「嵐がネットフリックス配信」発表の12月13日がテレビ業界にとって“象徴的な日”だった理由

嵐とネットフリックス

撮影:西山里緒

12月13日の朝、筆者はこんな見出しを発見した。

「嵐、Netflixでドキュメンタリー全世界配信『嘘偽りのない僕らがそこに』」

私はかなり衝撃を受けた。5秒くらいで脳みその少し離れたところにあるスイッチがバチバチッとつながった。

「ジャニーズも“現金”だな→でも日本のテレビ局遅れてるしな→世界に行くなら当然ネットフリックスだな→日本のテレビ局は見放されつつあるんだな」

つながったスイッチの間を埋めていく文章を書こうと思う。

日本の大手芸能事務所の「ネット嫌い」が変化し始めた

PA304437

撮影:伊藤有

日本のテレビとネットの融合を取材してきて、常に出てくるのがタレント事務所の慎重さだ。ネットでの無料の番組配信がなかなか実現しなかったのは、ジャニーズ事務所をはじめとする日本の芸能事務所のネットへの嫌悪が大きかった。

ところが今年、ジャニー喜多川氏が亡くなった。その後、所属タレントのネット展開が次々に始まった。ネットに対する姿勢は喜多川氏の理念だったと思われるから、当人が亡くなれば方針が変わるのも当然かもしれない。

そして究極のネット展開策が「ネットフリックスでのドキュメンタリー配信」だった。

だが次に思ったのは「でも仕方ないよね、日本のテレビ局よりネットフリックスを相手に選ぶのは」ということだ。

shutterstock_731073628

Shutterstock

何しろ日本のテレビ局と組んでも、ちっちゃーいエリアにしか広まらない。活動休止までのリアルを「世界中」の「できるだけ多くの人」に見て欲しいのに、世界どころか日本でも狭いのだ。

日本のテレビ局はそれぞれ有料配信サービスを展開している。日本テレビはHuluを持っていていちばん会員数が多いが、200万人だ(注:ネットフリックスは国内300万人超と公表している)。他の局もそれぞれいろんな形でサービスを持っているが、局関係者の情報をまとめると、Hulu以外は有料会員数が100万人に届かないらしい。そのすべてが国内向けのサービスだ。

ジャニーズ事務所は日本のテレビ局が嫌いでもないし、意地悪したいわけでもないだろう。だが創業者が亡くなって、新たな地平を目指すべく世界戦略を取ろうとしたとき、日本のテレビ局ではそんな戦略が描けないと思ったのかもしれない。

ネットフリックスは世界中で配信される。「嵐の活動休止」という機会を最大価値化するには、誰だってネットフリックスと組むだろう。

ついこないだまでネットに保守的だったジャニーズ事務所だが、方向転換して一気に最先端の考え方に走ったとき、逆に日本のテレビ局が島国にしがみつく保守的な姿勢に見えてしまう。だから嵐は日本のテレビ局をパートナーに選ばなかったのではないか。

「12月13日発表」がテレビ関係者に象徴的だった理由

総務省

撮影:今村拓馬

12月13日に嵐のネットフリックス配信が発表されたのは象徴的に思えた。

この日は、総務省の「放送を巡る諸課題に関する検討会」(以下、諸課題検)が久々に開催される日だったのだ。そこまでの経緯を詳しく書くと1万字を超えてしまうのでちゃちゃっと書こう。

諸課題検は、NHKの同時配信を議論する場で、2015年から進められてきた。ため息が出るほど遅々とした進み方で、ようやく2019年5月に放送法が改正され、10月にはNHKが総務省に「同時配信やります」と申請し、あとは認可されるだけとなった。そのタイミングで総務大臣が高市早苗氏に代わった。

総務省

総務省「放送を巡る諸課題に関する検討会」の直近会の資料配布ページ(タップすると該当ページに遷移します)。

出典:総務省

そこで、なぜかNHKに同時配信を促してきたはずの総務省がNHKに待ったをかけた。高市大臣の意向によるものだ。

NHKはそこまでぬるぬる批判をかわしてきたが、すっかり従順になり、総務省が出した懸念点にすべて答える「検討結果」を提出した。同時配信の一連の流れでNHKの鈍感ぶり、交渉力のなさに筆者は呆れてきたが、そのツケが一気に噴出した形だ。


NHK

撮影:今村拓馬

このNHKの「検討結果」を題材に久々に開かれたのが13日の諸課題検だった。これが予想外に「ガチな」展開となった。

諸課題検には各界から識者が「構成員」として意見を述べる。13日の諸課題検では何名かの構成員が「吠えた」のだ。

NHKの同時配信は民業圧迫との声が出るが、果たしてそうなのか。業界きってのメディアの専門家と、法の観点からメディアを見守る大学教授。それぞれが高市大臣の「待った」に異論を唱えた。まさかの攻撃に総務省側がオロオロする場面もあり面白かった。

