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“はやぶさ2”が小惑星リュウグウで完遂した「任務」の全貌。津田プロマネに聞く全ミッション【探査編】

はやぶさ2のタッチダウン

はやぶさ2が小惑星リュウグウへタッチダウンするときのイメージ。

イラスト:池下章裕

2019年11月、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」は、約1年5カ月におよぶ小惑星リュウグウでの探査を終え、地球への帰還を始めた。小惑星表面で採取したサンプルが入ったカプセルを地球に送り届ける任務が残っているものの、これではやぶさ2プロジェクトも一区切りといえる。

11月の記者会見では、「小惑星近傍フェーズで達成すべきすべての目標を完了した」との発表がなされた。

ミッションの流れ

はやぶさ2の全ミッション概要。小惑星リュウグウでの探査を終えて、いよいよ最終局面を迎えている。

出典:小惑星探査機「はやぶさ2」記者説明会2019年11月12日資料p.5より

2015年の就任以来、4年にわたってはやぶさ2プロジェクトを率いてきたJAXAの津田雄一プロジェクトマネージャに、はやぶさ2の成果を振り返ってもらった。


3つの「ハードル」をすべて達成

津田先生

2019年12月某日。JAXAはやぶさ2プロジェクトの津田雄一プロジェクトマネージャに話を聞いた。帰還フェーズに入りひと段落しているところかと思いきや、気が抜けない日々を送っているという。

撮影:三ツ村崇志

—— まず、はやぶさ2プロジェクトが最初に目標としていた成果はどういったものだったのでしょうか?

津田雄一プロジェクトマネージャ(以下、津田):まずは、1年5か月におよぶ小惑星リュウグウでの「近傍フェーズ」中にやるべきだった目標が、大きく分けて3つありました。

・リュウグウへの着陸を成功させること(タッチダウン、サンプル採取)

・ローバ(探査車)を小惑星上に展開すること(MINERVA-II1、MINERVA-II2、MASCOT)

・小惑星に穴をあけること(衝突装置[SCI]運用)

当初はかなり成功の基準を控えめにした目標を掲げていましたが、それでもどれも前回の「はやぶさ」より高いハードル設定でした。幸いにしてすべて達成することができました。

—— それぞれの成果について、順番にお伺いしたいと思います。まず、着陸について、無事着陸して正常な状態に戻る、ということ以外に今回のプロジェクトでは非常に大きな成果を上げたと聞いています。

津田:はやぶさ2では着陸について、3つの世界初があります。まずは着陸精度

1回目の着陸精度は1m、2回目は精度60cm。小惑星リュウグウが非常に条件の厳しい場所だったため、そうせざるを得なかったのですが、結果としてこれほどの精度で着陸できたことは、想定外の非常に大きい成果だと思っています。

2019年2月22日に行われたリュウグウへの1度目のタッチダウン時の動画。着陸した瞬間、無数の岩が飛び散っている。

提供:JAXA

リュウグウでの着陸地点

はやぶさ2が着陸したリュウグウ上の2地点は、共にリュウグウの赤道付近にある。「たまてばこ」「うちでのこづち」はそれぞれタッチダウンした場所の名前。

提供:JAXA, 東京大, 高知大, 立教大, 名古屋大, 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研

2つ目の大きな成果は、2地点に着陸できたことです。

マネジメント上のリスクをコントロールした上で、2回の着陸を実行することができました。こういった決断をできる技術的バックグラウンドがある。日本の宇宙科学がそうした意味で成熟してきたといえます。これはもう本当に、20年、30年は他の国が真似できない成果でしょう。

3つ目は、地下物質を採取したことです。

これは非常に大きい。1つのミッションで2地点に着陸し、かつ2回目の着陸で地下物質を採取した。月より遠い場所への探査では初めてだと思います。

世界一の着陸精度は現地での『練習』によって磨かれた

TD1後の管制室

2019年2月22日7時48分頃の管制室のようす。はやぶさ2の1度目の着陸が実施され、機体が降下から上昇に転じたことを確認した。津田プロジェクトマネージャと佐伯プロジェクトエンジニアが喜びのあまり抱擁を交わしていた。途方もなく難しいプロジェクトに挑んでいることが伝わってくる。

提供:ISAS/JAXA

—— 約2億5000万kmも離れた天体にピンポイントで着陸。なぜこれほどの精度での着陸ができたのでしょうか。その秘訣はなんだったのでしょう?

津田:小惑星は小さく、ほとんど無重力に近い。そのため何回も着陸の“練習”ができました。降下練習を兼ねて探査車(ローバ)を投下したり、ターゲットマーカ(着陸時の目印)を投下したりと、降下練習を繰り返すうちに目に見えて実力が上がっていったのが分かりました。

最後には『ターゲットマーカがなくてもかなりの精度で着陸できる』というところまで降下精度を高めた上で、さらにターゲットマーカも使って確実に着陸を実行しました。

タッチダウンを見守る川口教授

タッチダウン時には、2010年に地球へと帰還した探査機「はやぶさ」のプロジェクトマネージャを務めた川口淳一郎教授もその動向を見守っていた。小惑星イトカワに着陸を試みたはやぶさは、微量のサンプルを回収したものの、タッチダウンの工程を完遂できたわけではなかった。一体どのような気持ちで、はやぶさ2のタッチダウンを見守っていたのだろうか。

提供:ISAS/JAXA

はやぶさ2のように未踏天体に行く場合、行った先で観測できたものをベースに計画を立てなければ、着陸も何もできません。はやぶさ2では、それをシステマティックにやるように計画を立てていました。

