トランプ大統領の弾劾決議後に開かれたメディア会見にて話す民主党幹部ナンシー・ペロシ下院議長(中央)。アメリカの連邦下院は12月18日、トランプ大統領が2つの弾劾条項を犯したとする決議案を賛成多数で可決した(2019年12月18日撮影)。
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「私たちは、今日という日を忘れないだろう」
政治ニュースサイト「Axiox」のマイク・アレン上級編集者は12月18日未明、ニュースレターにこう書いた。
アメリカの連邦下院は12月18日、本会議を開き、トランプ大統領が2つの弾劾条項を犯したとする決議案を賛成多数で可決した。大統領職にある人が犯した場合、「罪状」とみなされる2つの弾劾条項は、「大統領権限の乱用」「議会の妨害」とされる。
下院の弾劾決議を受けた大統領は、アメリカ史上、トランプ氏を入れて3人しかいない。
2020年大統領選挙で、トランプ氏の再選を阻みたいリベラル派の有権者は、弾劾がトランプ再選へ打撃となることを切望している。しかし、「弾劾は嘘」「魔女狩り」とする与党共和党やトランプ支持者の団結はさらに固くなり、下院で共和党議員の造反は出なかった。
自分の利益のために「権力を乱用」
2020年の米大統領選で民主党候補指名を目指すジョー・バイデン前副大統領。
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弾劾調査のきっかけは「ウクライナ疑惑」だ。2019年7月25日、トランプ氏とウクライナのゼレンスキー大統領が電話で会談。この際トランプ氏が、バイデン前副大統領と彼の息子とウクライナのガス会社との関係の「調査」を依頼した。
バイデン氏は2020年大統領選の民主党の最有力候補。トランプ氏は電話会談に先立ち、ウクライナが切に求めていた軍事支援も大統領権限で保留にしていた。
弾劾条項の「権限の乱用」は、「トランプ氏が自分の再選のため、自分の利益を国と国民よりも優先した」(ナドラー下院司法委員長)ためだ。トランプ氏が大統領選に勝利するという個人的利益のため、民主主義の根幹である選挙に対し、外国の介入を依頼し、国の安全保障や国益を損なったとしている。
資料提出や議会証言を全て阻止
弾劾調査が9月に始まってから86日間、トランプ氏と共和党は一切の証拠を認めず、解釈が異なるレトリックを広げるのに終始した。
トランプ氏は下院本会議に先立つ12月17日、ナンシー・ペロシ下院議長(民主党)に対し、書簡を書いた。
「あなたが言っていることは、知的な人には誰も信じることができない」
「セーラムの魔女狩り(注:17世紀末、東部マサチューセッツ州セーラムで、無実の女性が絞首刑となった裁判)で訴追された人々の方が、もっと正当な扱いを受けた」
書簡は、ホワイトハウスの弁護士がチェックしなかったとされ、ホワイトハウスの便箋が使われているものの、でっち上げやミスリーディングな情報が多く含まれている。オンラインニュースVoxのエズラ・クライン編集長は、「この書簡こそトランプ氏が大統領職にふさわしくない証拠となる」とツイートした。
またトランプ氏とホワイトハウスは、下院民主党が求めた資料提出や閣僚の議会証言を全て阻止した。これが、トランプ氏が自分を法の上に置き、議会の運営を妨害したとする弾劾条項につながった。
この一連のトランプ政権の対応は、証拠を「破棄」し議会への説明責任も果たさない、「桜を見る会」をめぐる一連の安倍政権の対応を似ている。
アメリカに広がる「うんざり」
トランプ米大統領がペンシルベニア州ハーシーで開いた選挙集会にて、「でたらめな弾劾」と書かれた紙を掲げるトランプ支持者。トランプ氏側は、弾劾がでっち上げられたものだ主張している(2019年12月10日撮影)。
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下院民主党は、弾劾条項を特定するため、公開非公開の証言を得た上、憲法の専門家の支援でリポートをまとめ、過去の弾劾手続きを踏襲した。しかし、トランプ氏と共和党議員、支持者の解釈は180度異なる。
「全てが偽りだ。権限の乱用をしているのは大統領ではなく、民主党だ。恥ずべき嘘だ」(リンゼー・グレアム上院司法委員長)
「民主党はトランプ氏の再選を阻むのに必死で、弾劾をでっち上げた。証言は、都合のいいものを集めただけだ」(リー・ゼルディン下院議員)
弾劾調査で、外交官など証人の公開ヒアリングがテレビ中継される中も、共和党議員は質問の際、上記の主張を繰り返した。ケーブルニュース局で最大の視聴者数を持つ保守系でトランプ氏を支持するFOXニュースも、保守派弁護士らを呼んで、「民主党がそろえた証拠は、弾劾を裏付けしない」とするコメントを流し続けた。
弾劾を巡り、民主党と共和党、リベラル派と保守派の間で、解釈が全く異なることは、アメリカ国内でさらなる「分断」を生み、混乱を引き起こしている。
CNNに出演した民主党のデニー・ヘック下院議員は「弾劾調査は非常に重要だが、アメリカ人はもううんざりしている」と指摘した。
「もっというと、私は、基本的な事実を拒否する人々にうんざりしている。事実の理解については同じ土俵に立って、それから事実についてどう取り組むかについて、健全な議論をする時代に戻らなくてはならない」(ヘック氏)
弾劾を支持しない人も増加
ミシガン州バトルクリークで開いた選挙集会にて演説するトランプ米大統領。上院で3分の2の賛成多数で有罪となれば、トランプ氏は罷免されるが、上院は共和党が多数派のため、罷免は不可能とされる(2019年12月18日撮影)。
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CNNが直近に行った世論調査によると、弾劾と大統領の罷免を支持すると答えた人は、11月中旬の50%から45%に低下した。支持しないと答えた人は、43%から47%に上昇している。ヘック氏は、この調査結果もアメリカ人が疲れていることの表れだという。
一方で、共和党員内でも、トランプ大統領の再選を阻もうという動きが出てきた。共和党のジョージ・ブッシュ元大統領や上院議員、州知事らに仕えたストラテジストらは12月18日、ニューヨーク・タイムズに「私たちはアメリカ人だ/トランプ氏を敗北させたい」とする記事を寄稿。トランプ氏の再選を阻止する政治献金を集める政治活動特別委員会(スーパーPAC)、「リンカーン・プロジェクト」を創設したことを発表した。
「アメリカ人として、トランプ氏とそのフォロワーらが法規と合衆国憲法、アメリカたる特徴に対して起こしたダメージを摘み取らなくてはならない」(寄稿より)
下院の弾劾決議を受けて、上院は1月にも弾劾裁判を開く。上院で3分の2の賛成多数で有罪となれば、トランプ氏は罷免される。しかし、上院は共和党が多数派のため、罷免は不可能とされる。
弾劾裁判の証人や期間をめぐっては、上院の共和党と民主党幹部の激しい対立が続いており、前回弾劾裁判を受けたビル・クリントン元大統領の際の期間よりも短くなる見通しという。
(文・津山恵子)