撮影:伊藤有
12月13日、嵐の活動休止までの1年間の軌跡をたどるドキュメンタリー番組「ARASHIʼs Diary -Voyage-」が、Netflix(ネットフリックス)で全世界独占配信されることが発表された。この事実は、多くの映像業界関係者に驚きをもって迎えられた。
一方、これにはいくつかの「予兆」もあった。ネットフリックスに限らず、映像配信という事業の今を象徴する、ひとつの出来事だったといえるだろう。
ジャニーズがネットフリックスを選ぶのは必然だった
ジャニーズ事務所はなぜネットフリックスでの配信を選んだのか?Business Insider Japanの取材に対し、ネットフリックス広報は「ジャニーズ事務所からの企画である」と答えている。
このことについて、あるテレビ局関係者はこう話す。
「海外展開を重視したのではないか。同じことをテレビ局とやるとすると、どこか1社との独占になり、他の局との関係も面倒になる。だが、独立した配信元との提携なら、既存の番組への影響も小さい」
彼はジャニーズ事務所の番組に直接関わる人間ではないので、これは「テレビ局関係者による説」に過ぎない。しかし、一定の説得力はある。
ネットフリックスは約190カ国にサービスを展開しており、独自調達したコンテンツは基本的に「全世界同時配信」になる。今回のドキュメンタリーも28カ国語の字幕付きで、「ネットフリックスオリジナル」のフォーマットに則っている。日本国内の事業者と組んだ場合、海外配信には別途契約などが必要になるが、ネットフリックスであればそのハードルは低くなる。
撮影:西山里緒
もうひとつ、意外と知られていないのが「ネットフリックスとの契約には色々なパターンがある」ということだ。
「外資による制作協力」というと、あらゆる権利を彼らが持っていくように思っている人は、いまだに少なくない。だが、実際にはもちろん違う。ネットフリックスが映像配信権を独占するのは基本だが、ディスク化した場合の販売権などは別扱いになる場合が多い。
(あくまで可能性の話ではあるが)ジャニーズ事務所としては、配信はネットフリックス独占にしつつ、ディスクを中心としたグッズ販売をカバーする形にすれば、ビジネス上のリスクは大きく軽減できるわけだ。
これまでジャニーズ事務所は、ネットフリックスと組んで「炎の転校生REBORN」「宇宙を駆けるよだか」「フラーハウス」などのドラマを作ってきた。
ネットフリックスは正確な配信数などをパートナーにも開示しないものだが、「ネットフリックスと組むとどのようなビジネスになるのか」「組んだ結果、グッズ販売やファン獲得にどのような影響が出るか」というイメージを掴んでいるのだろう。
そう考えると、新たなパートナーを模索するより、すでに関係もあるネットフリックスと組む、という判断は、かなり妥当なものだったのではないかと筆者は考える。
「一部屋1台」から「一家に1台」に戻るテレビ
とはいうものの、「映像配信」という存在が日本の中で価値を持っていなければ、ジャニーズ事務所もこんな判断はしなかったろう。
日本は伝統的に「無料で見られる地上波のテレビ」が強い国で、それはまだ変わっていない。博報堂DYメディアパートナーズが毎年発表している「メディア定点調査2019」(2019年5月発表)によると、東京地区における1週間の「メディア接触時間」のうち、テレビは約154分を占めておりトップだ。
一方で、携帯電話・スマートフォンは1週間に約118分。メディア接触時間はこの10年で90分近く増加しているが、そのほとんどがスマートフォン・タブレットなどのメディアによるものだ。
博報堂DYメディアパートナーズが毎年発表している「メディア定点調査2019」より、東京地区での1週間のメディア接触時間を統計したデータ。2006年以降、携帯電話・スマートフォンの存在感が急激に増している。
出典:博報堂DYメディアパートナーズ「メディア定点調査2019」から抜粋
これと一緒に見ていただきたいデータがある。筆者が、JEITA(一般社団法人電子情報技術産業協会)の統計データから作ったグラフ(下)だ。
2011〜17年の「日本国内のテレビ出荷台数」の推移を表している。2018年以降は統計基準が変わったため、同じグラフにまとめることができていないが、傾向に大きな変化はない。オレンジが37型以上の「リビング向けの大型テレビ」、青が29型以下の「個室向けの小型テレビ」だ。
2011年の地デジ移行の後、小型のテレビが売れていない。リビング向けは4K化・大型化の影響もあって置き換えが進み、売れ行きが戻ってきているものの、小型は売れ行きが戻らない。
2011年から2017年までのテレビの国内出荷台数をグラフにしたもの。青が29型以下の小型テレビ、オレンジが37型以上のテレビ。大型テレビの需要は回復しているが、小型テレビについては今に至るまで需要が回復していない。
出典:JEITAの資料をもとに筆者が独自に作成
本来、小型で安いものは大型よりも数が売れるもの。「一家に1台」ではなく「一部屋に1台」ならそうなる。だがこのグラフからは、テレビがふたたび「一部屋に1台」ではなく「一家に1台」に戻っている傾向が見えてくる。
前述のメディア接触時間の変化と合わせると、「個室にテレビがなくなった結果、1人だけでいるときに接触するメディアとして、テレビの価値が落ちている」と推測することができる。
コンテンツを提供する側から見れば、これは見逃せない傾向だ。テレビを無視することはできず、マス訴求にテレビは欠かせないものの、一方で「個人が深く接触する」場合には、テレビではなくネット系の媒体を使うほうが良い……という結論に至るところが出てきても不思議ではない。
「テレビ番組がテレビでしか見られない」状況の不自然さ
Reuters
スマートフォンなどからのメディア接触に対し、もうひとつ大きな影響を与えるものがある。それが「5Gを見据えた前哨戦」だ。
5Gでは通信速度が速くなり、その分コストが下がる。携帯電話事業者(キャリア)としてはそれを単純な値下げにつなげるわけにはいかない。ユーザーをできるだけ「使い放題」に近いプランへと誘導したい、という狙いがある。
現在もすでに大手3社は、大容量パケットパックを軸とした「使い放題に近い」料金体系をウリにしている。楽天も正式サービス時には「使い放題」をアピールしてくるのは確実だ。
そうなると、YouTubeやネットフリックス、Amazon Prime Videoなどの映像配信はずっと利用しやすくなる。
出典:Business Insider Japan
NTTドコモは12月1日から、大容量プランである「ギガホ」の契約者を対象に、アマゾンプライムの1年間利用権を提供するキャンペーンと、ディズニーの映像配信「Disney DELUXE」の1年間利用権を提供するキャンペーンを始めた。
KDDIはネットフリックスと提携した料金プランをすでに提供済み。これがネットフリックスの契約者増に大きく貢献しているのは疑いない。
ソフトバンクも大容量プランである「ウルトラギガモンスター+(プラス)」で、データ容量を消費することなく動画・SNSを楽しめる「動画SNS放題」の対象サービスの対象に、2020年1月31日以降、アマゾンプライムビデオを追加すると発表した。
それぞれが強い映像配信との提携を強め、「5Gになった時の魅力」を高める方向性に進んでいる。
ジャニーズ事務所が嵐のドキュメンタリーをネットフリックス向けに提供することを決めたのも、こうした背景を考えると「必然」に思えてくる。
そう考えると、NHKが「ネット同時配信」の実現を急ぐ理由もわかる。民放も何もしていないわけではなく、共同運営の見逃し配信サービス「TVer」の拡充や、各社の映像配信事業の強化を検討中だ。
「テレビ放送の番組がテレビという窓でしか見られない」状況の不自然さが壊れる日が近づいている。
(文・西田宗千佳)