そんなすったもんだの後で、最後に高市大臣が、構成員が異論を唱えたにも関わらず、さらなる「待った」を口にした。NHKの検討結果は不足だ、と言うのだ。その理由がちょっと驚いた。「民放の皆さんの懸念」を不足の理由に出してきたのだ。国民の利益ではなく「民業圧迫」が待ったの理由だと、意外にあけすけに言ったので筆者は目を丸くした。

NHKの同時配信が民業の妨げになる、と民放の人々はよく言うのだが、そもそもそれは「迷信」だ。NHKの番組がネットで見られるようになっても、民放のテレビ視聴にはほとんど影響しない。テレビがない場所で見られるから便利になるだけで、テレビがあればそっちを見るだろう。既存の視聴に影響しないのは考えればわかることだ。

それは置いといても、放送業界を管轄する役所の責任者が、民業圧迫は口にしても国民の利益を考えに入れてないのは驚きだ。

放送の同時配信、平たく言うとテレビがネットでも見られる。そんなの、海外では当たり前だ。主要国では当然のごとくやっている。世界の常識であり国民に利益しかないサービスを、民放側の要求に応じて待ったをかけるのはおかしい。おかしいが、そんなおかしなことが通ってしまうのがこの国なのだ。

そして悲しくなるのが、そんな足の引っ張り合いをしているからテレビとネットの融合はカタツムリのようにしか進まないし、ましてや世界に番組配信するビジョンなんて誰も描けていない。

ジャニーズ事務所が嵐の世界展開にネットフリックスと組んだのは、当然であり必然なのだ。

13日の朝に嵐のネットフリックス配信のニュースを読み、午後に諸課題検で進まない放送業界の姿を目の当たりにして、もうため息しか出なくなった。そりゃあねえ、日本の放送業界はタレントたちに見放されるよねえ。この国のテレビ局は、もうダメなんだろうなあ。

才能のあるタレントたちが「放送」に縛られない時代

shutterstock_689552518

Shutterstock

それでいいのかもしれない、とも思う。才能あるタレントたちは国内のテレビ局でも世界レベルの配信サービスでも、活躍の舞台があればそれでいい。ファンとしても日本のテレビ局じゃなきゃ見たくない!なんてまったく思わないだろう。

テレビ局の人たちは「日本のテレビ局はハリウッドで言うスタジオの機能も持つ」とよく言う。制作プロダクションにもいた筆者からすると、何言ってんだよと思う。作ってるのは外部の会社だし、テレビ局の人材で本当にクリエイターと言えるのは一握りしかいない。クリエイターが外に出れば、番組を送り出す設備が残るだけだ。

そして今、テレビ局の貴重な人材がポロポロと抜けている。「人生のパイセンTV」のマイアミ啓太を活かせず手放してしまったフジテレビは本当にダメだなと思う。テレビ局ががらんどうの「設備」になるのは時間の問題だし、それでも実は一定の価値は残るのだから、それでいい気もする。

つまり嵐がネットフリックスを舞台に選んだのは、そういう流れのひとつの現象なのだろう。

「地方局の危機」ネットフリックスで嵐は見られてもニュースは見られない

shutterstock_33481927

撮影:Shutterstock

ただ、それはテレビ局をエンタメ産業ととらえた時の話だ。ところがテレビにはもう一つの顔がある。地域の情報と経済を支える機能だ。

ネットフリックスで嵐は見られてもニュースは見られない。あの街にできた素敵なパンケーキの店も教えてくれない。県議会の議論を知ることもできない。

日本には各県に新聞があるが、これはもう持たないだろう。それでテレビ局まで地域からなくなったら、地域ごとのメディア機能が完全に失われる。市民生活にも地域経済にも困った事態を引き起こす。ローカル局が生き残るにはどうしたらいいか。

ポイントは結局、ネット活用だと思う。

だがプロパー(新卒入社した生え抜き社員)にそんな人材はいない。キー局だってそうなのに、ローカル局は余計にネットというとオロオロするだけだ。

となると、ローカル局にはIT人材が必要だ。Business Insider Japan読者には20代30代のIT系の人たちも多いと聞いた。みなさん、どうだろう。ローカル局にUターンだかIターンだかしてみるのは。

本気で考える方がいたら、仲介しますぜ。そんな人の流れが、日本を良い方向に動かすと思う。

(文・境治)


境治:1962年福岡市生まれ。東京大学文学部を卒業後、1987年、広告代理店I&S(現I&SBBDO)に入社しコピーライターとなる。1993年に独立。2006年から株式会社ロボット、2011年からは株式会社ビデオプロモーションに在籍。2013年7月から、再びフリーランスになり、メディアコンサルタントとして活動。2014年より株式会社エム・データ顧問研究員。著書「拡張するテレビ」「爆発的ヒットは想いから生まれる」。

ソーシャルメディアでも最新のビジネス情報をいち早く配信中

あわせて読みたい

Popular

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み