打ち合わせでレイプ、交際拒否で賃金不払い……伊藤詩織さん裁判は氷山の一角

ジャーナリストの伊藤詩織さんが、元TBS記者の山口敬之氏から性的暴行を受けたと訴えた裁判で、東京地方裁判所は合意なき性行為を認め、山口氏に330万円の賠償を命じる判決を言い渡した。

これは、日本人が司法の力を信じ続ける理由に足る判決で、間違いなく性暴力被害を巡る論争のティッピングポイントとなるだろう。

ジャーナリストの伊藤詩織さん

12月18日、東京地方裁判所は元TBS記者の山口敬之氏による合意なき性行為を真実だと認め、ジャーナリストの伊藤詩織さんが民事裁判に勝訴した。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

しかし、である。日本において、性暴力を含むハラスメントの防止措置は、いまだに十分とは言えない。十分ではないどころか、フリーランスや就活生、インターンにとっては無法地帯である。

伊藤さんは、まさに求職活動の一環で山口氏にOB訪問をした際に被害にあっている。実名顔出しで事実を公表し、加害者を訴えた伊藤さんの勇気と行動力には頭が下がるばかりだが、深い傷を負ったまま声を上げられずにいる人が、世の中にはまだまだたくさんいる。

フリーランスや就活生を取り巻く環境は無法地帯

筆者が代表理事を務めるプロフェッショナル・パラレルキャリア・フリーランス協会が8月に公表した「フリーランスや芸能関係者に対するハラスメント実態アンケート」によると、1218名の回答者のうち882名、つまり回答者全体の72.5%が何らかのハラスメントを受けたことがあることが分かっている。

具体的には、パワハラ被害経験者が61.6%、セクハラ被害経験者が36.6%、マタハラやSOGI(Sexual Orientation and Gender Identity)ハラなどその他のハラスメント被害経験者が18.1%にのぼった。

調査を行ったのは、プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会、日本俳優連合、日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)フリーランス連絡会の3団体だ。

具体的なハラスメントの内容を聞く設問には、自由記述回答にもかかわらず驚くほどたくさんの生々しい実体験が寄せられた。

典型的なパワハラ、セクハラはもちろん、レイプや自慰行為を見せられたなど、もはや刑事事件と思われるものもたくさんあり、読んでいて胸が痛くなる。

参考までに、匿名での公開可とされた回答のほんの一部を紹介させていただくと、こんな感じだ。

・打ち合わせと称して、ホテルに呼び出されてレイプされた。その後、数カ月の軟禁。公私ともにDV・連日のレイプでボロボロに。(女性40代、映像制作技術者)

・主催者の自宅で稽古をすると言われて行ったら、お酒を飲まされて性的な行為をさせられた。(女性20代、女優)

・元大学教授の財団理事長から、ヒアリングの場所を、日帰りの難しい距離にある別荘を指定された。双方の仕事場が都内にあるのに、毎回、別荘以外では会わないと電話で言われる。(女性40代、研究職)

・取引先に私的な交際を迫られ、それでも仕事の関係者なのでやんわりとお断りしたところ、逆上され毎日ひどいメールを送り付けられた。こちらも応戦せざるを得なくなると、色んな理由を付けてお金を支払ってくれなかった。(女性40代、広報)

・殴られたり蹴られたり、翌日は病院に行き休んだ日もあった。(男性30代、映像制作技術者)

ハラスメント被害経験(自由記述)のワードグラウド(ユーザーローカル テキストマイニングツールで分析)

ハラスメント被害経験(自由記述)のワードグラウド。

ユーザーローカル テキストマイニングツールで分析

これらはあくまで回答の一部である。伊藤さんの一件は、たまたま起こった不幸な出来事ではなく、あくまで氷山の一角でしかないのだということが、ありありと想像できるのではないだろうか。

こうした調査結果を受けて、我々フリーランス協会ら3団体は9月9日に、アンケート調査の報告書と「フリーランスへのハラスメント防止対策等に関する要望書」を、厚生労働省および労働政策審議会雇用環境・均等分科会の各委員宛てに提出した。翌日には記者会見を行い、その内容は数多くのメディアに報じられた

フリーランスのハラスメント防止対策等に関する要望

提供:筆者

また、要望書に対する賛同を求めるChange.orgのキャンペーンに10月17日時点で集まった8777名分の署名を、厚生労働省の雇用環境均等局に提出した。署名はその後も増え続け、12月19日現在では1万100名を超えている。

