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【小沼大地1】クロスフィールズ創業者「NPOだからこそ資本主義の歪みと戦える」

小沼大地

撮影:今村拓馬

小沼大地、37歳。大学院生。

2011年、20代でNPO法人クロスフィールズを立ち上げ、ソーシャルビジネスの若きリーダーとして注目された小沼は2018年8月、社会人大学院に入学した。

クロスフィールズが始めた「留職」は、企業に勤める若手ビジネスパーソンを新興国のNPOへ派遣し、仕事で培った専門知識やスキルを活かして課題解決に貢献してもらうプログラムだ。グローバル人材育成の波に乗って参加企業を増やし、2019年12月までに40社から200人以上を送り出した。最近は幹部社員向けの短期滞在型プログラムなども開始し、事業を拡大している。

小沼は、6歳と3歳の子どもの父親でもある。ベンチャー企業CFOを務める妻と育児を分担しており、「競い合うようにグーグルカレンダーを埋め合う」毎日だ。順風満帆にも、多忙を極めているようにも見える彼はなぜ、学生に戻ったのか。

フルマラソン後にプレゼン「中二病」が怖い

小沼大地

撮影:今村拓馬

2019年12月某日午後7時過ぎ、小沼は韓国出張の帰りに、空港から日本橋にある大学院へ直行した。この日のテーマはダイバーシティ経営について。講師に質問し、グループディスカッションで意見を述べる。外国人も多数混じっての講義はすべて、英語で進められた。

この数日前には「育て上げネット」理事長の工藤啓らと、チャリティマラソンに参加。42キロを完走後、シャワーも浴びずに東京にとんぼ返りし、大学院のプレゼンテーション大会に滑り込んだ。「何しろサブフォーで走らないと(プレゼンに)間に合わなかったので、頑張りました」というタイムは、3時間46分。プレゼン大会も見事、優勝したという。

そこまでして大学院へ通う理由を、小沼は「中二病になるのが、怖かった」からだと説明する。

彼の原点は、青年海外協力隊でシリアに派遣された時に「社会貢献とビジネスの世界をつなぐ」と誓ったことだ。しかし創業から8年が過ぎ、

「23、4歳の若造の頃に思ったことを原動力に、このまま走り続けていいのか?それは中二病と同じなのではないか?と、疑問を感じるようになった」

社会貢献の手ごたえを強力に感じていた創業期が終わり、「自分でも気づかないうちに、時代のニーズと活動にずれが生じてはいないか」という危機感も生まれたという。

息切れしないため自分をゼロベースで見直す

クロスフィールズ

クロスフィールズの壁には、これまでに留職したビジネスパーソンたちの写真が貼られている。これまで200人以上を送り出した。

撮影:今村拓馬

マッキンゼーの元パートナーで、小沼を同社に採用した金田修(游仁堂CEO)は、小沼を「とにかく熱い男。課題を追いかけ続けるしつこさ、世の中に対するアンテナの高さ、ポジティブさなど、課題に立ち向かい続けるのに大事な要素をいくつも持つリーダーだ」と評する。

同時に金田は、多くのNPOリーダーと接した経験から、彼らが情熱を燃やし続ける難しさも感じているという。

「民間企業ですら寿命は30年と言われる中、NPOは成長や利益拡大などの目標を持ちづらい。燃え尽き症候群が最大の課題ではないか」

実際、小沼も過去に、NPOのリーダーたちがバーンアウトする様子を見てきたという。彼らは、団体を立ち上げるきっかけになった原体験や感情に固執しすぎて、活動をアップデートできていないように、小沼の目には映った。

一方、メンバーたちの考え方は、時間とともに変わる。この結果、リーダーとメンバーとの間に考え方の溝が生まれ、組織運営に疲弊していく。

社会人大学院「至善館」は、次世代リーダーの育成を目指して2018年に開設され、小沼は一期生だ。リベラルアーツ教育を重視し、経営力だけでなく人間性も含めた成長を目指すという同校の方針に惹かれた。

「自分も今後、息切れしないとは言えない。大学院でこれまでの経験や考え方をゼロベースで見直したい。ロケットをもう一段高く打ち上げるための土台になるアンカーを、自分の中に打ち直したいと思ったんです」

NPOだからこそ資本主義と対峙できる

クロスフィールズ

仕事に対する姿勢や価値観を共有するために作られた「クロスフィールズ・ウェイ」。9つの項目から成り立っている。

撮影:今村拓馬

また小沼は近年、「NPOであることに、心のどこかで引け目を感じる自分」がいることにも気付いていた。背景には、親交の深い2人の起業家の存在がある。

東京・五反田にあるクロスフィールズのオフィスはかつて、大物漫画家の集った「トキワ荘」のビジネス版、といった様相を呈していた。2011~12年頃にかけて、次世代型電動車いすメーカーWHILL創業者の杉江理、スキルや経験を取引するマーケットサイトを立ち上げたココナラの南章行が同居していたのだ。

「杉江が『ウイーン』と電気工具の音をさせてパイプを加工している横で、南がパソコンを開き、さらに隣で僕が海外とスカイプしている。みんな何事か成し遂げようと必死で、ある意味僕らの黄金期でした」(小沼)

その後両社は急成長し、スタートアップの雄として投資家らの注目を集めている。小沼は

「資本主義の中で戦う彼らと自分を比較し、取り残されたような気持ちになったこともあった」

と振り返る。

ベンチャーに鞍替えして成長を狙う、という選択肢もないではなかった。しかし、と小沼は思い直す。

「自分はずっと人の選ばない道を進んできた。拡大を目指すのではなく、自分の中に潜ってみよう」

小沼は、哲学などの講義を通じて、資本主義の生み出した矛盾に対する思索を深めていった。そしてクロスフィールズがNPOであることの意味が、改めて腹に落ちたという。

「資本主義のルールの外で動くNPOという組織だからこそ、規模拡大や利益を追求する企業とは違う目線で、社会に働きかけられる。企業の力が及ばない領域で資本主義の歪みと戦えるのだと気付きました」

ベンチャー起業家に抱いていた引け目が消え、自分の決断が間違っていなかったことを再確認できたという。

日本とシリア、利益と社会貢献「つなぐ」役割

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撮影:今村拓馬

小沼は自分の役割を「一見全く違うもの同士を『つなぐ』こと」だと自認している。

大学卒業後、青年海外協力隊で先進国と途上国を「つなぐ」活動に尽力した。その後外資系コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーで資本主義の最前線に立ち、「お金を稼ぐことと社会課題をどうつなげるか」を考えた。そして共同創業者の松島由佳(34)とクロスフィールズを立ち上げ、日本企業と新興国のNPOをつなげている。

だがこれら2つのものは、常に思い通りにつながってくれたわけではない。例えば2005年、小沼はシリアの片田舎で、言葉も通じずなすべき仕事もなく、途方に暮れていた。

その時から、話を始めよう。

(敬称略)

(文・有馬知子、写真・今村拓馬、デザイン・星野美緒)

有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。

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