進み雇用が奪われるということもあるかもしれません。
富の適正な分配に必要な行政の規制
浜田:AI時代の雇用の問題で言えばもう一つ、先進国ではUBERの浸透により、タクシー運転手の失業や収入減が問題になっています。つまり富がプラットフォーマーに集中するという問題があります。産業革命でも資本家と労働者が生まれたように、テクノロジーを使う上で「富の適正な分配」意識がプラットフォーム側にないと、より負の側面ばかりが際立ってしまいますよね。
オズボーン:全くそのとおりだと思います。消費者の立場としては、安価で便利なテクノロジーが利用できますが、就業者の立場になると、収入が低いという二面性があります。富を適正に分配するためには、まずは行政による規制の整備が必要だと考えています。
具体的に言うと、テクノロジーの発展により苦境に陥っている職業の人を経済的にサポートする制度をつくる。例えば政府の補助金のようなものを申請できたり、彼らの再雇用のためのトレーニング制度を整備したりといったことです。
富の分配において、アメリカでは家賃の高騰も社会問題となっています。特にハイテク企業が集中するサンフランシスコでは、家賃の高騰による経済格差が広がっています。サンフランシスコで高収入を得ているテック企業の人は、頻繁に食事のデリバリーやクリーニングを利用してお金を使うので、ある意味、富を分配しているといえます。しかしながら、こうした恩恵はこのエリアに住めないと享受できません。
富の分配においては、「掛け算効果」というものがあり、典型的な高収入のハイテク企業に勤務する1人に対して×5の雇用が生まれると言われています。途上国ではその人数がさらに多くなると考えられます。×5の恩恵を享受するためには、その地域に住めるための住居政策だけでなく、家賃の安い地域から「恩恵を被れる地域」への公共の交通インフラの整備も不可欠です。
ガバナンスに従業員も関われる仕組みを
テクノロジーの進化によって格差は広がる一方だ。
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浜田:ヨーロッパではテックジャイアントへの反発が強いようですが、こうした巨大なテクノロジー企業と社会はどうしたら共存できるのでしょうか。
オズボーン:反発心はそこまでではないと感じていますが、他の地域よりも規制しようとする動きは強いと思います。
最近では、テクノロジー業界の労働者が内部告発やストライキをする動きも多くみられます。
今後重要なのは、企業のガバナンスに経営陣だけでなく、現場の従業員が関われるモデルをつくることです。ドイツや北欧諸国は労働者の権利が守られてきた国ですが、世界的にもそのような取り組みが必要なのではないでしょうか。
産業革命の話に戻ると、デモやストライキにより民主主義が機能しなくなりました。最近では2016年にトランプ氏を支持したのは、テクノロジーによる自動化が顕著な地域や業界でした。民主主義への失望感がそのような形で現れたのです。
こうした動きが世界中で起こるなかで、一人ひとりが尊重される民主主義社会の存続の重要性を、いま一度、個人も企業も見直すべきではないかと考えます。
政府がどれだけ教育コストをかけられるか
AI時代に必要なのは変化を楽しみ、自ら学び続けられる能力だという。
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浜田:2017年には、雇用に続いて「スキルの未来」に関する論文を発表されました。
オズボーン:2013年に発表した「雇用の未来」が大きくメディアに取り上げられたため、その反響に応えたものです。「雇用の未来」を悲観的に解釈する方がいらっしゃるなかで、「今後待ち受ける未来は決して暗いものではなく、新たな雇用の機会が生み出され、私たちにもできることがありますよ」ということを伝えたくて書いたものです。
浜田:日本はテクノロジー社会に向けては、理系スキルが重用される傾向が強いですが、「スキルの未来」では、心理学や教育学が上位にランキングされています。
オズボーン:私自身、大学で教鞭をとっている立場である以上、教育は非常に重要であると考えています。ひとつ明白に言えるのは、現在、子どもたちの未来にとって本当に役に立つ教育ができていないということです。私たち大人は、まずそのことをしっかりと認識し、教育環境を一新していかねばなりません。
現在イギリスでも、(未来のスキルとして一番必要な)「自ら学び続けるための教育」ができていないと感じています。教える側と教わる側との温もりのある、一人ひとりに合った教育が必要だと思います。オックスフォード大学には、チュートリアルという教師1人に対して学生が2、3人で行う問答形式の教育システムがあります。これにより単なる知識獲得ではなく、より深い本質的な学びにつながります。
今後、このようなカスタマイズされた教育システムをいかに取り入れていけるか。政府がどれだけ教育にコストをかけられるかが重要ではないでしょうか。
一番必要なスキルは「戦略的学習力」
浜田:日本では子どもにプログラミングを学ばせるなど実学重視の傾向がありますが、これからの時代を生き抜くには、どのようなスキルが必要になるのでしょうか。
オズボーン:今は50年以上働く時代と言われており、働く期間が非常に長いですよね。そこで、間違いなく言えるのは、いま特定のプログラミング言語を学んだとしても、50年後にそのスキルは使えません。何を学ぶにしても、一生涯、1つのスキルだけで生きていけるわけではないのです。
今後、最も必要とされるスキルは、「戦略的学習力」です。言い換えるなら、「自ら学び続ける能力」です。この時代において、死ぬまで学び続けることが必須になるのは自然な流れだと思います。その他にも、創造性や社会性、協調性といったスキルも重要になってくるでしょう。
今までの人生経験から感じたことですが、やはり子どもたちが興味のあること、情熱をもって取り組めることを理解し、その道を追求し続けられるよう、私たち大人が後押ししていくことが大切であると思います。
もうひとつ大切なのは、社会がより一層、多様化していくということです。時代の変化に応じて、新たな職が生まれ、必要なスキルも変化していきます。そうしたなかで、重要になるのが、「適応力」と「自ら学ぶ意欲」です。言うなれば、「変化を楽しめる人間」こそが、生き残れるのではないでしょうか。
(聞き手・浜田敬子、構成・松元順子、撮影・岡田清孝)