要望書に対する賛同を求めるChange.orgのキャンペーン

要望書に対する賛同を求めるChange.orgのキャンペーン。

提供:筆者

「対象が広がり過ぎると現場が混乱」と経団連

こうした活動も汲まれ、10月21日の労働政策審議会で厚生労働省が出した「職場におけるパワーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等に関する指針の素案」(以下、指針案)では、フリーランスや就活生、つまり「事業主が自らの雇用する労働者以外の者」に対するハラスメント対策として、社員と同様に「ハラスメントを行ってはならない方針の明確化」に加え「相談があった場合には、必要に応じて適切な対応を行うように努めることが望ましい」という文言が入った。

指針案はパワハラを対象としたものだが、フリーランスへのハラスメント対策の部分は、セクハラやマタハラの指針においても同様に改正される予定だ。

就活生の後ろ姿

フリーランスや就活生に限らず、ハラスメントかどうかの判断が難しいからこそ具体的な指針が作成されようとしているのではないだろうか。

撮影:今村拓馬

これは非常に画期的な一歩である。雇用労働者を所管とする厚労省が、労働者(被雇用者)以外の人に言及した指針案を作ることは、これまでの霞が関の常識では考えにくかった。

今回、厚労省がフリーランスや就活生も考慮した指針案を出した背景には、今年5月29日にハラスメント防止法等が成立して労働者に対するハラスメント防止措置義務が企業に課された際に、フリーランスや就活生など労働者ではない人についても、指針等で必要な措置を講じるべきだと参議院で附帯決議がなされたことが大きい。

その一方で、正直に言えば「対策を講じることが望ましい」という指針案の表現では、拘束力が弱すぎるのではないかという懸念も感じている。

指針案は、ハラスメント防止のための啓発や相談対応などの具体的な取り組みを政府が企業に義務付けるものだが、フリーランスに関してだけは「措置義務」でも「配慮義務」でもなく「望ましい」との表記になっており、これではハラスメントが横行している当事者の実態には見合わない。

なぜ指針案がこのような曖昧な表現に留まってしまったのか。その理由は、労働政策審議会における企業サイドの強い抵抗があった。

筆者も傍聴に行ったが、我々のアンケート調査結果を引用しながらフリーランスや就活生に対するハラスメント防止措置を求める労働者サイドの委員と、「あくまで防止措置の対象は雇用関係のある従業員に留めていただきたい」という経団連や商工会議所などの企業サイドの委員との意見が、真っ向から対立していた(委員名簿はこちら)。

企業サイドの主張として、(フリーランスや就活生を対象にすると)「対象が広がり過ぎて現場が混乱する」「(どういう人からどんな事例が持ち込まれるかわからないので)ハラスメントかどうかの判断が困難」などの発言が出ていた。

しかし、ハラスメントかどうかの判断が難しいのは労働者の場合も同じであり、だからこそ具体的な指針が作成されようとしているのではないか

パブリックコメントを募集中

ハラスメントは人権問題であり、雇用されているか否かによって対策を講じるかどうかを分けることには強い疑問を感じざるを得ない。

今年の6月には、国際労働機関(ILO)が「仕事の世界における暴力とハラスメントの根絶に関する条約・勧告」を賛成多数で採択したが、この条約はフリーランスを含む働くすべての人を対象としている。日本もILO加盟国の一員として、すべての人にとってのハラスメントによる人権侵害を根絶すべく、条約の批准と国内法の整備が求められる。

幸いなことに、まだ指針案は案であって決定事項ではない。厚労省は12月20日まで、指針案に対するパブリックコメントを募集している。これを踏まえて、2019年度内に指針にまとめられる。

私たちも、指針に「事業主の雇用管理上の配慮義務」または「同措置義務」と明記することを求める声明を出した。今ならまだ間に合うので、多くの当事者や関係者に声を上げていただきたい。

伊藤詩織さんのように壮絶な想いをしなければならない人を、これ以上生み出さないために、もう無法地帯を許してはいけないとあらためて強く思う。


平田麻莉:慶應義塾大学総合政策学部在学中にPR会社ビルコムの創業期に参画。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院への交換留学を経て、2011年に慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。現在はフリーランスで広報や出版、ケースメソッド教材制作を行う傍ら、プロボノの社会活動として、2017年1月にプロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会設立。 新しい働き方のムーブメントづくりと環境整備に取り組む。

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