僕は、前回のはやぶさプロジェクトに関わったとき、「これだけの人が集まって、こんなにやっているのに、それでもこんなことが起きるのか」という印象を持ちました。短期間で色々な選択肢から良いものを選ぼうと思うと、たくさんの人が臨機応変に動き、もとからある計画に縛られずにどんどん計画を進化させないと対処できない

はやぶさ2では、どうすべきかずいぶん悩みました。僕らが選んだ方法は、訓練を積むこと。その上で、訓練通りに動くのではなく、訓練を通じて一人ひとりのフレキシビリティ、適応力を高めることを目指してきたのです。

10年越しのリベンジに成功した探査車の投下

ミネルバ

はやぶさ2に搭載され、リュウグウへと投下された探査車「ミネルバII-1」(左の2台)と着陸機「ミネルバII-2」。

提供:JAXA

—— では次に、ローバミッションについて。探査車「MINERVA(ミネルバ)」の着陸は、かつて「はやぶさ」が小惑星イトカワに行った際には失敗してしまった取り組みでした。今回はその後継機となる「ミネルバ-II」を無事着陸させることに成功しましたね。

津田:もともと1機でも小惑星表面に降ろすことができれば、目標の達成でした。それが最終的には4機の降下に成功。お釣りがくる成果といっていいと思います

はやぶさのときには、ロボットはちゃんとできていたのですが、運用に失敗して小惑星イトカワに到着することができなかった。同じ研究者による10年越しのリベンジがうまくいったので、まずそこは本当によかったと思います。

リュウグウへ着陸したうちの1機は半年~1年弱ぐらい活動していました。しかも、自律探査もうまくいき、リュウグウ表面でかなりの距離を移動しているようでした。小惑星の探査手段を1つ確立したといえます

リュウグウの表面

ミネルバが捉えた小惑星リュウグウの表面のようす。

提供:JAXA

ドイツとフランスとの国際協力で開発した「MASCOT(マスコット)」は、非常に良い着陸機に仕上がりました。「高度何メートルで落とすのか」「どういう速度で分離するのか」「電力はいつまで持つか」細かい調整が難航することもありましたが、お互いを理解して進めることができました。

これまで海外のミッションに日本の探査機を乗せてもらうことはありましたが、日本がミッションをリードしてこういった枠組みを作れたのは、太陽系探査では初めてではないでしょうか。

2024年の打ち上げを目指している日本の火星衛星探査機「MMX」にもヨーロッパのローバを積むことになっていますが、こうした連携がスムーズに受け入れられるようになったのは、マスコットの功績だと思います。

『チャレンジング過ぎる』衝突装置運用の成果

SCI運用

小惑星リュウグウへ衝突装置を使ってクレーターを作るSCI運用のイメージ図。クレーターを作るとき、破片がはやぶさ2に当たるのを防ぐため、はやぶさ2は衝突装置を分離した後に短時間でリュウグウの陰まで移動しなければならなかった。

提供:JAXA

—— 3つ目の目標としていた『小惑星に穴をあけること』は、分かりやすく、インパクトもある大きな成果でした。

津田:小惑星に穴をあける衝突装置(SCI)について、開発を主導した佐伯孝尚プロジェクトエンジニアは「このミッションはチャレンジング過ぎる。これをミニマムサクセス(最低限の成果)にするのはクレイジーだ。これはもうエクストラサクセスでもいいはずだ」とずっと言っていたんです。僕らはそれでも彼ならできると思ってやっていました(笑)。

直径1~2m程度の穴ができると予想していたところ、最終的に10mを越える大きな穴ができました。リュウグウの地質の影響など、いろんな要素が噛み合った結果、非常に大きい成果が得られました。

SCI運用の前後

クレーターを作る前後の同じ場所の画像。明らかに小惑星表面の地形が変わっていることがわかる。クレーターの直径は10m以上だった。

提供:JAXA, 東京大, 高知大, 立教大, 名古屋大, 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研

物体が小惑星に衝突する瞬間に起きることに対する科学的関心は高いのですが、現実的なミッションで行うのは難しい。

はやぶさ2の初期の提案では、探査機をもう1つ飛ばしてリュウグウにぶつけるという提案がありましたが、結局それは却下され、秒速2kmに加速した銅の塊を打ち込む今回の方式になりました。

探査機を直接ぶつける場合に比べて100分の1くらいの衝突エネルギーしかありませんが、それでも他では得られない情報を得ることができました。

はやぶさ2の取ったデータは10年先でもNo.1でいると思っています。

「はやぶさ2」の総合評価は?

—— かつて、小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトマネージャ川口淳一郎教授は、はやぶさの成果を「100点満点の500点」評価しました。一方、2度目の着陸を終えたとき、津田さんは「100点満点中1000点」とその喜びを語っていましたね。今後、無事サンプルが回収でき、はやぶさ2の全ミッションが終わったとき、総合評価は何点くらいになりそうですか?

津田:「1000点です」と言ったときは、それ(川口教授の評価)は意識していなかったんです。あとで「はやぶさ1が500点だからはやぶさ2は1000点なんですね」と言ってもらったのですが、実は切羽詰まっていただけで(笑)。

ですが、着陸が無事成功したときに、はやぶさの宿題を果たして、余りある結果が出ました。そういう意味では、500点より大きな数字を言ってよかったかなと思っています。

津田先生

撮影:三ツ村崇志

はやぶさ2では、はやぶさの技術や手法をベースに、さらに工夫や新技術を加え、はやぶさ以上の新しい成果を築いていくことを目標にやってきました。そうでなければ、「はやぶさが目指した成果に追いつきました」で止まってしまう。

ただし、まだ帰還という重要なところが終わっていません。これが達成できたら何点になるんでしょう……。何点といえばいいのか、これはまだ分かりません。

(取材、文・秋山文野 編集、三ツ村崇志)

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