ケニア在住のフリーランス・ゴーストライター、アナスタシア・カムウィシ。
Annastasia Kamwithi
- 年収5万ドルの銀行職を捨ててゴーストライターになったアナスタシア・カムウィシの現在の年収は8万ドル。
- 業界で仕事を続けていくにはとにかくたくさん書くこと。仕事のチャンスを見つけるために求人掲示板を活用すること。他の同業者と組んで、割のいい大きな仕事をつかむこと。
- ゴーストライターは著者として名前が載らないのが一般的なので、署名記事を執筆する時間をつくることをオススメする。
その名の通り、「ゴーストライター」という仕事は謎に包まれている。
知らない人のために説明しておくと、ゴーストライターとは、誰かに代わって原稿を書き、その誰かをその原稿の筆者・著者とする仕事だ。スピーチ原稿やブログの投稿、過去の著作などを参照して執筆する。
大会社の経営幹部やセレブをはじめ、ゴーストライターを雇っている個人や企業、行政機関はさまざまな分野に広がる。
著名な書き手であっても、将来を先取りした革新的なアイデアや解決策をいち早く発見して提示し続けつつ、ソート・リーダーシップ(=社会の共感と評判を生み出す主張や理念)をオンライン上に絶え間なく送り出すほどの時間と余力はない。ゴーストライターの力に頼ることもある。
さて、そんな仕事をしてみたい人がいたとして、どうやって業界に入り込み、クライアントを探し、受け取るべき報酬を決めたらいいのか。必要となる正確な情報を探し出すのは簡単ではないはずだ。
Business Insiderは、ゴーストライターのアナスタシア・カムウィシに取材。3年で収入を8万ドル(約880万円)まで増やした彼女に、業界でゼロから仕事を得て続けていくにはどうしたらいいか聞いてみた。
銀行を解雇されたのがすべての始まり
ケニアの首都ナイロビ。かつてカムウィシの勤務先だったコーポラティブ銀行のビルが右手前に見える。
Anna K Mueller / Shutterstock.com
カムウィシはケニア・コーポラティブ銀行に勤めていたが、2015年12月に解雇された。それまでの年収は5万ドル。なるたけ早く、稼ぐ術を見つける必要があった。
ある友人が彼女をたずねて来たとき、幸運は訪れた。地元の新聞に寄稿する記事を書くのを手伝ってほしいというのだ。ただし、原稿を書いても、カムウィシ自身の名前はクレジット表記されないというのが条件だった。いわゆるゴーストライターという仕事を知ったのはそのときだ。
友人はそのうち他の人からの依頼もカムウィシに回してくるようになり、仕事の数は増え、顧客リストができていった。
カムウィシは銀行・金融分野の学位を持つ公認会計士だが、その分野のプロフェッショナルとして原稿を書いたことはなかった。でも、言葉を使う仕事を好む傾向があったのは確かだ。プロのライターと契約して3カ月間のトレーニングを受け、彼女は執筆の才能に磨きをかけた。
文法を好きになること
カムウィシの仕事はいまや多岐にわたる。(アマゾン経由で販売する目的の)電子書籍や、テック系のウェブ記事のゴーストライターを担当し、同時にミレニアル世代向け金融系ウェブサイト「ソーシャルフィッシュ(Social Fish)」のシニアエディターも務めている。
「仕事はいくらでもありますね。いまやっていることに満足しています。これから転職する気もありません」
ゴーストライターの仕事はシンプルで、経験を積めば積むほどコツがつかめてくると彼女は言う。
「良いゴーストライターであるにはまず、文法を好きになることです。文法ミスに気づきやすかったり、そうしたミスにイライラしたりするタイプの人は、素晴らしいゴーストライターになれます。あとは貧欲にたくさんの文章を読むこと。仕事に対する熱意はもちろんですが、いつ仕事が入っても対応できる準備も必要ですね」
必要な情報を探し出す調査力に長けていること、柔軟性をもって執筆すること、さらにはクライアントの望み通りの声をつくり出せることも重要だそうだ。
クレジット表記されない「ゴースト」の苦しさ
ビジネスマッチング「アップワーク(Upwork)」のサービスサイト。発注元にはマイクロソフト、Airbnb、GEなど大企業の名前が並ぶ。
Screenshot of Upwork website
