食べ物をつかむ、ハダカデバネズミ。
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2020年の干支「子年(ねずみどし)」。いま、研究者の間で注目の的となっている「すごいネズミ」がいる。
アフリカ大陸東部、サバンナの地下にトンネルを作って生活している「ハダカデバネズミ」だ。「ハダカ(裸)」や「デバ(出歯)」と、なんとも可愛げのない名前だが、その生態が驚異的だと、大いに注目を集めている。
群れ(コロニー)の中に女王ネズミや働きネズミといった“階級”があり、高度な社会生活を営んでいたり、寿命が約30年と一般的なネズミに比べて長かったり、さらにがん耐性や老化耐性、低酸素状態への耐性があったりと、ただのネズミとは思えない、かなりすごいヤツである。
【すごい生態その1】地中生活に最適化して「ハダカ」と「デバ」を獲得
実験室で飼育されているハダカデバネズミ。唇を覆うように皮膚を突き破って上下から歯が出ている。この状態は「口を閉じている状態」。口の中には、さらに咀嚼するための歯がある。
提供:総合研究大学院大学 沓掛展之教授
ハダカデバネズミはネズミの仲間であるげっ歯類で、分類的にはモルモットやヤマアラシに近い。皮膚にはネコのヒゲに相当する「感覚毛」(刺激を感知するセンサーのような役割)が少しある程度で、基本的に体毛がなく“ハダカ”だ。また、唇の上下から皮膚を突き破って飛び出している「出っ歯」が特徴的。加えて、地中での生活が長く、目はほぼ見えない。
「デバネズミ」の仲間は約20種類存在し、全てアフリカに生息している。ただし、その中で“ハダカ”なのはハダカデバネズミだけだ。
「ハダカであることと、出歯であることは、どちらも『地中への適応』のためです」
そう話すのは、総合研究大学院大学でハダカデバネズミをはじめとしたさまざまな動物の行動について研究する、沓掛(くつかけ)展之教授だ。
ハダカデバネズミに体温調整の役割をする体毛が無いのは、その必要がないからだ。
ハダカデバネズミが暮らすトンネルの中は、常時30度程度に保たれ、湿度もあまり変わらない。この安定した環境に適応した個体が生き残っていった結果、体毛が退化して、現在の“ハダカ”の姿になったのではないか、という。
また、ハダカデバネズミの特徴的な「出歯」は、住処となるトンネルを掘り進むための“スコップ”としての役割をもっており、とても硬く、強い。
トンネルの広さはハダカデバネズミのコロニーの大きさにもよるが、ゆうに100mを超えることもある。
1つのコロニーのネズミの数は、20〜30匹程度であることが最も多い。ただし、中には300匹にも及ぶ巨大なコロニーも確認されている。実験室での飼育は非常に難しく、巣の広さに対してネズミの数が多すぎる(密度が高い)と、互いに殺しあうこともあるという。
【すごい生態その2】平均寿命は約30歳。老化とがんに耐性があり、痛みも感じない
分類上ハダカデバネズミに近いモルモットの寿命は数年程度。
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マウスやモルモットなど、一般的なネズミの寿命が数年であるのに対して、ハダカデバネズミの寿命は約30年にもなる。通常、体の小さい動物の寿命は短いはずだが、この点でもハダカデバネズミは常識から逸脱した存在だといえる。
老化の兆候があまり見られないことはもちろん、年齢を重ねるほど発症しやすくなるはずの「がん」になりにくいことも有名だ。数年前にがんの症例が発見されたため、絶対にがんにならないという訳ではないが、非常になりにくいことは確かだ。
また、ハダカデバネズミの住処であるトンネルの中は、酸素濃度が低い。そのため、ハダカデバネズミは低酸素状態に対する高い耐性を持っていることも知られている。加えて、酸性の物質に触れた際に感じるはずのしみるような「痛み」を感じないことも分かってきた。
こういった、動物としての特異的な性質から、近年は老化予防やがん予防などの観点で、生理学や医療の研究者からの注目度が高まりつつある。実際、日本でもハダカデバネズミの細胞からiPS細胞を作り出し、老化耐性の仕組みやがんになりにくい理由を調べる研究が行われている。
「動物の行動や生態についての研究分野でハダカデバネズミを研究していなければ、こういった生理学的・医学的に注目される発見も出てこなかったでしょう。そう言う意味で、基礎研究から応用研究へ発展していった意外な例の1つなのかもしれません」(沓掛教授)
【すごい生態その3】「デバ社会」は骨肉の争いが繰り広げられる厳しい階級社会?
