大ベストセラー『ファクトフルネス』翻訳者が指摘する現代社会の病理。いま目を向けるべき『EQ 2.0』

EQ 大災害

ネガティブな世界の見方が、私たちに刷り込まれている。

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  • 2019年の大ベストセラー『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』の共同翻訳者の一人である関美和氏は、同年刊行された話題書『EQ2.0』の翻訳も担当した。
  • 両書に共通するのは、「ありのままに正しく認識する」スキルだと、関氏は指摘する。

私が翻訳した『ファクトフルネス』は、グローバル版が100万部、日本版が40万部を超えるベストセラーとなりました。

同書は、私たちが思い込みによって、世界の事実を間違って理解していることを指摘しています。

例えば、「世界の人口のうち、極度の貧困にある人の割合は、過去20年でどう変わったでしょうか?」という3択の質問が出てきます。

答えは「半分になった」なのですが、平均正答率は7%。ほとんどの人が「約2倍になった」もしくは「あまり変わっていない」と誤答しました。

ほかにもさまざまな事実について質問したところ、大半の人は正答率が3分の1以下。しかも、専門家や学歴が高い人、社会的な地位がある人ほど正答率が低かったそうです。なぜなのでしょうか。

著者のハンス・ロスリング氏はその理由について、「ドラマチックすぎる世界の見方」が原因にあると指摘しています。

つまり、「世界では戦争、暴力、自然災害、人災、腐敗が絶えず、貧富の格差はどんどん広がり、貧困や病気は増え続け、資源も枯渇していく」というネガティブな世界の見方が、私たちに刷り込まれているということです。

高齢者運転による死亡事故数は、実は増えていない

私もそう感じることがあります。

日本では最近、高齢運転者による自動車事故が注目されており、死亡事故の数が急増している印象がありますが、実はその数は皆さんが思っているほど、ドラマチックには増えていません。

警察庁 高齢者 死亡事故

警察庁による、高齢運転者の交通死亡事故に関する分析。免許人口10万人当たりの事故数は減っている。

出典:警察庁交通局「平成30年における交通死亡事故の特徴等について」

むしろ、運転免許を自主返納する人のほうが、ドラマチックに増えているくらいです。

警察庁 運転免許 自己返納

運転免許の申請取消(自主返納)件数(左)と運転経歴証明書交付件数の推移。自主返納は急激に増えている。

出典:警察庁交通局「平成30年における交通死亡事故の特徴等について」

結果として、最初のグラフ右側にあるように、免許人口10万人当たりの高齢運転者による死亡事故件数は、過去10年減少しています。

人間は「本能が引き起こす思い込み」にとらわれる

『ファクトフルネス』によると、そうした間違った認識が生まれてしまうのは、人間が「10の本能が引き起こす思い込み」にとらわれているからだといいます。それは例えば、次のようなものです。

  • ネガティブ本能」……人はものごとのポジティブな面より、ネガティブな面に注目しやすい。「世界はどんどん悪くなっている」という思い込みを生む。
  • 直線本能」……「グラフはまっすぐになるだろう」と思い込み、なんでも右肩上がりで同じように続くと考えること。「世界の人口はひたすら増え続ける」というような勘違いを生む。
  • 犯人捜し本能」……誰かを責めればものごとは解決すると思い込むこと。他の原因に目が向かなくなり、将来、同じ間違いを防げなくなってしまう。

私たちは世界のさまざまな情報に接するとき、先入観や思い込みにとらわれ、誤解しがちです。しかし、眼の前にある世界を正しく認識できなければ、社会問題の解決も未来の予測も困難になります。

『ファクトフルネス』は、この誰もがとらわれやすい「ドラマチックな本能」を抑える術を教えてくれます。世界は自分が思うほどドラマチックではなく、悪いことだらけではないということが分かれば、怖れや焦りにふり回されることなく、正しい判断を下せるようになるというのです。

世界の姿だけでなく、自分の姿も「ありのままに見る」

EQ

EQとは、自分自身と他者の心の動きに気づき、それを理解する力を指す。

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『ファクトフルネス』のあとがきにも書きましたが、同書は「世界の姿をありのままに見られないのはどうしてか?」という問いに答えを出してくれる本です。

しかし、私がさらに大切だと思うのは、「世界の姿」だけではなく「自分の姿」をありのままに見ること。

自分自身の知識不足、傲慢さ、焦りによる間違った判断、他人をステレオタイプにはめてしまうこと、人を責めたくなってしまうこと……自分自身にも「ドラマチックな本能」は働いてしまうのです。

この気づきに導かれるように、私はもう1冊の翻訳を手がけることになりました。それが『EQ 2.0』です。

EQ(Emotional Intelligence Quotient)とは「心の知能指数」のことです。知能指数(Intelligence Quotient、IQ)」と対比されます。

EQへの関心が高まったのは、1995年に心理学者のダニエル・ゴールマンが『Emotional Intelligence』を出版してからです。日本でも『EQ こころの知能指数』として翻訳出版されました。