カムウィシはゴーストライターの仕事を始めてすぐ、知人友人の口コミ以外に、「アイライター(iWriter)」「アップワーク(Upwork)」などのビジネスマッチングサイトを通じて、安定的に仕事を得られることを知った。アップワークだけでこれまでに76件の仕事を引き受け、いまも活用している。
「こうしたサイトを活用する際は、幅広く色々なことをやってみる心がまえが大事。そのつもりになれば相当稼げます。サイトに掲載された仕事にライター側から応札する仕組みなので、クリエイティビティを存分に発揮して、クライアントにできる限りの情報を与える企画書を提示します」
ただし、サイト経由の入札では、結局のところ一番安い価格をオファーした人が落札することが多い。一方、誰かの紹介で依頼を受ける場合は、成果物の仕上がりやゴーストライターとしての職歴が優先されるという。
カムウィシは新米のゴーストライターだったころ、この成果物や職歴の問題で(他の同業者と同じように)とても苦労した。まず、クライアントが参考にできるようなサンプル原稿の蓄積がなかった。さらに、実績を多少積み上げてからもクレジットに実名が表記されないので、仕上げた原稿を自分の実績であると証明できなかったのだ。
こうした問題を回避する方法のひとつは、クライアントのために(面倒だが)オリジナルのサンプル原稿をつくること。もうひとつは、署名記事をサンプルとして提出することだ。
そして、もし提出できるサンプル原稿がなくても、自分の文才を必死に売り込むべきだとカムウィシは言う。
「新人を喜んで雇いたがるクライアントもいます。原稿料は少ないかもしれませんが、仕事をするチャンスはもらえます」
一般的な報酬相場、クライアントとの駆け引き
定価も相場もあいまいなゴーストライターの仕事(写真はイメージです)。
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ゴーストライターの仕事には定価がなく、相場もあいまいだ。仕事の範囲、ライターの経験値、クライアントの予算レンジなど、条件次第で報酬にはかなりバラつきがある。
ライター市場の調査年鑑『ライターズ・マーケット』によると、クレジット表記なしの原稿執筆業務(つまりゴーストライター)の平均時給は73ドル(約8030円)で、最大125ドル(約1万3750円)。英語1ワードあたりの平均報酬は1.79ドル(約197円)で、経験を積んだライターだと1ワード3ドル(約330円)というケースもある。
しかし、前出のアップワークなどビジネスマッチングサイトを利用してクライアントを見つける場合、上記の平均より買い叩かれることも多い。
また、カムウィシはサイトに自身の報酬額を時給25ドル(約2750円)と記載しているが、クライアント側は1ワードあたりでの報酬支払いを希望するケースが多いとか。
「マッチングサイトに登録しているゴーストライターの多くは1000ワードあたり10ドル(約1100円)が相場なんですが、私には銀行・金融分野の経験や専門知識があるので、1000ワードあたり100ドル(約1万1000円)の設定にしています」
初めてのクライアントの場合はお試しの意味もあって割引価格で引き受けることもあるが、仕事を重ねながら品質の高さを理解してもらいつつ、徐々に価格を上げているという。
ライター仲間とチームを組む必要性
カムウィシは、他のゴーストライターたちとチームを組み、規模が大きくて単価の高いプロジェクトを請け負った上で、あとで相応の報酬を分配する形で仕事をすることも多い。
「ゴーストライターとして仕事を続けていくコツは、フォローあるいはシェアしてくれるライター仲間を確保し、できるだけ多くのクライアントを集めること。そうすれば最大限に稼ぐことができます」
実際にあったケースでは、わずか1週間で100件以上の製品レビューを書いてほしいというクライアントがいた。報酬は約4500ドル。それなりに儲かる仕事だ。ふつう1人では手に負えない仕事量だが、チームを組んでくれるライターが見つかり、無事受注できたそうだ。
東アフリカ最大の経済都市ケニアを拠点に働くカムウィシは、大型のプロジェクトが出てきた場合、アフリカ在住のライターを中心に2万5000人以上が登録するFacebookグループ「Remarkable Freelance Writers in Africa」に詳細を投稿し、協力してくれる仲間を見つけている。