身を寄せて温めあうハダカデバネズミ。自分でうまく体温を調整できないためか、無数のハダカデバネズミが密集して温めあうことがある。「3層、4層にも重なって温めあっていることがあります。下は潰れそうになっているのですが、死んでしまうことは見たことがありません」(沓掛教授)。画像下の方に見えるひときわ体の大きい個体が「女王ネズミ」。
提供:総合研究大学院大学 沓掛展之教授
ハダカデバネズミは、「真社会性」と呼ばれる高度な社会生活を営むことが知られている。生態学者がハダカデバネズミに目をつけたのも、この特殊な社会性のためだ。
彼らのネズミ社会には、子を産むことができる「女王ネズミ」、女王ネズミの交尾相手に選ばれた「繁殖ネズミ(王様ネズミ)」、餌の採取や子ネズミの世話、住処の掃除などの雑務に勤しむ「働きネズミ」といったように、ハチやアリと同じような“階級”が存在している。
野生動物の中には、ライオンなどのように群れを作り、ある程度の役割分担がなされている動物も多くいる。しかし、ハチやアリ、そしてハダカデバネズミが営む社会(真社会性)は、それよりもはるかに厳しい。
真社会性の条件は次の3つ。
1. 親と子供が一緒に住んでいる
2. 協力して繁殖する(親以外の個体が子供を育てる)協同繁殖・共同繁殖。
3. 繁殖しない個体がいて、役割分業が起きている。
1と2の条件だけであれば、該当する動物は多い。しかし、その上で「繁殖しない個体がいる」という点が、真社会性の特徴だ。アリやハチの場合だと、女王アリや女王バチしか繁殖できないように、ハダカデバネズミの社会でも女王ネズミしか子供を産むことはできない。
「働きネズミにも雄雌はありますが、少なくとも雌の働きネズミはホルモンバランスによって繁殖できなくなっていることが分かっています。哺乳類の中で真社会性が確認されているのは、ハダカデバネズミと、その仲間であるダマラランドデバネズミのみです」(沓掛教授)
真社会性を持った結果、1つのコロニーの中にいるハダカデバネズミは、基本的に全員が血縁関係者となる。つまり、女王ネズミは自分の父親や兄弟と交配し、子ネズミを増やしていくのだ。こういったケースでは、一般に奇形が誕生しやすくなると言われているが、ハダカデバネズミではそういった傾向は確認されておらず、その理由もよく分かっていない。
実験室で飼育されているハダカデバネズミ。共に働きネズミだと考えられる。働きネズミの間にも、順位があり、トンネルの中では上位のネズミが上を通り、劣位のネズミは下を通る。
提供:総合研究大学院大学 沓掛展之教授提供
また、ハダカデバネズミが特徴的なのは、女王ネズミや王様ネズミが死ぬと、コロニー内にいるハダカデバネズミのホルモンバランスが変わり、新たな女王や王が生まれることだ(もちろん、その座を巡って骨肉の争いが繰り広げられることになる)。
アリやハチの場合、女王になる個体は、基本的に生まれてから特別な育て方をされた個体だけだ。例え女王が死んでも、一度働きアリや働きバチとして生きた個体が女王へ返り咲くことはできない。アリやハチは一度決まった「進路」を変えられない。
「女王の座を巡る戦いでは、ほぼ確実に死亡するネズミが出てきます」(沓掛教授)
沓掛教授によると、女王になったハダカデバネズミは、成長のパターンが変わり、妊娠していない状態でもかなり大きく成長するという。
ライオンやサルの群れでは、下克上によって群れの頂点が入れ替わることがあるが、ハダカデバネズミは女王になると体が極端に大きく、強くなるため、下克上が起きることは基本的にないようだ。
「女王はトンネルの中を非常にせわしなく動いたり、働きネズミをツンツンつついたりする行動をとることがあります。もしかしたら、監視や威嚇をして、プレッシャーをかけているのかもしれません」(沓掛教授)
【すごい生態その4】ハダカデバネズミ特有の究極の“献身性”
実験室で飼育してハダカデバネズミ。おがくず(野生では土にあたる)を部屋から出そうとしている様子。 野生の環境では、壁を噛んでいる右向きのハダカデバネズミのようにトンネルを拡張しているのだと考えられる。
提供:総合研究大学院大学 沓掛展之教授
アリやハチは、1匹の影響は微々たるものだが、集団になることで1匹ではできないことを行なっている。実は、ハダカデバネズミも集団での協調した行動が確認されている(例えば、同じ方向にトンネルを掘り進めるなど)。
沓掛教授によると、ハダカデバネズミは恐らく感覚毛と匂い、そして音声を組み合わせて、互いを認識しているのではないかという。いわゆるネズミは、「チューチュー」と鳴き声を出す印象が強いが、ハダカデバネズミの鳴き声は17〜18種類もあり、それを組み合わせてコミュニケーションしていると考えられている。
ただし、真社会性の特徴の一つでもある、「他人のために献身的に働ける理由」はいまだによく分かっていない。
「ハダカデバネズミは、変な行動が多いんです。『ワーカホリック』のように、仕事の取り合いが起こります。詳しい理由はわかりませんが、生物として自分の遺伝子を残したいのにそれができず、『家族の遺伝子が残れば良い』という行動の傾向が色濃く出てしまっているのではないかと思います。進化生物学では『血縁淘汰』という考え方です」(沓掛教授)
同じコロニーにいるネズミは全て家族。家族のために献身的に働くことが、遺伝子を残す上で大きなメリットになっているのだろう。
近年では、生理学・医学的な研究が多くなり、ハダカデバネズミの生態に関する研究者は少なくなってきたというが「まだまだ分かっていないことは多いです」と沓掛教授は話す。
12年に1度の子年。いつもは気にしない、ネズミの世界に注目してみてはいかがだろう。
(文・三ツ村崇志)