2019年11月18日、Yahoo! Japanなどを運営するヤフーの親会社Zホールディングス(以下、ZHD)とLINEは、両社が経営統合することを基本合意したと発表しました(※1)。
日本におけるポータルサイト、およびメッセンジャーアプリを抱えるリーディングカンパニー同士の統合——ニュースのインパクトは大きく、「国内最強のスーパーアプリの誕生か」「PayPayとLINE Payはどうなるのか」など、話題は尽きません。
果たしてこの決断の裏には、ZHDとLINEのどのような狙いがあるのでしょうか?
そこで今回は、両社の経営統合のニュースを「会計」と「ファイナンス」の視点で読み解いていくことにしましょう。
※1:Zホールディングス株式会社、LINE株式会社「経営統合に関する基本合意書の締結について」
株価はどう反応したか
まず手始めに、今回のニュースに株価がどう反応したのかを見ておきましょう。
前回、「株価の単純比較は意味がない」とお話ししたとおり、ZHDとLINEの株価をそのまま比べることには意味がありませんが、同一企業の株価の動きを時系列で追うことはとても大切な意味を持ちます。株式市場がその企業をどのように見ているのかは、株価にダイレクトに影響するからです。
さて、ZHDとLINEの統合が正式に発表されたのは2019年11月18日です。しかし、両社の株価を時系列で追った図表2を見てみると、18日はどちらの株価もそれほど変動していません。なぜだかわかりますか?
理由は、株式市場は18日の時点ですでに、ZHDとLINEの統合を織り込んでいたからです。
図表2をよく見ると、14日の時点で両社の株価が跳ね上がっています。実は18日の正式発表に先立つ同月13日、日本経済新聞が両社の統合の動きをいち早く報道していたのです。その翌日には、ZHDとLINEもそれぞれ「統合の検討を進めているのは事実」といった趣旨の発表を出しました。
その結果、翌14日の株式市場では、ZHDは前日比65円高(+16.9%)の449円、LINEは705円高(+15.4%)の5290円に。どちらも、全市場の値上がり率の上位に入る急騰となりました。
時価総額の差が1.5倍もあるのになぜ「対等統合」?
さて、ここまでは経営統合報道前後の両社の株価の動きを見てきましたが、前回もお話ししたように、株価そのものを見ても企業の価値はわかりません。見るべき数字は時価総額です。
時価総額:株式市場で評価されている「会社の値段」のこと。時価総額を発行済株式総数で割ったものが株価。
図表3をご覧ください。ZHDの時価総額は1.86兆円であるのに対し、LINEは1.26兆円。両社の間には約1.5倍もの開きがあることがわかります。
(注)2019年12月11日時点
報道によれば、ZHDとLINEの経営統合は「対等」となっています。
経営統合時は、両社の筆頭株主であるソフトバンクとNAVERが50%ずつ出資をするジョイントベンチャー(以下、JV)を設立し、このJVと一般株主が新生ZHDの株主に。新生ZHDの下に、ヤフー株式会社とLINEがぶら下がることが予定されています(図表4参照)。取締役もZHDとLINEからそれぞれ3人ずつと、文字通り“対等”です。
ここで素朴な疑問が湧いてきます。時価総額ではZHDとLINEは1.5倍近い開きがあるのに、なぜ両社は「対等統合」で合意したのでしょうか? 以下ではその理由を、両社の実態を分析しながら考えていきます。
でもその前に、会計の基本的な知識をざっくりと頭に入れておきましょう。ここに出てくる数字はどれも、企業分析をする際には必ずといっていいほど使われる大切な数字ですから、少し辛抱してお付き合いください。
「売上高」は蛇口から出てくる水、「利益」は風呂に溜まった水
会計を勉強すると、まず出くわすのが「損益計算書(P/L:Profit and Loss Statements)」と「貸借対照表(B/S:Balance Sheet )」という言葉ではないでしょうか。それぞれがどのようなものかわかりますか?