また、ケニアやアフリカにかぎらず、カムウィシは世界中のクライアントと仕事をしている。彼女がシニアエディターを務める金融系サイト「ソーシャルフィッシュ」(前出)は中国が拠点で、ほかにもクライアントが世界中にいるという。
年収20万ドル以上のゴーストライターも
カムウィシのような子育て中のシングルマザーにとって、時間の使い方を自由に工夫できる仕事は理想的だ(写真はイメージです)。
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カムウィシがゴーストライターになった最初の年は、年収が1万ドル(約110万円)に満たなかった。シングルマザーとして生きていくには到底足りない金額だったので、一時的に両親のいる実家に戻らなければならなかった。
幸先が良いとは言えないスタート。しかし、彼女はくじけなかった。
「残念ながら、最初は本当に少ししか稼げません。それでも辛抱強く、積極的に、何とかビジネスのコツをつかんでやろうと頑張れば、年収は必ず上がっていくはず」
カムウィシの場合はとにかく時間をかけることで、より稼げるようになっていったという。ちなみに、彼女は平均して1日約15時間を執筆に費やすそうだ。
ゴーストライター3年目、彼女の年収はいまや8万ドル(約880万円)に達しようとしている。10社以上のクライアントから仕事を請け負い、1カ月で4500ドル(約49万5000円)前後を稼ぐ。ソーシャルフィッシュからの報酬は、どんな仕事を引き受けるかによって異なるが、最大で月5500ドルほどになる。だから、稼ぐ月は合計1万ドルを超えることもある。
「もちろんこれが最高というわけではありません。年20万ドル(約2200万円)稼ぐゴーストライターもいますからね」
カムウィシもそのレベルを目指している。目標を達成するため、彼女はいま自分で選んだいくつかの戦略に則って仕事をしている。(身もふたもないような話だが)できるかぎり多くのクライアントを得ること。記事あたりの単価が高い仕事を見つけること。より報酬の高い大きな仕事を請け負うために、もっと他のライター仲間にまかせること、の3つだ。
「一カ月に得る合計報酬の半分くらいが手もとに残り、もう半分は他のライターたちへの支払いに充てています」
署名記事を書く時間を増やす
「素晴らしい記事を書いたことがきちんと分かるように、クレジットに名前を入れてもらえたらいいのですが、残念ながら誰もそうしてくれません。そこが一番の問題ですね。ググれば簡単に記事は探せますが、それを自分が書いたと証明することはできないんです」
それでも、カムウィシはゴーストライターを仕事にしていることの特権を理解し、享受している。それは一般的にフリーランスで働く人が被る恩恵でもある。
「この仕事の良いところは自分の好きな時間に働けること。自分は子育て中で、家にいて世話をしないといけないので、フルタイムで朝から夜遅くまで働くのは難しい。自分が自分のボスになって、時間の使い方を工夫して働けるのが、何よりありがたいのです」
また、働けば働くほど稼ぐことができるのも、ライター稼業のいいところだという。
そして、稼ぎを増やす上での大きな課題だった、書き手としてクレジットに表記されない(ゆえに実績を証明できない)ジレンマ。これについても彼女は最近、解決方法を見つけた。
それは、実名で書いた記事を直接、自分で読者に売ることだ。カムウィシはいま「悲しみとの向き合い方」をテーマとする最初の作品(1万ワードの電子書籍)をアマゾンで販売する準備を進めている。
ほかにも彼女は、マーケットプレイス「ドットライター(dotwriter)」を通じて自ら企画・執筆した記事(最初のテーマは家のリフォームだとか)を売るなど、いくつもの新しい取り組みを始めようとしている。
もちろん、売れるか売れないか分からない署名記事の執筆に時間を割けば、対価の計算できるゴーストライターとしての仕事時間が少なくなる。どうしたらいいのか。
「時間が足りないのはやはり一番の問題。それでも何とかして自分の記事を書く時間を捻出する必要があるんです。本当に何かをやりたければ時間はつくれるはず、そう信じています」
(翻訳:Miwako Ozawa、編集:川村力)