EQは、自分自身と他者の心の動きに気づき、それを理解する力であり、あらゆる重要なスキルの土台になるもの。注目すべきは、IQのような生まれつきの能力とは異なり、EQは学んで身につけ、向上させられることです。

かつて、人間の知的能力をIQで測る「IQ偏重」的な価値観が根強く残っていましたが、EQはそれに対し、「人生が成功するかどうかを決めるのはEQである」という新たな指標を提示したのです。

そして、私が翻訳した『EQ 2.0』はそれに続くものです。

「自己認識を高める」ためには

EQ 自己認識

『EQ2.0』に登場する「EQスキル」とは、自分と他人をありのままに認識し、マネジメントする力のこと。

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『EQ2.0』に登場する「EQスキル」とは、自分と他人をありのままに認識し、マネジメントする力のことです。このスキルを高めるための66のテクニックが、同書で紹介されています。その最初に出てくるのが、「自己認識を高める」ための15のテクニック。ここでいくつかに触れておきます。

  • 自分の感情を「良い」「悪い」で見ない……人間は感情を単純に2つに分けたがるが、そうやってラベルを貼ると、自分が本当は何を感じているのか理解できなくなってしまう。それをやめれば、感情は自然にわき起こり、消えてゆく。
  • 感情を身体で感じる……感情がわき上がると、電気信号が脳内を走り、身体に興奮が届く。心と身体は緊密につながっているので、感情に伴う身体の変化を把握できれば、感情がわき上がっている最中にそれを理解できる。
  • 鷹の目で自分を見る……俯瞰的な視点を持つことで、感情の虜(とりこ)にならず、前向きな結果を生み出すためにどうしたらいいのかが、具体的にわかるようになる。
  • 悪い気分に左右されない……悪い気分に脳が支配されると、楽観的に未来を見られなくなる。しかし、悪い気分も永遠には続かない。気分は常に変わるし、あなた次第で落ち込んでいる気分も晴れる。
  • 良い気分にも左右されない……落ち込んだ感情だけがトラブルの種になるわけではない。良い気分も高まりすぎると愚かな判断を引き起こすことを理解すれば、感情にふり回されることがなくなっていく。

『EQ2.0』に登場するスキルの多くには、経験するできごとにも自分の感情にも、善悪の判断をせずに放っておこうという側面がありますが、私はそこが大切なポイントだと思っています。

『ファクトフルネス』の「ネガティブ本能」「犯人捜し本能」にもつながりますが、事実を自分の色めがねで見てしまうと、本当の問題解決に向かうことはできません。

「直線本能」は勘違いを生むことを紹介しましたが、それを当てはめるとわかるように、良い気分も悪い気分もずっと同じように続くわけではないのです。

EQの低さがさまざまな問題を引き起こす

EQ 自己認識

ドラマチックな本能に流されずに、「世界」と「自分」をありのままに見ること。

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『ファクトフルネス』と『EQ2.0』は、いずれも「自分自身をありのままに見る」ことの重要性を指摘しています。そして、両書をより深く理解するために、もう1冊触れておきたい本があります。

米Business Insiderが「ベストビジネスブック2017」に選んだ『インサイト(insight)』がそれです。

同書は、仕事の成果や良好な人間関係を実現するカギは「自己認識」にあるものの、多くの人は思い込みにとらわれ、自分の可能性を狭めてしまっていると指摘。そこで、自己認識の構造を理論的に解明することで思い込みを乗り越え、より深く自分を知るための方法を伝える内容となっています。

『インサイト』では、EQの重要性についても言及されていますが、実は著者のターシャ・ユーリックは、『EQ2.0』に出てくる「この10年でEQ(心の知能指数)は全体的に向上した」という指摘に異議を唱えています。

ユーリックは、EQの低さに端を発した問題が、近年増えていると感じていて、その原因は「自分が考える自分と、他人が見る自分の差が大きくなってきているからだ」と指摘します。

つまり、「自分には正しい自己認識があると思い込んでいる人間」と「実際に正しく自己認識している人間」の間に、大きな差があるということです。

このような自己認識の失敗も、やはり私たちが自分自身をドラマチックに見すぎていることに原因があるのではないでしょうか。

ドラマチックな本能によって、自己認識が誤った方向に向かい、それに拍車がかかるとき、人は「『自分には自己認識がある』と思い込んでいる人間」になってしまいがちです。

あらためて、ドラマチックな本能に流されずに、「世界」と「自分」を「ありのままに見る」こと。これがいま注目のビジネス書から見えてくる、時代が求めるスキルなのだと思います。


関美和(せき・みわ):翻訳家。杏林大学外国語学部准教授。慶応義塾大学文学部・法学部卒業。電通、スミス・バーニー勤務の後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経てクレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。また、アジア女子大学(バングラデシュ)支援財団の理事も務めている。


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