まずは損益計算書(P/L)から行きましょう。P/Lは、「四半期」や「1年」というように期間を区切ったとき、その期間内で企業がいくら売り上げ、その売上をあげるためにどのくらいのコストをかけて、最終的にいくらの利益を生んだのか、といったことを記載するものです。
P/Lが何を表しているのかは、お風呂をイメージしていただくとわかりやすいかもしれません(図表5参照)。蛇口から勢いよく出た水が、栓をし忘れたバスタブに溜まっていく様子を想像してください。このとき、蛇口から流れ出てくる水が「売上高」、穴から漏れ出していく水が「費用」、そしてバスタブに溜まっている水が「利益」です。
蛇口から出てくる水の量がどのくらいか、穴から漏れる水の量はどうか、バスタブにどのくらい水が溜まるかは、時間で区切らないと答えようがありません。1時間なのか2時間なのか、時間によって答えは変わってくるからです。同様に会計でも、「四半期」や「1年間」という期間で区切って売上高、費用、利益を見ます。
P/Lの構成を大まかに図で説明すると、図表6のとおりです。
貸借対照表は会社の“レントゲン写真”
次に、会計のもうひとつの基本情報、「貸借対照表(B/S)」について見ていきましょう。
B/Sとは、ある時点での企業の財政状態を示すものです。「○年○月○日〜○年○月○日」というように期間で表現されるP/Lとは違い、B/Sは「○年○月○日」のように、ある一時点での企業活動を捉えたものです。企業の“レントゲン写真”を撮るようなもの、と言えばイメージしやすいでしょうか。
これもバスタブの例で考えてみましょう。
いま、バスタブに水が30リットル溜まっているとします。蛇口から1時間あたり10リットルの水が入り、穴から5リットルの水が出ていくとします。すると、1時間後にお風呂に溜まっている水は30+(10−5)=35リットルですね。ここでいう「10−5」の部分はP/Lで表現され、「35リットル」の部分がB/Sに記載されます。
要するに、B/Sを見ると「ある時点でどのくらいの量の水がバスタブに溜まっているか(=企業が経済活動を行うに際して、ある時点で保有している資産の額)」が分かるわけです。この、バスタブに溜まっている水の量のことを、会計では「総資産」と呼びます。
B/Sでは、この総資産が「どこから調達したものか(調達の源泉)」もあわせて記載されます。それがB/Sの右側に記載される「負債」と「純資産」です。一方、B/Sの左側に記載される「資産」とは、「調達したお金をどう運用しているか(調達した資本の運用先)」を表しています(図表7)。
以上で、P/LとB/Sの説明はおしまいです。これらを踏まえたうえで、今度こそ、時価総額で1.5倍もの開きがあるZHDとLINEがなぜ「対等統合」を果たしたのか、分析を進めていくことにしましょう。
主要な数字を見るかぎりZHDが圧倒しているが…
ZHDとLINEの分析をするにあたって、まずおさえておきたい主要な6つの数字をグラフで比較したものが図表8です。
ZHDの「時価総額」が約1.86兆円に対してLINEが1.26兆円と、両社に大きな開きがあることはすでに確認済みでしたね。しかし、図表8で目につくのは、それだけではありません。
グラフを一見して分かるのは、他のどの数字でもZHDの方がLINEを上回っているということ。とりわけ「総資産」の差は歴然で、ZHDは約2.4兆円あるのに対してLINEは約4800億円と、その差は実に5倍近くです。なぜZHDの総資産がこんなに多いのかというと、ZHDはヤフー株式会社以外にも、アスクルやジャパンネット銀行などいくつもの企業を傘下に抱えているためです。
ここまでの分析では、どの数字をとってもZHDはLINEよりもかなり優勢です。にもかかわらず、なぜZHDとLINEは「対等統合」で合意したのか……謎は深まるばかりです。
実は、その謎を解く鍵を握るのは、「会計」と「ファイナンス」の2つの視点をかけ合わせた3つの指標です。この3つの指標を使えば、「ファイナンス的視点」単体でも「会計的視点」単体でも捉えることができない、ZHDとLINEの別の姿が浮かび上がってくるのです。
いわばファイナンス的視点と会計的視点をかけ合わせた「ハイブリッド視点」とも言える3つの指標については、次回詳しくお話しすることにします。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)